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HEROES+《ヒーローズ・プラス》  作者: しんどうみずき
序章:異世界の邂逅編
14/56

正体

戦闘シーンがあります

悪魔と名乗ったルークに好々爺の面影は残っていなかった。擬態を解き始めているためか皮膚は黒ずみ、白髪は硬質な刺へと変異している。その声は低くかすれ、耳障りな音だった。


「思いのほかうまく事が運んでいたから期待していたが、最後に逆襲を受けることになるとは皮肉なものです。考えてみれば私の策が失敗したのはこれが初めてだったか――だが大局に影響はないでしょう。あなたたちの未来はここで閉ざされるのですから」


 さも愉快だというふうに口元を歪ませ、ルークは牢を背にしているリエーヌへにじり寄っていく。

 ヒデオは檻の内側からそっと耳打ちした。


「鍵は?」

「やつが持っている」


 リエーヌが小声で答える。

 この鋼鉄の柵を破壊しないと外には出られない。脚に怪我を負っているリエーヌがルークの脇をすり抜けて助けを求めるのは無理だろう。

 状況は最悪だった。


「なぜおれを直接殺しに来なかった」


 ルークの歩みを止めるようにヒデオが声を張り上げる。


「恐れていたからですよ、あなたの内に眠る力を。まだ使いこなせていないようですが、下手に刺激を与えて覚醒させるより人間どもの手に任せて殺させるほうが安全でしょう。最愛の姫様に裏切られ、失意のなかで殺される光景を見たかったということもありますがね」

「とんだ悪趣味だな」

「私の生きがいですよ」


 ルークはサフランの姫君の透き通るような頬を撫でた。鋭利な鉤爪の先端から、つうと血が滴り落ちる。


「誰かが絶望する表情というのは素晴らしいものです。この世のどんな快楽よりも私を愉しませてくれる――あなたの兄上も、もっと悲劇的な形で死なせたかったものですが、あれはあれでなかなか上々の最期でした」

「兄上を侮辱するな!」


 スカートの裏に縫い付けてあったナイフを素早く抜き、ルークの眉間に刺そうとする。だが、人間離れした反射神経で悠々とリエーヌの攻撃をかわすと、その手首をひねって床に押し倒した。


「ぐっ……」

「あなたのようなか弱い姫様が太刀打ちできると思っているのですか。どれだけ私を憎んでいても、あなたには殺せません」

「やめろ、リエーヌを離せ!」

「無力な人間には黙っていてもらいましょうかね」


 檻の隙間からヒデオのみぞおちを容赦なく蹴り上げる。崩れ落ちるように膝をついたヒデオのこめかみを、ルークの鉄のような拳が抉った。

 牢屋の奥の壁にたたきつけられる。

 脳震盪を起こして、ヒデオはぐったりと冷たい床に倒れた。


「最初からこうしておけばよかったと後悔していますよ。いままで死んでいったその他大勢の人間たちのように、なんの物語もなく殺すべきでした」

「……どういう、ことだ」


 リエーヌが唸り声を上げる。ルークは華奢な背中を踏みつけながら、酔いしれるように頭上を仰いだ。


「姫様が気付かなかったのも仕方ありません。私がサフランに送り込まれたのはあなたが生まれるずっと前のことですから」

「貴様、ほかにも誰かを……」

「いくら我々と戦争をしているとはいえ、この国では人が死にすぎる。そう思いませんでしたかな」

「……まさか」


「あなたが推測しているよりもずっと多くの人間を葬ってきましたよ。この国の中枢を担う人間を減らしていく、ただそれだけで国力は面白いほど削がれるものですからね。特に戦場では仕事がしやすかった。味方にすこし情報を流せば、精鋭を集め討ち取ってくれる。そうでなければ、いくら前線にいるといえ王族がああも容易く殉死するはずがないでしょう」


「兄上を……姉上を……私の家族を殺したのは貴様かっ!」


 ほとんど絶叫のようなリエーヌの怒声は、ルークの楽しげな表情をさらに明るいものにした。


「ええ、ええ、その怒りと屈辱にまみれるお顔が見たかった。ついでにいえば、あなたのご両親も私が殺しました。豚か何かのように子供を産むものでしてね、仕事が面倒になるので消えてもらった。この国の人間は戦争で疲れきっていて、同じ人間の格好をした私をすこしも疑うことはありませんでしたよ」


「ルーク……貴様だけは……貴様だけは絶対に許さん!」


「ああ! 最高です! この瞬間、この喜びのためだけに何十年という時間をかけて潜伏していた苦労が報われるというものです。いや実に人間が見せる表情は素晴らしい。あとは死にゆく恐怖に打ちのめされた顔を拝見したいものですが、残念ながらそれは諦めざるを得ませんね」


