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HEROES+《ヒーローズ・プラス》  作者: しんどうみずき
2章:異世界の再会編
17/56

ダンク王国

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「驚いた。こんな進歩した都市があるとは思ってなかった」

「日本では珍しいのか」

「いや、もっと発展してる」

「なんだそれは。その割にヒデオ殿は田舎から出てきたばかりの生娘のような顔をしているぞ」

「サフランの首都がああだったから、てっきり田園風景が広がっているものかとばかり」


「ド田舎で悪かったな」リエーヌがふくれっ面になって反論する。「戦いばかりに明け暮れていると産業を発展させる余裕がなくなる。金だけ出してのうのうと戦況を見守っている卑怯な国々とは差がついて当然だ」


「それは失礼した」


 ヒデオがニヤつきながら一礼する。


「まったくそうは思っていないようだな」

「こんな発達した国があるなら教えてくれればよかったのに。そうすれば携帯を捨てることもなかった」

「携帯?」

「魔法みたいに便利な道具のことさ」


 とはいえ電波塔も電話会社も存在しないこちら側で携帯電話が使用できるはずもない。せいぜい目覚まし時計代わりにアラームをセットするくらいしか使い道はないだろう。


 ヒデオはのっそりと歩みを進める馬車のなかからコンクリート造りの建物の群れを見上げた。サフランのように石とレンガを積み上げただけの設計ではなく、窓ガラスまでしっかり嵌めこまれている。久々に感じる現代的な建築物は、かえって異様にも映った。


「ここの街は大陸で最も文明が進歩している。常に技術の最先端を追い求めているような連中ばかりだ。国民はみな農業よりも研究を熱心に行なっているという話も聞く。ずいぶんと立派なものだ」

「それで国が成り立つのか」

「既成品を輸出して、日常生活に必要な物資は輸入する。そうやって生計を立てているのだろう」

「おれの故郷と似てるな」

「さぞかし裕福な暮らしをしていたのだろうな」


 リエーヌがふんと鼻をならした。サフラン国を経って、整備された街道沿いに三日ほど進んできたが、日に日に機嫌が悪くなっているようだった。

 ヒデオが理由を尋ねると

「あそこの王子はロクな男ではないからな」とだけ返事をした。


 リエーヌが馬車のなかで説明してくれた内容を要約すると次のようになる。サフラン国のほかに大国は三つあり、そのなかで最大の版図を誇るダンク王国で会議を行うのが定例となっているということ。その首都は大陸全土でも類を見ないほどの技術力を有した場所であり、リエーヌは父王の付き添いとして何度か訪れたことがあるということ。


「会議の間は締め出されていたから父上がなにを話していたのかは存じない。城の中はさらに科学の粋の結晶みたいなもので、飽きることはなかったがな」

「付き添いはリエーヌだけなのか」

「一番上の兄が次期王位継承者として同行していた。私にはもっと別の理由があるのだ」

「理由?」

「すぐに分かる」


 リエーヌは陰鬱な気分を吐き出すように盛大なため息をついた。


 各国の主要都市はよく整備された幅の広い街道で結ばれている。早馬を飛ばせば二日とかからずに連絡が取れるようになっているのだという。電話や無線が発明されていない世界では、いまだに人間を直接派遣してメッセージを伝えるのが一般的なやり方なのだ。


 駆け足で急ぐ馬たちの馬蹄を聞きながら、ヒデオは腕をぐいと伸ばした。ルークに負わされた傷の痛みはすっかり消えている。それどころか痕跡すら残っていない。


 涙もろい老医者が処方した軟膏薬が絶大な効力を発揮したわけでは無さそうだが、それにしても信じられない回復力だった。


「馬車を降りるぞ。ダンクの人間には馬の歩みは遅すぎるらしい」

「おれもそう思うけど――まさかこんなものまで用意してくれるなんてな」


 怪我のため杖をついているリエーヌに肩をかしながら下車すると、いやに無骨な自動車がヒデオたちを出迎えた。黄色に染められた車体は太った牛のように巨大で、ヒデオの知っている高級車とはまったく別物だった。


