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HEROES+《ヒーローズ・プラス》  作者: しんどうみずき
2章:異世界の再会編
36/56

覚醒

ちょっとグロテスクなシーンが多いです

 霧の向こう側からドラゴンの影が近づいてくるのが見えた。

 青くくすんだ鱗はすぐに友月の相棒だと見分けがついた。敵のドラゴンライダーはすでに全滅している。だが、いまのヒデオにとってはどうでもいいことだった。現に悪魔に不覚を取り、あろうことかリエーヌとマリアをさらわれてしまった。油断していなかったと偽ることは出来ない。何度経験すれば気付けるのだろう。ほんのわずかな油断でさえ致命傷になりうることに。

 何名かの負傷した兵士を含め、部隊はすでに戦場を離脱していた。

 悪魔は城外に打って出るつもりがないようで、追いかけてくることはなかった。ヒデオはユラン城を望む小高い丘で、呆然と座り込んでいる。兵士たちもみな一様に戸惑った表情をしてぼんやりと城を眺めていた。

「……ヒデオ」

 友月はドラゴンから降りるとすぐに事情を察したようだった。

 硬い口調でヒデオの肩に手をかける。

「……全部おれの責任だ。おれが無力だったからマリアもリエーヌも守れなかった」

「けど、まだ死んだわけじゃない。そうだろう」

「なんで分かるんだよ」

「もしそうなら、ヒデオはとっくに命を捨ててるはずだから。お前が生きてるってことはまだ希望があるということ」

「……死んだも同然だ。おれはまた、彼女を救えなかった」

「マリアたちはどこにいるんだ。囚われているなら取り返そう。俺たちにはその義務がある」

 友月はまくしたてるように続けた。言葉の色にどんどんと熱がこもっていく。

「ダンクの軍勢が到着した。作戦通り、裏門から奇襲をかけている。あいつらずいぶん遅いと思ってたら大砲なんて立派なものを運んでやがった。どうりで時間がかかるわけだ。重たい鉄の塊を縄で引っ張ってくるんだからさ、歩くよりもチンタラしてたよ。俺はよっぽどひとりで引き返そうかとも思ったけど、ハッパをかけて夜も寝ずに強行軍にしてもらった。凛ちゃんがミヒャエルとかいう王子を説得しなきゃ無理だっただろうな。ヒデオのこと心配してたぜ。すぐに無茶するからって」

「…………」

「今ごろダンクのやつらは城の中をかき回してるだろうな。急がなきゃ、俺たちも出遅れるぞ」

「……リエーヌたちは城にいる。悪魔の目的はマリアでもリエーヌでもないーーおれたちだ」

「俺たち?」

「最初はおれを標的にしてた。それが失敗したから代わりに人質を取ったんだ」

「どうしてそんな」

「心当たりはあるんだ。ずっと隠しててすまなかった」

 ヒデオは両腕を差し出した。

 悪魔化した影響で衣服の部分はなくなっている。気のせいではなく黒い色素の増した二の腕は異世界に来てからの数ヶ月の間に一回りは太くなった。リエーヌと凛にしか打ち明けていない秘密を、ヒデオは正直に話した。右腕がまず変形し、それから左腕も同様に悪魔化したこと。それが暴走するのではないかという恐怖心と、いつか全身までも異能の力に侵食されるという確信。

 そしておそらく、悪魔たちはその能力を狙っている。

 なにかしら重大な秘密を抱え込んだ力を。

「おれだけじゃない、友月も凛も、この世界に来てしまったときに運命がねじ曲げられたんだよ。悪魔はおれたちを排除しなきゃいけないんだ。それがどういう理由なのかは分からないけど」

「だったらなおさら行かなきゃだな」友月は強引にヒデオの腕を取って立ち上がらせた。「凛ちゃんも城に向かってる。ひとりにしておくのは危険だ」

「ーーああ、そうだな」

「ヒデオの話を聞いて俺は逆に安心したよ。いくら格闘術を知ってるからって生身の人間が悪魔に敵うわけがないと思ってたからさ。でも、これで一緒に戦える。ドラゴンに乗って行こう。相棒がどれだけヒデオのことを嫌っていたとしても噛み付きはしないさ」

