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HEROES+《ヒーローズ・プラス》  作者: しんどうみずき
2章:異世界の再会編
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くちづけ

 マリアが意識を取り戻したのは終局を迎えてから数時間後だった。関所に詰めていた兵士たちは大きな痛手を負ってはいたが、ユランの首都に進撃するという基本方針を変えることはなく、次の出立のために準備を始めている。みな疲れたように動きが遅いものの互いに笑顔で談笑する姿もあった。勝利という事実はどんな薬よりも効能を発揮するものだ。

 地上に落ちたドラゴンライダーはもれなく絶命していた。

 付近の住民に余計な不安を与えないようドラゴンと悪魔の死体は一ヶ所に集められ、油をまいて燃やされた。夜闇に煌々と明かりを放つ炎は、空の王者のように赤く激しい。あとに残ったのは悪魔と同じ色の黒ずんだ灰燼だった。

「ようやくお嬢様のお目覚めか」

 ヒデオが眠たげにまぶたをこすりながらいった。

 彼女が寝かされている客人用の部屋には一人用のベッドと、幾何学模様の描かれた絨毯が敷かれている。リエーヌは戦闘後もしばらくマリアの容態を案じていたが、いまは車椅子で静かに寝息を立てている。夜通しで駆けてきた疲労が溜まっていたのだろうと思って、そのことを咎める者はいなかった。

 リエーヌに寄り添って友月の背中を眺めていたヒデオもひどく疲れていた。

 眠ることがなかったのは悪魔の力の副作用だろう。あるいは、殺し合いを間近に感じ取って精神が高ぶっているのかもしれない。

「ごきげんよう、マリア」

 友月が穏やかな声をかける。

 ユランの王女は長い睫毛をしばたかせて友月の笑みを見つめ返す。

「……ここは天国かしら?」

「お前らそろって同じ反応するんだな。アホそうなところも、なんとなく似てるし」

「違うみたいですわね。天国なら、こんな無粋な男がいるはずないですもの」

 かすれた声で自分にいい聞かせると、マリアはゆっくりと上半身を起こした。友月がマリアの華奢な肩を支える。精神的にくたびれているが、肉体的な傷はないようだ。あれだけの激戦をくぐり抜けてマリアを守ったのはひとえに友月の功績だった。

「どこか痛むとこはないか」

「頭痛が少し。でも、大したことありませんわ。早く湯浴みがしたくてたまらないもの」

「またシャワーか」

 ヒデオが吹き出す。

 生まれた境遇は天と地ほどの差だが、人間性は似通っているのかもしれない。ヒデオとリエーヌがどこか共通した部分を持っているように。

「この砦には湯浴みをできる施設はない。風呂に入りたければユランの首都を奪還するほかあるまい」

 無愛想にリエーヌが告げる。

 わざとらしく大あくびをすると、歯並びの良い口元が覗いた。

「あら、貴女もいらしたのね」

「なにがいらした、だ。私は遠路はるばるサフランから夜を通して駆けつけたのだぞ。感謝の言葉のひとつも頂きたいものだな」

「頼んでもいないお節介を焼いたのはそちらでしょう。貴女はサフランの田舎で眠っていれば良かったのよ」

 喧嘩腰にマリアが切り返す。

 ダンクで開かれた会議で顔を合わせたときには仲の良い同世代の友達かと思っていたが、リエーヌは眠気が優っているせいか苛立っている様子だ。友達を気遣うのが小恥ずかしくてごまかしているのだろうとヒデオは推測した。彼女に素直でないところがあるのはよく知っている。

「そこがまた可愛いんだけどな」

「なにをいっているのだヒデオ殿。この生意気な娘に誰が恩人なのか認識させるのだぞ」

「マリアじゃなくてリエーヌが可愛いって意味なんだけどな」

「馬鹿なことを申すな。友月殿に悪い影響を受けているのではないか」

 透き通るように白い肌を紅潮させて否定するリエーヌ。その様子がまた面白くてヒデオは小さく笑い声を発した。

「なにを笑っている。これは由々しき事態なのだぞ」

「はいはい。友月に悪影響を受けたのは確かだな。昔はおれも軟派な男じゃなかった」

「ヒデオはこっちに来てから明るくなったよ。ノリも良いし、女の子と仲良くしてるヒデオなんて初めて見た。凛ちゃんとはべったりだったけどさ」

 日本にいた頃のヒデオは友月に何度となく合コンに誘われ、人数合わせに遊ぶことが多かった。飲み会で適当に盛り上がり、メールアドレスを交換するまではスムーズに進めても交際にまで発展することはなかった。どこか浮かない態度で世間を達観しているようだった。

 ヒデオが愛しているのは凛だけのように見えた。

 だが、つい最近まで彼女の存在を知らなかった友月にしてみればヒデオは奥手で、最後の一歩を踏み出せないでいるのだろうと勝手に決めつけていた。とてもそういう正確だとは思えなかったけれど。

「……まあな。運命の出会いを果たしたってわけさ」

 ヒデオが軽く受け流すのを、リエーヌは黙って見ていた。

「そういえば凛ちゃんはダンクにいるんだっけか。マリアから聞いてるよ、なんでも向こうの王子様と熱愛らしいじゃん。兄妹ともに運命の人を探し当てたってわけだ。なんか俺たち神様に導かれてるみたいだな」