 タキシードをまもった運転手がドアを開け、どうぞという仕草をする。


 車がリムジンであれば完璧なのだがとヒデオは思った。どうやらまだ洗練する段階にまで至っていないらしい。


 内装には高級そうな革素材があしらわれているが、外見とは裏腹に窮屈な空間だった。運転手が手動でドアのロックをかけると、エンジンが重たげに駆動をはじめる。そして下品なほどの排煙をまき散らしながら発車した。


「まったく、次から次へとよく考えつくものだ」


 リエーヌが物珍しげに車内の様子を観察しながらぼやいた。


「自分だって田舎娘みたいな顔をしてるぞ」

「当たり前だ。初めて乗ったのだからな」

「おれはうんざりするほど運転したさ。ま、これよりはマシな車だったけどな」


 最後に運転したのは友月の低性能な中古車だ。あれでもヒデオたちがいま乗っている車に比べたら何倍も高尚な機械だろう。いくら技術が発展しているとはいえ日本に追いつくのはまだ先の未来のようだった。


「この車が大量生産できれば世界はまるで別物になるだろうな。もっともダンクの連中が惜しげもなく他国へ分け与えるはずはない。次の段階の開発が終わってから、古くなった製品を売り出すのが常套手段だ」

「商売と技術は表裏一体ってわけか」

「金にならなそうなことはやらない主義らしい。お高く止まったものだ」

「さっきから不満ばっかりだぞ」

「よその国をいいように使役しているような連中の住まっている国が好きになれるものか」

「おれはけっこう気に入ったけどな」

「日本とやらはさぞかし快適な国だったのだろうな」


「そうとも限らない」ヒデオは東京のネオンとビルが乱立する息苦しい光景を想起しながらいった。「こっちのほうが空気は澄んでる。それから自然も多い」


「たんに田舎なだけではないか」

「おれの故郷じゃ田舎に憧れるやつもけっこういるんだ。この街も息をするだけで病気に罹るような汚い環境にならなきゃいいんだけどな」

「研究を推し進めている張本人にいってやれ。考えを改めるとは思えぬがな」

「そのうち汽車が発明されてサフランまで半日もかからず行けるようになるさ」

「それはマズイ」


 リエーヌは苦虫を噛み潰したような表情をした。


「あやつが簡単に来れるようになると想像しただけで心労が募るというものだ」


 どうやらダンク王国の王子とやらに対するリエーヌの印象は非常に悪いらしい。過去に因縁でもあったのか、それとも相当な人格破綻者なのか。どちらにせよ敵に回すのは得策では無さそうだ。共同戦線を張るとなれば盟主を務めることになるであろう王子の人柄がまともであることを祈るとしよう。


 車は砂利がとりのぞかれ、平らになった地面の上を軽快に走っていく。途中、長い煙突が何本も屹立しているのが見えた。先端から雲のごとく黒い煙が立ち込めている。その根本には工場地帯が広がっているのだろう。


 馬車とは比べ物にならない早さで街を横切っていく。


 中心部に近づくに従って工場の数は減り、ところ狭しとレンガ造りの家が立ち並ぶようになった。昔からあった家々なのだろう古びた壁には住民たちの歴史が刻まれている。彼らはヒデオたちの乗る車を見ると、そそくさと道路の両脇に避けてなかにいる人間が誰なのか興味深そうに眺めていた。


「ずいぶん人口が多いな」

「どれほどサフランを小馬鹿にしたら気が済むのだ」

「悪気はない」

「嘘をつけ。口元がにやけているぞ」


 暇さえあれば観光でもしたいほど物珍しい光景が待ち構えていたが、車は寄り道をすることなく一直線に目的地へと向かった。しばらく進んだ先にそびえている古めかしい城壁の下で検問があったが、運転手が二言三言やりとりを交わしただけで通ることができた。


