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HEROES+《ヒーローズ・プラス》  作者: しんどうみずき
2章:異世界の再会編
20/56

凛とリエーヌ

「少しだけ、いいかな」


 凛がサフランの王女の袖を引いた。


 リエーヌの懸命な説得が実りをつけた後、綿密な作戦会議が夜を通して行われた。どのように軍隊を組織し兵糧を確保するか。各国の連絡手段はどうするのか。悪魔軍はどのように作戦を展開するつもりなのか。議題となる問題は尽きることを知らず、ひとつの方針を決定するのに何時間も費やすこともあった。


 小休憩を挟みながらひとまずの閉会を迎えたのは明け方もだいぶ時間が経過してからだった。全員の顔に色濃く疲労感が漂っていた。とくにマリアなどは酷いもので、会議の途中で何度も居眠りをしそうになっては苦い紅茶で睡魔を追い払おうと四苦八苦していたが、最後の一時間は死んだように動かなくなった。


 きっと夜更かしもしたことのない生活を送ってきたのだろう。セバスチャンという名の執事が脇に控えていないのが不思議に感じられるくらい典型的なお嬢様がマリアだった。


 疲労困憊のなか解散するとマリアとジンはすぐさま祖国へ帰っていった。常に前線で戦っているサフランと違い大急ぎで軍備を整える必要があるのだという。


 彼らの定めた期間はわずか一週間。それまでの間にすべての難題を片づけ、軍隊を動員しなければならない。

 凛がリエーヌに声をかけたのは無人となった会議室でだった。ヒデオは珍しいことにミヒャエルと話があるようで、先に退室していた。


「どうされたのだ、妹君」

「そのイモウトギミっていうのやめてさ、凛って呼んでくれない? なんだかしっくりこなくて」

「わかった……凛」

「うん、ありがと。ごめんね、忙しい時に引き止めたりして」

「サフランまで貴国の車で送ってもらえることになった。あれはずいぶんと便利な代物だな。日本では当たり前に普及しているとヒデオ殿から聞いているが」

「ダンクの技術力はたしかにスゴイけど日本に比べたら全然。百年くらいは遅れてるんじゃないかな」


 凛が制服のスカートの裾をいじりながらいった。

 学校の規定よりもかなり短く詰めているので、雪のように白い太ももが露わになっている。


「日本という国は面白いな。一度見物をしてみたいものだ」

「そしたらきっとリエーヌはスカウトされるね。渋谷なんか歩いてたら大変なことになりそう」

「スカウト?」

「モデルやアイドルにならないかって大人気だよ。可愛いし綺麗な髪だし。羨ましいくらい」


 褒めちぎられても、リエーヌの表情は浮かないものだった。


「いいことばかりではない。こんな顔でなければ兄上に疎まれることもなかっただろうからな」

「あの……ごめんなさい。あたし……」

「別にいい。もう過ぎたことだ」

「お兄さんとは仲が良かったの?」凛は王女の表情をうかがいながら訊いた。「もし気分を悪くしたなら謝るけど、知りたいことなの」

「昔はいつも一緒に遊んでいた。私は末っ娘でな、兄上はひとつ上だった。兄姉がたくさんいたから自然と年齢の近い兄上とは気が合ったのだろうな。芸術を愛し、平穏を好む人だった。生まれる時代が違えば安穏とした一生を送ることもできただろう。戦は下手で、あまり前線に近づこうとしなかった。心根の優しい人だった」

「いい、お兄さんだったんだね」

「私は彼が好きだったよ。たとえ殺されそうになっても、それは変わらない」


 リエーヌは無理に笑顔を作った。その顔に凛の視線が惹きつけられる。


「あたしの兄はね、ここに来るまで超がつくくらいのシスコンだったの。あ、シスコンって意味分かる? 妹が大好きでたまらないってことなんだけど」

「良いことだ。ヒデオ殿は私にも親切にしてくれる。一度ならずも命を救ってもらった。本当にできた人間だ」

「下ネタを除けば、でしょ」

「あの種の話題は――なんというか苦手だ」


 リエーヌの小ぶりな耳がリンゴ色に染まる。


「昔はあんなに下世話なことばっかり喋る人じゃなかったんだよ。もっと明るかったしシスコンでもなかった。普通の、悪くないお兄ちゃんって感じだった。でもね、ある悲惨な事件が起こったの」