 悪魔は両腕で身体を抱き込みながら震えていた。快楽の味を全身で感じ取ろうとしているかのように目を閉じていた。


「今回はそこで伸びている男の命で我慢しましょう。リエーヌ姫、あなたにはもっと重大な使命があるのです」

「ヒデオ殿も、もう誰も――貴様に殺させはしない。貴様の蛮行はここで絶つ!」

「そこで無様に倒れているだけのあなたに、なにが出来るというのです」

「助けを呼ぶことくらい、私にもできる」


 倒れこんだまま懸命に地上に向かって呼びかけるリエーヌの上で、悪魔が身をよじって哄笑した。


「こんなこともあろうかと階上の兵士たちはすでに持ち場を離れさせてありますよ。あなたがいくら喉を枯らして叫ぼうとも、助けは来ません」

「ならばこの場で戦うのみ!」


 リエーヌは這いつくばった状態からどうにか姿勢を起こすと、捻られた拍子に飛んでいったナイフに手を伸ばそうとした。武器さえあれば、せめて抵抗することはできる。だがその様子をあざけるように眺めていたルークに手の甲を踏みつけられる。


「くっ……」

「聞き分けの悪いお姫様ですな。そんなことではライドに叱られますぞ」


 ふたたび大口を開けて嘲笑するルーク。

 孤立した地下空間に救いの光はないように思えた。リエーヌは悔しさに涙をこぼしたが、その姿を見られたくなくて顔を背けた。


「あなたに待ち受けている未来を説明してさしあげましょう」ルークが意地悪くいった。「あなたは次代の妃になるのです」


「どういう、意味だ」

「あなたは美しい。生きている価値は、それだけです。それ以外にはなんの意味もないあなたを、私が陛下に献上しようというのです。きっと喜ばれることでしょう、姫様の命は助かる。私にとってもあなたにとっても有益な話です」

「そんなもの、誰が受け入れるものか」


 リエーヌが反抗的な眼差しでルークを見据える。

 ささやかな抵抗は、悪魔の嗜虐心に油を注ぐだけだった。


「貴様のいいようにされるくらいなら、今すぐ舌を噛みきって死んでやる」


「あなたが死ねばサフラン国は跡継ぎがいなくなり、崩壊する。指導者のいない小国など我等の敵ではありません。瞬く間に蹂躙し、人っ子一人残さず奴隷にして差し上げましょう。その後はサフランを足がかりに大陸中を支配するのです。私は晴れて重役につき、この世の権力を謳歌する――あなたの命が人間にとってどれほどの意味を持つのか知っているでしょう。私にとっては人形でしかないあなたも、人間にとっては存亡の鍵となる。万にひとつでも挽回の機会が残されている限り、あなたは自ら死を選ぶことをしない。そうでしょう?」


 ルークは最初からリエーヌの退路を断ち切っていたのだ。

 真綿でくるむように外堀を埋め、最後に彼女が取り残されるように巧妙にことを進めていった。家族も、仲間も、すべてはリエーヌを追い詰めるために消された。


「諦めなさい。もう、逃げられない」

「……貴様なんかにっ、私は、屈しない!」


 そういって無事なほうの脚でルークのすねを蹴りつける。

 人間の擬態をやめ、悪魔の一部となったルークの身体は金属のように硬かった。


「姫様のお転婆にも困ったものです。陛下に献上するまえに、すこし調教を施しておく必要がありそうですね」


 すっとルークの目が細くなる。本能的に恐怖を感じ、リエーヌの背中を悪寒が走り抜ける。

 あの夜、兄が見せたのと同じ瞳をしていた。残酷で、相手を傷つけることになんの躊躇いもない瞳。


「あれだけ兄姉の数が多ければ教育が行き届いていないのも納得ですが――人間を躾けるのに最も効果的な方法はなんだかご存知ですか?」


 答えはわかりきっていた。

 返事をしないリエーヌに微笑みかけながら、ルークは鉄のような踵を持ち上げた。


「暴力ですよ」


 骨の砕ける音がするのと、リエーヌが悲鳴を上げるのは同時だった。

 ルークは包帯の上から、粉砕したリエーヌの脛骨を踏みにじる。痛覚の限界に近い刺激が一気に脳を支配した。


「なるべく万全な状態で送り届けたかったのですが、四肢のどこかが欠けていても陛下は気になさらないでしょう。私にもいくらか役得があっていいというものです」


 そして、今度は残された無傷の左脚に手刀を振り下ろす。

 空手家が板を割るようにあっさりと、リエーヌの骨は二つに折れた。

 あまりの痛みに気を失いそうになる。だが、悪魔に対する憎しみだけがどうにかリエーヌの意識を保たせていた。


「安心して下さい。骨ならば時間をかければ回復し、また元のように歩けるようになります。あなたが歩くのは地獄でしょうが、ね」

「るぅ、く……」

「――ちょっと騒がしすぎたようですな」ルークはため息を付いて、牢のなかを見た。「姫様の最後の希望がいなくなるその瞬間を、しかと網膜に焼き付けておきなさい」


 鉄の檻が、ナタで刈ったように切断され、無機質な金属音を反響させる。

 ルークの視線の先には、彼と同じ悪魔の右腕を構えたヒデオが立っていた。







「あなたの能力を必要以上に評価したのは私の間違いでした。たかが右腕だけのなりそこないに、生粋の悪魔である私が負けるはずがない。そう思うでしょう?」

「うるせえよ。たとえおれが生身の人間だろうと、あんたを絶対に許さない。それだけだ」

「その自信がどれほどのものか、確かめて差し上げましょう」


 ルークが動き出す機先を制しヒデオがルークの腹に回し蹴りを放つ。

 こちらの世界に来てから身体能力が向上しているのは間違いないようだった。今までにないスピードで放った技はルークがいたはずの場所を鋭く捉えた。空を切る風音がリエーヌの頭上をすり抜ける。