 壁の内側にはそれまで満員電車の乗客のごとく詰め込まれていた民家がひとつも見当たらず、かわりに無愛想なコンクリート製の建物が等間隔に築かれていた。道路も城壁を境にコンクリートで舗装されている。検問を境に、四半世紀ほど時代が進んでいるみたいだった。


「この一帯はすべて国有地として家屋を取り壊したそうだ。随分昔のことだがな」


 不思議そうに窓ガラスの外を眺めているヒデオに姫君が説明した。


「詳しいんだな」

「つまらない事情があってな」


 リエーヌはもどかしげに銀の長髪をかきむしった。


「ああやっぱり帰りたい。ヒデオ殿が代理で出席するのではダメか?」

「ダメに決まってるだろ」


 歯医者に行きたくないと駄々をこねる子どものようなリエーヌをなだめながら、ヒデオはあれこれと思いを巡らせていた。現代日本の知識をいくらかでも披露することができれば、この技術大国での地位を確立することができるのではないだろうか。そうすればリエーヌの立場もずっと上のものになる。


 弱小国家として大国のいいようにこき使われる運命も変えられるだろう。

 高校や大学で真面目に授業を聞いていなかったことが悔やまれる。教科書のない場所にいると、自分の知識がどこまでも頼りなく思えた。


「勉強はしておくに限るな」

「何をいまさら」

「保健体育だけは得意だった」

「なんだそれは」

「性に関する知識だ。どうやったら女を悦ばせることができるのか、とか」

「は、破廉恥な」


 リエーヌが赤面しながらうつむく。とことんこの手の話題には弱いらしい。


 しばらく単調な車の駆動音に身を任せ、軽く船を漕いでいると運転手が窓ガラスをノックした。居眠りしているあいだに到着していたらしい。リエーヌとともに欠伸をしながら車を降りるとのっぺりとした外観の建物に案内される。


「ここが王宮なのか」

「私の記憶が間違っていなければ違う。おおかたどこかの研究所だろうな」

「会議をするのに研究所を用意するのか?」

「さあ、あいつの考えることは理解できない。私たちに技術力を見せつけたいがための会場かもしれないな」


 なかから女性の案内人が現れて、ヒデオたちを招き入れた。内装はいたってシンプルで余計なものは何ひとつ置いていない。ドラマで見たアメリカの最先端の研究室と似たような清潔感だった。


 幾人か白衣をまとった研究者たちとすれ違う。みな不健康そうな顔つきをして、資料と思しき書類を食い入るように見つめながら歩いていた。


「この国で評価されるためには成果を出さなければいけない。貴族もへったくれもなしだ。王族以外の連中は頭の善し悪しだけで人生が決められる」


 リエーヌが解説した。

 ダンクという国は実力主義という点ではヒデオの生きていた社会と近いのかもしれない。科学力だけでなく政治力的にも進歩した国家であるようだった。


「戦争のない社会では発展しやすい、か」

「そうだ。だからこそ我々は一致団結して悪魔軍を撃退し、平和を取り戻さなければならない」

「たとえ奴等に勝ったとしても、今度は内側に敵が生まれるだけさ」

「かもしれないな。だが目の前の危難を振り払わないことにはまえに進めないのも事実だ」


 通されたのは中央に円卓の置かれた部屋で、どうやらここで会議を行う予定らしかった。まだ誰も到着していないのかほかの席は空いている。リエーヌとヒデオは革張りのチェアに腰を下ろすと、出された紅茶とスコーンを味わった。