「それは私が聞いてもいいことなのか?」

「リエーヌだから知っておいてほしいことなの」


 凛は小さく息を吸って、吐き出した。


「兄にはね、幼馴染がいたんだ。麗子さんっていう名前。美人で性格も良くて、どこにも欠点がないような人だった。あたしにとってはお姉ちゃんみたいな存在だった。よく家に遊びに来てたし、麗子さんのところに何度も泊まりに行ったこともある。ホントに素敵なお姉ちゃんだった。正直、兄にはもったいないくらい」

「ヒデオ殿の幼馴染……」

「いつからだろうね。覚えてないくらい自然に兄たちは付き合いはじめた。誰もケチのつけようがないカップルだった。あたしも自慢に思ってたよ。学校のみんなに写真を見せまわったくらいだもん。兄たちが理想だったから、彼氏に妥協できなくて今まで誰とも交際しなかったなんて馬鹿らしいよね。何度かチャンスはあったんだけど全部断っちゃった」


 凛は軽く咳払いをした。


「えーと、それで、麗子さんには実の妹みたいに大切にしてもらってたんだ。兄と結婚するんだろうなって予定された未来みたいに考えてた。でもね、ある冬の日のデート中に通り魔に巻き込まれた。日本では珍しい拳銃の乱射事件。どうしてナイフとかじゃなかったんだろうね。それだったら兄が麗子さんを守ることもできたのに。あの日は全部が悪い方向に動いてたんだと思う。雪が降って電車が遅れなければ、遠出は無理だって近場に変えなければ、兄が足を滑らせて家の前の道路で盛大に転んだりしていなければ、麗子さんは死ななかった。運命は残酷だよね。リエーヌのこともそう。もしああなっていなければって後悔するようなことばっかり」


「……ヒデオ殿はさぞかし辛かったことだろう」

「リエーヌなら理解してくれるよね。兄がどれだけ絶望して悲しんだか。思い出すだけでも可哀想で仕方ないよ。朝起きたら自殺してるんじゃないかって心配で、あたし毎晩怯えてた。お姉ちゃんを失って、兄までいなくなったら、あたしは耐えられない」


 凛の声が涙ぐみだした。目尻に雫が浮かんでいる。


「ごめんね。リエーヌもたくさん苦しい体験をしてきたはずだよね」

「凛も同じだ。同じ悲しみを身に刻んだ」


 そっと凛の頭を抱き寄せる。座ったままのリエーヌにもたれかかりながら、凛は嗚咽をあげた。


「あの日から、兄は変わっちゃった。平然としてるみたいに見えるけど心のなかはボロボロなんだよ。どれだけ傷ついてるかあたしには分からない。兄がなにを考えてるのかあたしにはもう分からない。下ネタをいうようになったのも、あたしを過剰に保護しようと躍起になりはじめたのも、あれからなんだ」

「ヒデオ殿も乗り越えようとしているのだ。私たちの知らないところで自分と戦っている」

「そんなときにあたしたちはこっちに飛ばされた。麗子さんとリエーヌはまるで生き写しみたいに似てるんだよ。違うのは髪と瞳の色だけ。ほかは全部、そのまま。兄が命をかけてでもリエーヌを守ろうとしているのは、あなたが麗子さんだから。兄は今度こそ麗子さんを守りきろうと誓ってるはず。でも、あたしはそれが怖い。兄は麗子さんのためならなんでもする。命だって惜しまないと思う」

「――私ではなく、麗子なのか」

「酷いよね。あたしすごく酷いこといってる。でも本当のことなの」

「凛は、ヒデオ殿が好きか」

「好きだよ。家族だもん」

「約束しよう。私はヒデオ殿を決して死なせない。家族を失う悲しみを繰り返させたりはしない」


 リエーヌはぽんぽんと凛の頭を慰めるように叩いた。


「でも、兄はあたしのこと好きじゃないよ。あたしに麗子さんの幻影を求めているだけ。……リエーヌと同じ」

「愛されないのは苦しい」

「でも、リエーヌはこれからもっと辛いはずだよ。せめて一言そう伝えたかったの。こんな意地悪な言い方をするつもりじゃなくて、あたし……」


「私は大丈夫だ」強く、凛の背中を抱きしめる。「私に任せておけ」


「ごめんねリエーヌ。ごめん」凛はリエーヌの華奢な身体の温もりを感じながら、子供のように声を上げて泣いた。「兄をどうか守ってあげて」


「長い戦いになる。ヒデオ殿の命は絶対に私が守ってみせる」

「ありがとう。ありがとう……」


 凛の涙声はしばらく止むことがなかった。不思議と静寂に満ちていた。

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