「運命だったなら、神様は雲の上でなにを考えてるんだろうな」

 篠田麗子をヒデオの胸から奪い去り、かわりに奇妙な世界でリエーヌという瓜二つの少女に再会させる意図はなんなのだろう。神様が気まぐれにサイコロを振って決めたあらすじなら、あまりにむごい。日本で幸せに暮らすはずだった麗子の未来を剥奪する必要などなかった。もしもこの世界に来なければならない運命だったとしても、麗子が生きてさえいればそれで良かった。

 帰る希望だって持てたかもしれない。

 悪魔と酷似する不可思議なヒデオの能力が宿ることも、なかったかもしれないのに。リエーヌの兄が事故的に殺されることもなかっただろうに。

「案外ほくそ笑んでるのかもしれないぜ。ああいう連中はいつだって人間をいじくり回して遊ぶんだから」

「神様も悪魔の一族だったりしてな」

「そうかもしれないな」

 友月は急にマリアに指を絡めると、力強く自分の胸に引き寄せた。そしてそのまま小さな頭を抱きしめる。長い戦闘のために自慢の金髪は傷んでいたが、マリアは気にしている余裕もなく凍りついたように固まってしまった。

「まったく、見ていられんな」

 うんざりした口調でリエーヌが車椅子を後ろに引く。

 友月の女性に対するスキンシップの場所を選ばない傾向は相変わらずだ。ヒデオはリエーヌの車椅子を押して部屋を出た。後ろには子供をあやすようにマリアの頭を撫でている友月の姿がある。

「あまり邪魔するのも無粋というものだろう。今宵はもう眠ろう、私は疲れた」

「いいのか、あいつら二人きりにして」

「別に構わないだろう? なにが問題なのだ」

 リエーヌが小首を傾げて聞いた。

「友月の魔手はおそろしく早いぞ」

「魔手? マリアを痛めつける趣味でもあるのか?」

 心配気な表情でヒデオを見上げる。どうやら事情をまったく理解していないらしい。久々に生まれたからかってやろうという気持ちを表情に出さないようにしながら、ヒデオはしごく真面目に答えた。

「男女を密室に放置したら、そりゃ起こるべくして事件が起こるだろうよ」

「不都合があるなら別々の部屋に寝泊まりしてもらおうか。友月殿はヒデオ殿と同室になるよう手配しよう。友人同士、気のおけない会話をするのだろう」

「早くしないとマリアがお嫁に行けなくなるぜ」

「――私は前々から疑問に感じていたのだが、どうして人はみな『嫁に行けない』という表現を使うのだ。たかが男女が一緒にいたくらいで重大な問題があるわけでもあるまいに。警戒が過剰すぎるとは思わぬか。たとえば私と一般の兵士がいくら同じ戦場にいたところで、私にはなんの変化もないのだぞ」

「リエーヌ姫は存じないようだから教えてやるが」ヒデオが耳元で声をひそめる。「キスよりもっと先があるんですよ」

「せ、接吻だけでも十分に破廉恥な行為だというのに、それ以上があるというのか。そんなこと誰も教えてはくれなかったぞ」

「そう焦りなさんな。そのうち教えてやるから」

「ヒデオ殿、私をからかわないでほしい。その先とやらをぜひ教えてはくれまいか。このままでは気になって寝付けそうにない」

 自分の知らない知識があるのが癪に障ったのだろう。リエーヌはヒデオの手首をつかんでしきりに続きをせがんだ。まるで駄々をこねる小学生のようだとヒデオは悪どい微笑を浮かべて、

「この先は別途授業料がかかります。具体的にいうと実地経験という形で支払っていただきますね」

「キスより破廉恥なことをしろというのか、この私に! この変態めが! ヒデオ殿などさっさと寝てしまえ、私はマリアを救出してから部屋に戻る」

 耳までリンゴ色に染めて語気を荒らげる。

 ヒデオは腹を抱えて笑いながら、リエーヌを寝室まで運んでいった。廊下の途中で「戻れ! マリアが心配だ!」とか「よくもあんな図々しく破廉恥なことを……」などと悪態をついた。王室育ちの少女はヒデオよりも多くのことを知っているが、至らない分野もいくらか残っている。リエーヌの無垢な場所を開拓していく喜びを覚えてヒデオは上機嫌だった。

 友月もさすがに分別をわきまえてはいるだろう。

 護衛の騎士が王女に手を出したら大問題だ。

 けれど、今夜くらいは許されてもいい気がした。ドラゴンの死骸を焼いた生々しい匂いがどこからか漂ってくる。勝利の夜は、美酒をたしなみたくなるものだ。ワイン色の血は、もう見たくなかったけれど。

「ミヒャエルといい、ヒデオ殿といいどうして男という生き物はみな不埒なのだ。少しはマリアを見習ってしとやかな身振りというものをだな……」

「おれにはそんな窮屈なものは似合わないんだよ。自由に生きるのが一番さ」

 リエーヌはベッドに入るとすぐ眠ってしまった。ヒデオは彼女の柔らかい頬に軽く触れた。昔はこうして麗子とよくキスをしたものだった。くちづけはそれ以来、誰とも交わしていない。

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