反撃
友月を乗せたドラゴンが巨大な両翼を羽ばたかせると、近くにいたヒデオたちが倒れそうなほどの風圧が屋上を這っていった。一度翼を上下させるたびに力強く上昇していく。ドラゴンの青い鱗が陽光を浴びて宝石のごとく輝いた。
「かっけぇ……」
眼を丸くしたヒデオが思わず声を漏らす。
悠然と空に舞い戻っていくドラゴンライダーの姿は地上を走る騎馬とは比べ物にならないほど風格がある。友月の相棒は悪魔たちの乗っているドラゴンよりも一回りは体格がよく、彼らと同じ高度に達してもハッキリとその表情が読み取れた。
「古来よりドラゴンライダーはユランの名物だ。大事に保管しすぎて使いどころを忘れてしまったのだろうな」
リエーヌが前髪を抑えながら解説した。
屋上にいる弓兵たちも、敵の部隊も、新たなドラゴンライダーの登場に見入っていた。一度は舞台から降りた主役が復活したような存在感。欠けたピースが再びはまるように、友月は空に帰還した。
「最初にいっておく」右手で薙刀を構えた友月が警告する。「国に帰りたいやつは見逃してやる。二度と俺の前に現れないと誓うなら命までは奪わない。けどな、俺はお前らと友達になるつもりは一切ない。マリアを悲しませる野郎は俺がこの手で倒してやる」
返事はなかった。
代わりに、友月と向かい合うようにして空中で陣形が組まれていく。左右に広く展開したドラゴンライダーの一段奥に中央の兵士が位置している。闇雲に突っ込めば瞬く間に包み込まれ、四方八方から襲われることだろう。
友月は悪魔たちの動き終わるのを待ってから、薙刀の先端を前方に突きつけた。
「お互いここで会ったのが不幸だったな」
突然、友月のドラゴンが両翼を胴に密着させ、敵の一群の真下に潜り込んでいく。正面からぶつかることを想定していた悪魔は一瞬の反応の遅れを見せたが、すぐさま陣形を変えて迎撃しようとする。
友月にはその一瞬で十分だった。
エンジンを搭載しているかのようにドラゴンが急旋回し、真上へすり抜けていく。友月が悪魔の塊を突破して上空に離脱すると、十体あまりのドラゴンライダーが力なく落ちていった。
「……ヒデオ殿には見えたか、いまの動きが」
「ゲームでしかお目にかかれない軌道だった――いつの間にあんなことが出来るようになったんだ」
成り行きを静観するしかないヒデオとリエーヌは、曲芸を見物しているみたいに呆然としていた。
残る敵の数は六十あまり。
部隊の一割強をわずかな時間で失った悪魔の隊列は隙だらけで、友月の滑空を止められるはずもなかった。小魚のように群れになったドラゴンライダーたちに躊躇なく突進しては、確実に悪魔を葬っていく。
そして一連の動きが終わるたびに、青いドラゴンは雄叫びを上げ、友月の薙刀は血を帯びる。
地上には骸となったドラゴンたちが横たわっている。彼らに罪はないのかもしれないが、敗者に生きる道は用意されていなかった。
「圧倒的すぎる――」
リエーヌがぽつりと呟いた。
「悪魔というのはこんなに弱いものだったのか? 私の知っている悪魔はもっと強靭で、兵が束になって立ち向かわねばならない相手だったはずだぞ。まるで夢を見ているかのような……」
「あいつはあいつなりに頑張っているんだろう」ヒデオが目を細めていう。「なにか自分の心のより処になるものを探して、やっと答えが見つかったのかもしれないな」
「仲が良いのだな。羨ましいことだ」
「さあね。男の友情なんて切りたくても切れないもんだ」
残っていた悪魔たちの数が半分ほどにまで減ったとき、ようやく部隊長らしき悪魔が撤退を指示した。三十ばかりのドラゴンライダーが銘々に散り、ユランの首都の方角へと退却しようとする。追いすがって何体かを背中から斬り落とした友月だったが、さすがにすべては追いきれず、悔しそうに表情を歪めて戻ってきた。
「わりい、けっこう逃しちまった」
「見事な戦果だ。正直ここまでやるとは想定していなかった。日本にいた頃になにか武芸を嗜んでいたのか?」
「いや、大学生らしく生活して、大学生らしく恋愛してただけ。ヒデオや暁みたいに強くないし」
汗に濡れてしおれている髪の毛は黒と茶色のグラデーションになっている。こちらの世界に来てから茶髪に染め直すことができなかったのだろう。かつてのオシャレ好きな友月からは考えられない身だしなみだった。
「俺、髪の毛切ろうかな」
目にかかるくらいの前髪をいじりながら友月が自問する。
「そのほうがマリアも喜ぶだろう。それに髪は黒い方がいい。茶に染めるのは意味があるのか」
「だってそっちの方がカッコいいじゃん」
「やめておけ。どこぞの王子のように金髪を目指すより、黒のほうが素敵だと私は思うぞ」
「可愛い子にそんなこといわれたら、黒に戻すしかないよなヒデオ?」
「おれに同意を求めるな。それより早くマリアのところへ行ってやれ」
「女の子とベッドルームに入るときは先にシャワーを浴びる主義なんだけど」
「うるせえ。突き落とすぞ」
「落ちてもこいつが助けてくれるもんね」友月がドラゴンの喉元を優しく愛撫すると、気持ち良さげに目を閉じておとなしくなった。「こいつもメスなんだぜ、知ってた?」
「おれには冷たかったくせに。このビッチドラゴンめ」
ヒデオが悪態をつく。
「今度それいったら怒るからな」
友月は汗を拭い呼吸を整えてから、マリアの待つ階下へと消えていった。
「私にはよく理解できない会話が多かったのだが」
「聞きたいなら教えるけど、多分恥ずかしいだけだぞ」
「なら遠慮しておこう。まったくヒデオ殿のように下品な男が二人に増えては大変だ」
そうぼやきながらもリエーヌの口調は明るかった。
ひとまず勝利を得た。
それがなにより素晴らしいことに思えて仕方なかった。




