奇襲
「人がいない砦ってのは静かなもんだな」
深夜になって、ヒデオとリエーヌは古城のバルコニーから悪魔との国境方面を眺めていた。
馬で数時間の距離に、最前線の陣地の灯りが揺らめいているのが見える。その遥か先には悪魔軍が占領している城の輪郭がうすぼんやりと浮かんでいる。
荒野の暗闇のなかを、ジンが率いるクワガ軍とサフラン軍が奇襲をしかけるべく進んでいるはずだ。
脚を怪我しているリエーヌが戦場を素早く動きまわるのは不可能なため出陣することはせず、全権をジンに委ねていた。
意気揚々と夜の帳へ消えていった後ろ姿は自信に満ちあふれているように映った。
「……勝てると思うか?」
リエーヌがじっと虚空を見つめながら問うた。
夜風に銀の髪が流れている。満月の明かりのように切なげに輝く髪を、彼女は手で梳いた。
「悪魔は強い。ルークと戦ってみて、そう感じた」
「あれは悪魔のなかでも相当な手練だった。一般兵はあれのように奇妙な芸を持っているわけではない」
「それでも倒すのは大変だろう。いくらクワガの軍が優秀でも、籠城する悪魔の軍を倒すのは骨が折れるはずだ」
「ヒデオ殿は軍事についてどのくらい知識があるのだ」
「戦争映画を見たことがあるくらい、ほとんど素人さ」
「映画?」
「目の前で起こっていることを記録して放送する媒体のことだよ。それを使っていろんな物語を作る。悪魔を祓う仕事をしている人たちの映画なんてのもあったな」
「日本に悪魔はいないといったではないか」
「創作のなかでだよ。あっちじゃ腐るほどたくさんの物語が作られてた」
あの日見るはずだった映画は、結局行かずじまいだ。
定期的に通っていた映画館さえ、近づくのも嫌になって、無意識に避けていた。
映画の中では人が死にすぎる。
あっけないくらいに。
「悪い予感がする」とリエーヌはいった。「ルークが死ぬ間際に伝えた言葉の割に、あちらの軍に動きがなさすぎる。それどころか普段以上に引きこもっているくらいだ。ジンの行軍も理解できぬではないが、無謀すぎる。なにか切り札があるのでもなければ、ああ早々と軍を引き連れてはいくまい」
「おれは戦争のことはわからないが、そういうものなのか?」
「死ぬかどうかの瀬戸際を適当な案配で決めてたまるものか」
「――まあ、あの人なら大丈夫だろ。一人で悪魔とやりあえそうな迫力だったし」
「そうだといいが」
車椅子が軋んで、きいと嫌な音を立てた。
「戦いの晩はいつも不安になる」
明朝、人の少ない古城に早馬が駆け込んできた。
一晩中馬を飛ばしてきたのだろう使者は、息も絶えだえに倒れこみながらリエーヌとの謁見を求めた。酷使した馬はやがて死んでしまったが、使者は顔面を蒼白にしながらもサフランの王女に緊急を伝えた。
「ユランが……ユランが」
うまく言葉が出てこないのは焦りのためか疲労のためか。
絞りだすように届けた伝令は、リエーヌだけでなくその場にいた全員を驚愕の縁へと追いやった。
「ユランが、悪魔軍に急襲され、陥落しました!」




