救援
しばらく間をあけてすみません
「ユランが落ちた……だと?」
にわかには信じられない報告だった。
リエーヌは疑わしそうに使者の身を検めさせたが、彼の持っていた印がユランの正式な使いであることを証明していた。
「――また悪魔が変身してるんじゃないか?」
後ろに控えるヒデオがこっそり耳打ちする。
「ルークの力は特殊すぎる。あんなやつがそう何体もいるとは思えん」
リエーヌはかぶりを振って否定した。
悪魔のなかにはルークのように特別な能力を持った個体が存在するという。だが、それは極めて珍しい例であって、大部分の悪魔はなんの変哲もない硬い体を持っているに過ぎない。
「詳しい経緯を話せ」
「悪魔の大軍が、国境の山を超え、突如として攻め込んできたのです。虚を突かれた我が軍は懸命に抗戦しましたが、兵力の差はいかんともしがたく、こうして急ぎ馬を飛ばしてきた次第でございます」
使者の目は早く救援に行ってほしいと訴えていた。
だがリエーヌはあえてその要望を無視し、問い続ける。
「ユラン軍の現状は」
「おそらく主城を手放し、近隣の城に逃げ延びていることかと存じます。どういうわけか悪魔軍は我々の所在を知っているかのように首都を一直線に目指して進軍してきましたから、防御網をしく時間もありませんでした」
本来ならば悪魔が人間側の情報を知っているはずがない。
おそらく長年にわたってルークが情報を送り続けていたのだろう。どれほどの量か見当もつかないが、たいていの事情は把握されていると考えたほうがいい。
「――やつらはどうやって山脈を超えたのだ。あそこにはドラゴンが住まっているはず」
「それはわかりません。ですが、何匹かドラゴンを率いていたのを目撃したという者がおります。やつらはドラゴンを手なずける術を欠開発したのかもしれませぬ」
「……分が悪すぎる。こちらの兵はあらかたジンが連れて行ってしまった。今からユランに向かわせるのは挟み撃ちに合う危険性が高く、無理だろう。残っているのはわずかばかりの予備兵力のみ」
リエーヌが戦力を冷静に分析していく。
素人のヒデオでも明らかに人間側が後手に回っているのは理解できた。
「だがユランが完全に陥落すれば二方向から攻撃を受けることになる。戦力を削がれ、挟撃されたとなればいくらクワガの軍であれ持ちこたえることは難しい――敵の城を落としていたとしても、守るために兵を割かねばならない。いま動かせるのはこの砦にいるわずかばかりの兵力だけだ」
「ダンクへは連絡していないのか」
ヒデオが代わりに使者に尋ねた。
「わかりません、とにかく援軍が期待できるのはサフランのほうでしたから」
ジンがあれほどまでに急いていかなければすぐに援軍を出せたかもしれない。だが、それさえも悪魔の計略だったように思えてならない。援軍を派遣すれば手薄になったサフランとの国境を容易に突破することができる。
ルークは死の間際に、最後の罠を張ったのだろうか。
「……あの野郎」
「あえてこちらの軍を集結させることで身動きを取りづらくさせたのだろう。陽動などと小賢しい真似を」
心のどこかで悪魔のことを甘く見ていた。
人間が力を合わせれば容易に打ち崩せると考えていた。
「ひとまずダンクの増援を待つってのじゃダメなのか」
「ユランが奪取されればこちらの士気に関わる。それだけでない、まだあちら側に侵攻する前に主力部隊を失うのは痛すぎる。とてもではないが、作戦を継続するのは不可能だ」
「ならどうすれば……」
「我々だけで行くしかあるまい」リエーヌが屹然とした口調で決意した。「ここには最小限の守備部隊だけを残していく。あとのものはすぐさま進軍の準備にかかれ。二日以内にユランに到着し、陣を敷くぞ」
「おれたちだけで、勝てるのか」
「勝てはしないだろう」こともなげに断定するリエーヌ。「だがやつらの足止めをすることはできる。ユランの残党と合流出来ればいくらかは持つだろう。その間に、ダンクの援軍を要請し、撃破する。ユランを蹂躙させはしない。この私が、すべて守ってみせる」
固く拳を握り締めるリエーヌの頭を、ヒデオはそっと撫でた。
「そしてリエーヌを、おれが守ってやる」
「もう誰も死なせはしない。悪魔の犠牲は、もう十分だ」
呟く声は、吹っ切れたように凛々しかった。
使者が知らせをもたらしてからわずか数時間後、リエーヌの率いる一軍はユランに向けて全速力で旅立った。