「ここの料理はマズくて仕方ないが、紅茶とお菓子だけは評価できる」


 というリエーヌ。


「定刻よりずいぶんと早く到着してしまったな。あの車というのは予想以上に速度が出る。戦場に投入すれば目覚ましい戦果を上げることが出来るだろうな」

「そのうち大砲が付いて、ごついタイヤで走ることになるだろうさ」

「ヒデオ殿は未来の乗り物について詳しいのか」


 リエーヌが少しだけ目を輝かせて尋ねる。ヒデオは力なく首を横に振った。


「おれは不真面目な学生だったからな。外見や特徴はわかるけどたいした知識は持ってない。身の回りのものさえ仕組みを理解してないくらいだ」

「それではなんのために勉強をしていたのだ」


 呆れながらリエーヌが紅茶をすする。王女という肩書きだけではなく、彼女の雰囲気そのものが優雅な仕草に集約されているようだった。


「なんだろう、惰性かな」

「そのように志の低い人間でも学校に通わせてもらえるのか――一度、日本という国に行ってみたいものだな」

「今度ゆっくり話してやるよ。おれの故郷のこととか、家族のこととか、その他いろいろ」

「楽しみにしておこう」


 くすり、と愛らしい口元を笑みにかえる。

 そのときだった。突然サイレンのような音が部屋の外から聞こえてきた。それに続いて怒声が飛び交っているのもかすかに聞き取れる。


「なにごとだ?」

「危険な薬品が流出したのかもしれない。リエーヌ、とりあえず逃げる準備を――」


 ヒデオの差し出した腕につかまってサフランの王女が立ち上がろうとすると、ドアが勢い良く開かれて、血相をかえた男の研究者が転がり込むように入ってきた。

 酸欠になった魚みたいに口をパクパクと動かしている。


「落ち着け、どうした」

「は、は、はやくお逃げ下さい、ここは危険です!」

「なにがあったんだよ」

「アイツが暴走したのです!――ああ!」


 悲痛な叫び声をあげ、いたずらにヒデオたちを急かそうとする。


「暴走? なにが――」

「試作機二十八号が故障して研究所内を暴れまわっているのです。いつ襲来するか予想もつきません、サイレンが近づいてこないうちに」


 というそばから救急車のサイレンのように徐々に音が大きく聞こえてくる。それと同時に重たげな機械の足音。まるで古びたロボットが慌ただしく走り回っているみたいだった。


 廊下の角からそれが姿を現すと、研究者の男は慌ててドアを閉めた。警報音は容赦なく接近してくる。ヒデオは危険の元凶とリエーヌの間を遮るように割って入った。


「逃げなくて良いのか」

「とりあえずここに隠れていたほうが安全だろう」

「……どうやらその予感は外れそうだな」


 廊下と会議室をつなぐドアを懸命に押さえつけていた貧相な体つきの研究者が軽々と宙に吹き飛ばされる。白いドアを荒々しく蹴破るその姿はどこか酔っ払った大男を連想させた。


 全身を太いパイプで繋がれた骨格に、鍛えあげられた筋肉のような太い手足、頭部だけは妙に人間に似せて作ってあるのかスキンヘッドの厳つい男の顔をしていた。おまけになぜか手には金属の棒を握り締めている。殴られれば間違いなく大怪我につながるだろう。


 試作機二十八号という名のロボットはヒデオたちを分析するように見つめると、手中にした凶器を高速で回転させはじめた。

 風をきる轟音が恐ろしい。ヒデオは生唾を飲み込んだ。


「なんでこんな凶悪なロボットを作ってたんだよ」

「に、二十八号機は戦闘用ロボットとして開発されていたもので、非常に高い攻撃力を有しているのが特徴です。動きは俊敏で狙った獲物はどこまでも追いかけて倒すという思考をプログラミングしてあります」

「余計なことをしてくれたもんだ」


 ロボットの瞳がヒデオに焦点を合わせたまま赤く点滅をはじめた。同時にサイレンの音量が増幅され、耳をつんざくばかりの喧騒にかわる。嫌な予感がする。ヒデオの背中を嫌な汗が伝った。


