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第六章ラストです。
兄から放たれる『大嫌い』だという言葉。そう言い放った途端ユウにリリアが凄い形相で胸ぐらに掴みかかった。それでもユウは仏頂面を崩さない。
信じられなかった。信じたくなかった。だって本当に嫌いだったのなら、助けに来てくれるはずがないのだから。
先程一度だけ兄が白髪の少年──コルウスに見えたが、最初は見間違いだろうと思っていたが今たった目の前でユウがコルウスになった。それは紛れもない真実だ。そう言い切れるのは、ユウにあった右手の怪我がそのまんま同じ所に怪我を負っていたからだった。
目の前にいるのは本当にユウなのか?
真実を叩きつけられても尚、マリアは疑う。こんなのは兄の姿ではない。
「お兄ちゃん……嘘……だよね。私達の事……嫌いだなんて」
「お前が一番うざかったよ……」
頭蓋をかち割られらたかのような感覚がマリアを襲った。
その直後──。
「でも、今日は楽しかった」
消え入りそうな、とても聞き取れないユウの小さい声。その声はマリアの耳にしっかりと届く。
もうどっちが本物のユウかわからない。以前の優しかったユウなのか、今のユウなのか。どっちも本物なのか、はたまたどちらとも虚像なのか。
マリアは全くわからなくなっていた。
そして混乱するマリアらを余所に、黒雷を纏ったユウが手に持った刀で女生徒を刺し殺していた。
足元に落ちた白い砂を眺めていると、数人の生徒達が近寄って来るのを感じた。
「お前がコルウスだったのかよ、ユウ」
「ねえ、私達の魔力返してよ」
一斉に集中するコルウスを非難する視線。そして雑言。
闇の眷属のせいでユウは完全に濡れ衣を着せられていた。今こうして正体を明かせば、魔力を奪われた生徒が糾弾してくるのは当たり前だ。
魔力が奪われて精製できなくなったとしても、魔力の蘇生魔術がある。だがそれなりのデメリットはある。まず鍛え上げられた魔力がリセットされる。例え魔力を失う以前がA組だったとしても、今ではD組並、あるいはそれ以下になる。今回魔力を失った生徒のだいたいはA組かB組の生徒である。魔力測定も一年に一回しか行わないため、クラスも変えられない。今の彼らがその教室で他の生徒達から後れをとるのは当然といえる。だから彼らは魔力を奪った者に容赦はしない。
「なあ、魔力返せよ、人殺し」
「人殺し」
「人殺し」
「人殺し!」
そして言葉と共に貼られていく人殺しのレッテル。やがて『人殺し』という単語がユウの周りで響いていく。
──これで良かったんだ、これで……。
どうせこの命はもうすぐ燃え果てる予定だ。ここまでユウの評価が下がれば、誰もユウの行く末など興味が無くなる。
ようやく、ひっそりと独りで死ねる。誰も悲しまない。
そしてこの大衆が一斉に魔術を解き放った。
ユウを捕縛するため、あるいは殺すための一斉集中放火。
「俺を殺せるのはあの女だけなんだよ」
ユウの中で眠る闇の魔力が覚醒し、辺りに発散する。その闇はユウに向けられた魔術を破壊し、ユウの姿を隠す靄にもなる。
この隙に、ユウはこの場から脱出した。
●
少々強引に逃走し、ユウの魔力は底を尽きかけていた。さすがにあの大群の魔術を打ち消すとなれば、かなりの魔力を消耗する。背中の翼は残り一枚。ここまで弱ってしまえば、こちらの魔力を補足しづらくなるのでむしろ都合が良い。
ただこうなってしまえばもう力を解放している意味はないだろう。〝堕天使〟の力を抑え込むと背中の翼は消え、目の奥の痛みが消えていく。
ユウが来ていたのは学園の裏口だった。わざわざ正面から出ていく必要はないだろう。むしろ誰かに見られる可能性だってある。ここなら人気が少ないし、こっそりと出ていける。
──でも、ちょっと疲れたかな……。
側に生えていた木にもたれかかる。ここで少しでも魔力を回復しておきたい。
何をする訳でもなく、ただボーッとしていると誰かが近づいてくる気配がした。まだ完全に魔力は回復していないが、この学園の生徒程度ならば、軽くあしらえる。
刀を抜き、構えてみればそこにはマリアが居た。まさか追ってこられていたのか。だとしたら、とんだ索敵能力だな、と思う。ちょっと違う気もするが。ただ単にユウの思考を読まれただけかもしれない。
「……お兄ちゃん」
「何だよ?」
「どうしたら戻ってきてくれるの? 私、何でもするから……だから──」
「もう戻らないよ」
マリアにとってみれば残酷すぎる一言であり、ユウにとってみれば覚悟を決めた一言。
マリアの目が潤んでいくのがわかる。
──泣かすのは……これで最後だ。
「俺はこういう道を行く事を選んだんだ……夕凪-yunagi-」
黒い魔刃がマリアの足元へと落ちる。恐怖からなのか、マリアが腰から力を抜かす。
『夕凪』の傷痕はまるで境界線のようだ。ユウとマリアを隔てる一筋の線。
「二度と会う事はない。だから、俺の事は忘れろ」
そしてユウはこの場から去る。
何度も何度も、心の中で謝り続けて。
●
ギルドにはユウにしか入れない部屋が存在する。その部屋には様々な医療魔具が取り揃えられ、そこで眠る少女の治療を続けている。
その部屋の中に入ろうとすると、入り口の所でレイヴンが突っ立っていた。否、ユウが丁度入ろうとするタイミングでレイヴンが部屋から出ていこうとしていたところだろう。
レイヴンは『最悪な結末』を回避するために未来から時間跳躍してきたユウ自身でもある。レイヴンがこの部屋の中に入れるのはユウ自身であるから当たり前だ。
ただ時間跳躍の魔術は術者の体力を削り、必然的に寿命までもが短くなっていく。
時間跳躍した先で『最悪な結末』を引き起こしては、何度もやり直そうと時間跳躍を繰り返してきたレイヴン。未来の『変装魔術』で完全にユウの面影を消してはいるが、その変装の下に弱った自分がいるなどとは、少々想像しがたい。
「良いところへきた」
「なんだよ?」
「彼女が目覚めた」
「……っ!」
ユウはレイヴンを押しどけて部屋の奥へと走っていく。
そこで眠っていた少女はしっかりと瞼を開けて上半身だけをベットから起こした状態で、繋がれていたコード類は全て取り剥がされていた。その顔はあの日のクリスマスと比べればやつれている。
「おはよ、ユッくん」
「……随分と遅いお目覚めだな」
ずっと待ち望んでいた瞬間だった。
あの日約束したはずなのに、ここまで来る途中たくさん悩んで迷った。それを踏み越えて今ここにいる。決して楽な道のりだった訳じゃない、たった今辛い選択をしてきた。そしてようやくこの少女と合間見えた。
気づけば背後にレイヴンが突っ立っていた。気配もなく居たので軽く驚く。文句がの一つでも言ってやろうとするも、その前にレイヴンが口を開いた。
「これで一つ目の『最悪な結末』が解消された」
前例通り、またしばらくの間更新を凍結します。