「そうだといいんだけど」

「俺らは囚われの王女様を助けに行く騎士ってところだな。張り切って行こうぜ!」

 友月が無理に明るい声を出してヒデオを励ました。



 ドラゴンの背は思ったよりも起伏が激しく、友月にしがみついていないと振り落とされてしまいそうだった。バイクの二人乗りとはまるで違う、むしろジェットコースターに安全装置なしで乗っているような心地だった。強靭な翼が躍動すると強い気流が生まれ、驚くほど簡単に空を進んでいく。ヒデオがドラゴンの飛行に慣れるよりも早く、彼らはユラン城の真上へと辿り着いた。

「マリアたちはたぶん玉座の付近に囚われているだろう。そこに行くためにはドラゴンに乗ったままだと大広間を通過しなくちゃならない。けど通れるような隙間はもちろん開かれていない。そういうときはどうする?」

「簡単なことだ。窓を突き破って入ればいい」

「……あんまりスマートじゃないな」

「つべこべいってないで早くしろ」

「ヒデオも黙ってないと舌を噛むよ」

 友月が手綱をぐいと引きよせると、ヒデオの視界が急に反転した。ドラゴンが背中を反らせて一回転しているのだと理解する頃には、ステンドガラスの割れる澄んだ音が彼らを囲んでいた。

 無数の破片が大理石の床に落ちていくのが見える。かつては貴族たちが舞踏会を楽しんでいたのだろうその大広間には、悪魔の軍勢がところ狭しとひしめき合っていた。漆黒のモザイクタイルは友月たちの姿を認めると、合唱のように口々に罵声を浴びせかけた。

「ドラゴンがいなかったら地獄だな。すり抜ける隙間もない」

 ヒデオが下の光景を見やりながら感想を漏らす。

 悪魔たちの主力はどうやら城で待機していたようだ。すべてはヒデオたちが来襲すると見込んでの配置なのだろう。

「ダンクの迎撃にも兵力を割いているだろうから、これでも少ないほうさ。まともに相手してたら日が暮れる」

「落とさないように気をつけてくれよ」

「やつらが弓を使わないでラッキーだった」

 友月が冗談を口にした瞬間、ヒデオの脳裏に三体の悪魔のイメージが蘇った。城壁の上から忍者のように降ってきた悪魔たち。彼らならば、たとえ宙に浮いているドラゴンであっても攻撃が届く。

「警戒しろ。ここには絶対奴らが控えてる」

 ヒデオは部屋のなかに視線を走らせた。

 どこかに身をひそめ好機をうかがっているに違いない。だが黒山のごとくひしめく地上の悪魔たちの姿がちらついて集中できなかった。もしもあのなかに紛れ込んでいるなら発見は不可能だ。現実は間違い探しの絵本のようには止まってくれないのだから。

「行くか?」

 短く友月が尋ねる。ヒデオは首を振った。

「例の悪魔だけでも倒してからにしよう。下手をすれば背後をとられる。この足場じゃまともに動けやしない」

「オーケー」

 ゆっくりとドラゴンの位置を動かし大広間の中央に近づいていく。

 全方位から攻撃を受ける可能性はあるが、動くためのスペースを確保しておく必要があるためだ。せわしなく敵の気配を探りつつ、素人の乗馬のように緩やかな動作で移動している途中、ヒデオの瞳に影が映った。

「いたぞ! 天井に張り付いてる!」

 声と同時に影が躍りかかった。

 地上を走るのと変わらない速さでドラゴンの眼前に迫る。友月が繰り出した薙刀は簡単に回避され、悪魔はドラゴンの長い首に着地するやいなや首筋を伝って疾駆する。

「やばっーー」

 のけぞろうとした友月の面前には黒い腕が四本、交錯していた。

 ヒデオは不安定なドラゴンの背中を器用に移動して小柄な悪魔の腕をつかんだ。そのまま砕かんばかりの力を込めると悪魔は苦しそうなうめき声を上げる。その後ろから友月が薙刀で斬りかかろうとした瞬間、ドラゴンが急に身体の向きを変えた。