「――多少は武術の心得があるようですね」

「昔の貯金が残ってるだけだ。こんなもの役に立たないと思ってやめちまったからな」


 ヒデオは左右に大きく開いた廊下を疾駆し、ルークとの間合いを詰める。動けなくなっているリエーヌからすこしでもルークを引き離さなければ。人質にとられでもしたら、勝機は潰える。


「しかしどれだけうまく立ちまわったところでしょせんは人間、パワーもスピードも足りていませんよ」


 ルークがちらりと牙を見せてうつむいた。

 直後に、経験したことのない速さの掌底が繰り出される。


「くっ……!」


 耳元をかすめる威力は、おそらく直撃すれば命が危うい。悪魔は人間よりも強いと聞いていたが、ルークはそのなかでも上位に入る力の持ち主だと思われた。

 次々と止まることなくヒデオを襲う攻撃をかろうじでいなしていく。


 だが些細な無理が積み重なり、バランスを崩す。その一瞬の隙をついてルークが渾身の一撃を放った。

 まずい、と直感が囁きかける。


 ヒデオはなんとか右腕でルークの拳を受け止めるが、威力を殺しきることができずに吹き飛ばされた。背中から石畳にたたきつけられる。血の鉄臭い味が口に広がった。

 口内の出血を吐き出す暇もなく、ルークの爪が眼前に迫る。


 ヒデオは身をよじって回避しようとするが、首を狙ったはずの速攻はヒデオの肩を抉った。赤い筋肉が露わになる。

 間隙を縫ってヒデオは後方へ大きく跳躍した。すぐ足元にはリエーヌがうずくまっている。ここにルークを近づけるわけにはいかない。


「どうしましたか、命乞いをするなら今のうちですよ」

「あんたに助けてもらうくらいなら、アソコを掻っ切ったほうがマシってもんだ」

「ならばお望み通りに!」


 ルークが床を蹴る。次の刹那には左右から鋭利な爪が迫っている。頭を低くしてそれらをやり過ごし、カウンター気味に空いた胴体へ右腕を突き出す――はずだった。

 ヒデオの頭上を通過したルークの攻撃はそのまま流れるようにリエーヌへと向かう。


「しまっ……」


 気付いたときには遅かった。

 彼女をかばおうと差し出した右腕を掴まれ、遠心力に乗って投げ飛ばされる。石の壁に身体を打ちつけられた瞬間、意識が朦朧とした。


 先ほどから累積しているダメージが大きい。

 いくら右腕は悪魔化しているとはいえ、他の部分は人間のままなのだ。何度も強い衝撃を受ければ傷つき壊れていく。


「これでお終いですか。あっけないものですね。あなたも運が悪い。こんなところへ来なければ死ぬこともなかったのに――片方は生き、片方は死ぬ。それは変えられない運命なのでしょう」


 舞台の台詞を読み上げるような口調でゆっくりとルークが近づいてくる。

 立ち上がるだけで精一杯だ。次の攻撃は避けられない。

 せめて相打ち覚悟で仕留めてやる。

 ヒデオがタイミングを計ろうと見上げた瞬間、ルークが突然に距離を詰めた。


「あ……」


 読まれていた。

 死ぬ間際には走馬灯が走るという。


 それを証明するようにヒデオの瞳にはこの世界にやって来てすぐ殺されかけたときの光景が蘇っていた。

 リエーヌの兄が半死になりながら振るった剣。心臓から流れ出す凍った血の感触。そして黒く異形と化した右腕。

 フラッシュバックはルークのトドメとかぶってゆっくり再生されていく。


 切り株の根本に倒れていたサフランの姫。

 眉間にまっすぐ突き立てられる尖った爪。

 いやらしく歪んだルークの口元。


 異世界へつながるトンネルで出会った少年。彼はどこへ向かったのだろう。


 ――ドクン。


 心臓が拍動する。


 流れるのは水銀のような体液。自分のものではない力が左腕に集まっていく。

 それは一瞬のようにも、永遠のようにも思われた。


「なにっ……!」


 直前まで迫っていたルークの鉤爪を弾き飛ばし、ヒデオは屹立した。

 全身に力がみなぎっている。


 これなら、いける。


 確信を抱く両腕は、ルークのそれと同じ悪魔の形をしていた。

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