「……これは?」

「ターゲットをロックオンした合図です。こうなったら電源が落ちるか、破壊しない限り止まることはありません」

「スイッチはないのかよ!」

「電源につないでなくとも動けるようにバッテリーを搭載しようとしていた途中の事故でして。普段はコードさえ引っこ抜いてしまえば止まっていたのです」

「で、バッテリーはあと何分で切れるんだ」

「我が研究所の最新鋭の技術を応用したバッテリーですので、あと数時間は稼働できます」


 胸を張って答える。研究者という人種は馬鹿と紙一重であるらしい。

 ロボットの赤い点滅が止まり、充血した瞳が現出する。ヒデオにはスキンヘッドの大男が舌なめずりをして構えたように見えた。


「一度ターゲットを補足すれば他の障害物をなぎ倒してでも仕留めようとします。本来でしたらもっと効率よく無駄のない動きをさせたいのですがいかんせんそこまで研究が進んでいませんでして……」

「そんなことはどうでもいい。弱点はどこなんだ」

「ありません」

「は?」


 ヒデオが思わず目を丸くして問い返した。


「ない?」

「もちろん戦闘で安易に破壊されてしまうような弱点を作るはずがないでしょう。その必要性もありませんし」

「こういう非常事態に備えておけってんだよ!」

「ヒデオ殿、来るぞ!」


 リエーヌの声とロボットの突進はほぼ同時だった。見た目は完全にブリキのロボットなのに尋常でないスピードで突っ込んでくる。ヒデオが身を交わした瞬間には、殺人兵器と化した金属のパイプが空気を殴りつけていた。


 完全に人間の動きではない。

 ロボットを相手に戦ったことなどもちろん生涯で一度もないから、どのような思考回路で機能しているのか見当がつかなかった。


「両足に特殊なバネを仕込んでありますので、瞬間的に人間を超える速度を出すことができるよう設計されています」


 研究者の男はヒデオが標的にされたことで胸をなでおろしている。呑気にロボットの能力の解説をしてくれた。


「あと、それから腕が時々伸びてきます」

「マジか、よっ」


 なんの工夫もない鉄の塊だけが取り付けられた腕がマジックにかけられたみたいに伸縮してヒデオの顔面スレスレをそれていく。完全なるスペックの無駄遣いというものだ。


「個人的には胸からビームなども出したかったのですが、いかんせんレーザーに関する技術はまだ未発達でして、今後の研究課題として念頭においておくつもりです。もしこれが実現可能になれば動かずして敵の大量殲滅が達成できることに――」

「うんちくはいいから攻撃パターンを全部教えてくれ!」


 猪突猛進な房総ロボットの攻撃をかいくぐりながらヒデオが怒鳴る。

 かなりの質量を持った金属の塊が猛スピードで振るわれているのだ。当たったらひとたまりもない。


「攻撃パターンと申しましても、突撃、攻撃の二種類のアルゴリズムしか用意できなかったので、それ以外の動きはしないはずです。とはいえ将来的には学習能力を身につけさせ、戦闘中に人間のように能力を向上させていくという試みもなかなか興味深いものです」

「いまは搭載しなくて大正解だったな!」


 のんびりとリエーヌに近寄ってコーヒーでも飲み出しそうなくらいリラックスしている研究者のいう通り、ロボットはよく見ると単調な動きを繰り返しているだけだった。目にも留まらぬ速さで接近したかと思えばバールのような凶器をやたらめったら振り回し、ときおり信じられないタイミングでロケットパンチを放ってくる。