「うわっ、とーー」

 悪魔の手を離すわけにはいかなかった。

 いま敵の両腕を自由にすれば、次の瞬きが終わる前に心臓を貫かれているだろう。揺れる足場はしかし、ヒデオを待ってはくれなかった。

 悪魔と組み合ったまま抵抗むなしく地上に落ちていく。下には無数の悪魔たちがひしめき合い、いまにも飛び込んでくる獲物を舌なめずりをして待っている。物理的なクッションにはなりそうだが、わずかでも立ち止まったら八つ裂きにされるのは間違いない。ヒデオは空中を自由落下していく短時間に敵を下方に押しやった。

 加速度的に大理石の床が迫ってくる。

 着地と同時に、ヒデオの両腕のなかで腐った果実を潰したような感触が広がった。いくら丈夫な悪魔の皮膚とはいえ、天井から受け身も取れずに落下すればひとたまりもない。破裂した悪魔の死体の上に、丸まりこむように降下する。

 脳を揺さぶる激しい衝撃のせいで数秒ほど視界が揺らいだ。

 幼い頃から身につけてきた前方回転受け身であっても、落下のエネルギーを殺し切ることはできなかった。見当を付けずに乱暴に両腕を振り回して時間を稼ぐ。上空では友月がもう一体の小柄な悪魔と対戦しているようだった。ドラゴンが唐突に動いたのは悪魔の気配を察知したからなのだと合点する。

 型の定まらないパンチを闇雲に打ち出し、緩急をつけるために悪魔の肘をとって投げ飛ばす。砲丸さながらの勢いで放り出された悪魔は周囲の味方を巻き込んで倒れた。

 それでもなお、周囲には数え切れないほどの悪魔がうごめいている。

 無双ゲームの世界に転移したような錯覚。敵は倒しても倒しても無限に湧いてくる。この状況を打開するには友月のもとに帰還するしかない。

「……クソッタレが!」

 友月とドラゴンは縦横無尽に屋内を旋回し、壁に張り付いて移動する悪魔と対峙している。

 彼らの決着が付くまでどのくらいの時間が必要なのかヒデオにはわからなかった。そして、倒せねばならない悪魔はもう一体どこかに潜んでいる。先の戦いでヒデオと相対し、不可解な言葉を残していった悪魔が。

 そいつを探しだして、倒す。

 導き出した結論はシンプルだった。ヒデオは両腕の拳を構え直すと、大広間の中央に向かって駈け出した。進路を阻もうと群がってくる雑兵はすべて蹴散らす。あるいは叩き、あるいは捻り、あるいは貫いた。見る間に両手が赤く染まっていく。

 もはや一人ひとりを殺していくという感覚ではなく、作業のようなものだった。ルークや小柄な悪魔たちと比較すると、一般の兵士たちは脆く、そして遅かった。

 目の前に立ちすくむ悪魔の腕を払いのけ、跳び箱の要領で肩に足をかける。

 気付けば、両足までもが黒に染まっていた。周囲にひしめく悪魔とヒデオを区別するものはもはや頭と胴体しか残っていない。異形と化した四肢は、両腕だけの戦闘よりもはるかに強力な恩恵をもたらした。

 地を蹴る躍動感も、なぎ払う手応えも、まるで違う。

 さっきまではサンドバッグを殴っているようだった感触が、空っぽのダンボールを弾き飛ばすように軽い。敵の動きも、考えることなく予測できる。すべてが流動的に動いている。どの道を選び、どの敵を倒せばいいのか、本能が解答をしっているようだった。

 心臓の鼓動が熱くたぎっていくのを感じる。

 負荷が急にかかりすぎているのだ。高温になった首筋と反比例して、四肢の先はどんどんと冷え込んでいく。

 久々に思い出した、水銀のような血液が巡っている。ヒデオはようやくこれが悪魔の力の源流なのだと理解した。異世界につながるトンネルで半透明の少年と交錯したあの瞬間から、ヒデオの体内には悪魔の血が流れている。それが彼に力をもたらし、そして奇異な運命に引きずり込んだ。

 だとすればあの少年はいったい何者だったのだろう。

 悪魔のようには見えなかった。

 そして、ヒデオと入れ替わりに日本へと向かっていったのだろうか。

 次々に浮かぶ疑問のなかで、白く強烈な光を発するイメージが生まれた。それはびっくり箱の鍵が解かれたように脳裏で弾けた。

 やつれた老人が玉座に座り込んでいる。彼はかつては偉大な王だったが、いまは力の大半を失って玉座にしがみつくことしかできない。少年はその無力な存在を嫌悪していた。いつか殺してやると胸に誓っていた。虎視眈々と王の座をうかがっている部下たちが動かないのは、お互いを牽制しているからだ。一度争いが始まれば、最後に残るのは少年だと理解していながらも、同盟を組むつもりもない。へたに動くよりも、裏で配下を集めているほうがいい。いずれ来たる決戦の日に備えて。

 ーーこれは少年の記憶だとヒデオは思った。

 支離滅裂なイメージを彩っているのは、抱えきれないほどの悪意と敵意。近しいものに対してさえ、彼が心を開くことはない。彼の目的はすべてを破壊し尽くすことなのだから。

「……やめろ」

 少年の情理に飲み込まれてしまいそうだった。

 泉のように溢れ出る殺意は、周囲の悪魔を皆殺しにするのに十分な量だろう。少年の感情に身を任せてしまえば、ヒデオは完全な悪魔になってしまう。そこにヒデオの残滓はなく、理性を失った少年が復活するのみだ。

「おれから離れろ……」

 悪魔が襲ってくるのを無意識に回避しながら、ヒデオは低く唸った。

 四肢はもう意志とは無関係に敵をなぎ倒している。乗っ取られているのだ。手足に力が入らないのに、破壊力は抜群で、悪魔の死体が積み上がっていく。もはや戦闘ではなく、一方的な殺戮だった。悪魔が悪魔を殺す。それだけの明快なルールに則った競技だ。

 後頭部にかすかな殺気を感じて振り返る。

 そこには最後の一体が高く跳躍していた。暗殺者の基本は気配を消すこと。それができないということは、すなわち死を意味した。

「馬鹿なヤツ」

 落ちてくるタイミングに合わせて蹴り上げる。かろうじでガードされた一撃はしかし、囮でしかなかった。無防備になった背中に手刀を振り下ろす。頚椎の折れる乾いた音がした。不自然にぐにゃりと曲がった身体を踏みつける。まだ生きているようだが、抵抗する力は残っていない。

「ーーそのスガタならまだ大丈夫だ」

「あ?」

 かすかな声に耳を寄せる。悪魔は不敵に笑っていた。

「オマエはまだ、ザイド様には勝てない……」

 その名を聞いたときヒデオの網膜に巨大なクモを悠然と従える屈強な老将の姿が浮かんだ。少年の記憶の一部が呼び覚まされたようだった。

「勝てるかどうかじゃねえ。勝つかどうかだ」

「その口調まで、アノ方に似ている……」

「うるさい」

 頭部を躊躇なく踏み潰す。

 頭蓋骨が割れたらしく、骨片が皮膚を突き破っていた。他愛もない。悪魔といえどしょせんは儚い生命でしかない。

「ヒデオ!」

 上から声がした。

 ドラゴンがくわえていた悪魔の死体をそっけなく解放した。無機質に落下した悪魔は大理石に衝突してかすかな反響音を生んだ。それ以外にはなんの面白みもない死に方だった。

「無事か、いまそっちに行くからな!」

「来るな!」

 友人の声でいくらかヒデオの意識が回復したようだった。

 だが、それも長くは保たないだろう。少年の支配はあまりに強烈で、戦場にいては抗えない。小康状態が続いている間に伝えられることだけでも伝えておかなかれば。

「おれはいま自分で制御がきかないんだ。見境なしに暴れて、友月も襲うかもしれない」

「治す方法はないのかよ!」

「……わからない。けど、とりあえず玉座に向かうことはできる。どうするか考えるのは大将を倒してからでいい」

「それで平気か? 俺にできることがあったら教えてくれよ」

「そうだな」ヒデオは口の端を歪めた。「もしおれが正気を失ってリエーヌを殺そうとするようなことがあれば、迷わず切り捨ててくれ。おれからの願いはそれだけだ」

「おい、物騒なこというなよ。笑えないぞ」

「頼れるのは友月だけなんだ。頼んだ」

 そう言い捨ててヒデオは大広間を一気に突っ切った。

 圧倒的な力の差があることをようやく理解したらしい凡庸な悪魔たちは自然と通り道を作った。ザイド、とヒデオは呟いた。まずはそいつを倒さなくては。

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