 よく見極めさえすれば、勝てはしないかもしれないが、負けることもないだろう。

 こちらの世界に来てから向上した身体能力ならば数時間でも逃げ続けることは可能に思えた。


「できることなら反撃もしていただけると良質なデータが取れるのですが」

「無茶な要望を押し付けるな、反省しろこのもやし男が!」


 いざとなれば両腕を悪魔化させて戦うことも出来る。

 金属をも簡単に切り裂く鉤爪ならばいくら頑丈なロボットでも敵わないだろう。ただあの力をリエーヌ以外の人間に見せることは危険な行為だった。


 あれはルークと同じ悪魔の力だ。


 ヒデオでさえよく経緯を理解していないのに、事情を把握しない連中が目撃したら大騒ぎになるに決まっている。自由に力を制御できない現段階では身の危険を最小限にすることが必至だった。


 悪魔の評判を背負うのはヒデオだけではない。彼を連れてきたリエーヌにも当然あらぬ嫌疑がかけられることになるだろう。それだけは回避せねばならない。


「そういえば、極めて稀に特殊な行動をとるようプログラミングがなされていたはずです。注意して下さい」

「おい! 具体的にはどういうことだ!」

「さあ、担当の者が気まぐれに入れたものですから存じ上げません。もっともこの一連の暴走の原因はそのプログラムにあるのではないかと疑っているのですが」

「じゃあ、そいつを連れてきてくれよ!」


 鼻先をバルブがかすめる。いくら見切っているとはいえ一瞬の判断ミスが命取りになる。体力よりも精神力の勝負になりそうだった。相手がロボットという点では限りなく不利だが。


「彼は真っ先に暴走した二十八号の魔手にかかりまして今頃医務室で手当を受けているはずです」

「だったら今すぐどうにかしろ! 当たってからじゃ遅いんだぞ!」

「そうはいわれまして、ロボットは外見を眺めているだけでなんとかなるという代物でもないわけでして」

「……先程から奇妙な音が混じっている気がする。警戒するのだヒデオ殿、なにが飛んでくるか分からぬぞ」

「いわれなくてもそうしますよ、っと」


 軽業師のようにヒラリと身を翻して円卓の上に舞い降りる。


 悪魔の力を取得した副作用なのか、信じられないくらい四肢が軽やかに動く。体型はそのままに筋力と動体視力が格段に良くなっているみたいだった。ルークとの戦闘のなかでも感じていたことだが身体能力が向上するほど今まで習ってきた格闘技が加速度的に有効になっていく。


 もう一度鍛え直すべきかもしれない。

 暁でもいれば絶好の練習相手になるのだが。


「一発やってみますか」


 殺人バールをかい潜り、伸びてきた腕が止まったところで小脇に挟む。人間でいえば肘に当たる箇所に力を加えるがびくともしない。やはりロボットに関節技は有効でないらしい。


「ヒデオ殿!」


 技をかけたほんの数秒の間にロボットは手に持ったバールを破棄していた。円卓の下に並べられている革張りの椅子を軽々と持ち上げると、馬鹿力でぶつけてくる。


 油断していた。


 リエーヌの警告と同時に防御姿勢をとる。音速に近い金属製の椅子の脚が直撃する寸前に身体を浮かせて威力を軽減させる。まともに食らっていれば両腕とも折れていた。


「つっ!」


 それでもなおヒデオを鈍い衝撃が襲った。


 空中で姿勢を立てなおそうとするが、それよりも早くロボットがバネを活かして跳びかかる。次の攻撃は避けられない。覚悟したヒデオの視界の隅に、見慣れた女子高生の制服が写るのと、ロボットを雷鎚が貫くのは同時だった。

 派手な爆発音とともにブリキのロボットが大破する。


 ああ! と悲痛な面持ちで白衣の研究者が頭を抱える。


「武器を変えるというアイデアは素晴らしかったのに――我々の研究成果が……」

「アンタたちが悪いんでしょうが。自業自得よ」


 涼しい顔をして会議室に足を踏み入れた少女は、あっけにとられて尻餅をついているヒデオを見ると口元を抑えた。


「兄、なにやってんのこんなところで」

「それはおれの台詞だ」


 短いスカートを花輪のようにひらめかす凛の姿は、肝試しに出かけたあの晩となんら変わっていなかった。

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