12
ベッドの上で目が覚める。
妙な寝苦しさがある。最近はユナを檻に閉じ込めていたので、この感覚はしばらくぶりともいえる。
問題は布団の中で蠢いている正体はいったい何なのかだ。ユナは現在進行形で檻の中だ。
正体不明。少し気味が悪くなってきた。
そっと布団を捲って、蠢くものの正体を探る。
「は?」
素っ頓狂な声が漏れた。
なぜどうしてここにこの人が居る?
そもそもちゃんと戸締まりはしたはずだ。鍵はちゃんと閉めきっていたはずだ。無理矢理破壊しない限りは誰かに侵入はされないはずだ。
ドアの方を見る。どこも破壊されていないようだ。本当にどうやって入ってきたのか不明である。
「あ、そうか。これは夢なんだ。そうとわかればもう一度グッナイだぜぃ」
「ふぁあ……おはようユウ」
「夢じゃない!?」
きっとこんなのは夢幻だと思い込んでもう一度一眠りしようと目を閉じようとした矢先、ユウのベッドに潜り込んでいた人物が目を覚まして、あろうことか挨拶してきた。
「……どうしてここにいるんすか? セレン先輩」
「え? 来ちゃダメなのかい?」
「ダメ」
「来ちゃダメなのかにゃあ?」
「言い方変えてもダメなものはダメ! ていうかどうやって入ってきたの!?」
「開いてたにゃ」
セレンはそう言ってドアを指差した。だからちゃんと鍵を閉めたはずだ。
否、よくよく考えてみたらあのドアには不要な物が取り付けられていた。蝶番で繋がれた鉄板。その鉄板を開くと、猫一匹くらいが通れそうな穴が切り取られている。
そしてセレンは猫の亜人──猫の魔物でもある。という事は、ただの猫のような姿になるのも可能なはず。
セレンの方を振り向く。
「にゃー」
そこには翼の生えた一匹の猫がいた。
「そういうことかー……」
ゴルドーとの戦いが終わりギルドのアジトに帰還すると、セレン達亜人がギルドに加入したという一報を受けていた。 人間と魔物が共生し、手を取り合える未来を築くための第一歩としてだ。
亜人達が住んでいた森は焼失し、帰る場所を失った亜人達は一応ここの寮をタダで間借りしていたはずだ。さすがに一人一部屋は無理なので亜人同士で何部屋か分けてシェアしていたはずだ。
つまりここにセレンが寝ているのは変なのだ。
「じゃあ、ワタシ、ユウと部屋をシェアするにゃ」
「それはダメに決まってるでしょーが!」
「何でにゃ!? そこに閉じ込められてるユナだって亜人だにゃ! 亜人でありながらユナだけ優遇されすぎにゃ!」
「その言い分どこか変でしょ! それに使い魔なんだからしょうがないだろ!」
と二人でワーワーにゃーにゃー騒いでいると、ドアの向こう側から「ここからセレンの声がしたぞ」とイルの声が聞こえた。
そしてドアが粉砕した。ヌッと姿を現したのはあの森であった亜人達──イル、ナイン、ハピィだった。
それはともかく、今の状況は非常にマズイ。絶対にこの亜人達は誤解している。
ナインは「はわわわ」と言いながら顔を赤らめて体をくねらせてるし、イルとハピィなんかはもう般若の形相だ。
だって、どう見ても事後です。本当にありがとうございました。という風な感じなのだから。
「ちょっと待って、お願いしますイルさんハピィさん、チミ達は誤解してるよ。セレンとは何もなかったよ?」
「ユウの特徴、嘘つき」
とポツリと呟くハピィ。
「なるほど、嘘か」
と言うイル。
「さあユウ、我らの女王を傷物にした報いを受けてもらおうか。何か遺言はあるか?」
「俺の明日はどっちだ!?」
「知るか」
ユウの部屋で、魔術が盛大に暴発した。
ミヤは隣の部屋がどうも騒がしいので来てみれば、何やらユウが亜人とトラブルを起こしているようだった。
もう亜人に手を出したのか、さすがは魔術学園きっての節操なしである。
とりあえずユウに頼みたいことがあったのだが、今はどうも無理そうだ。
ミヤは手に持っていた『脅迫状』を握りしめて、その場を後にした。
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「酷い目に遭ったのだぜぃ」
通学途中でユウがそう呟いた。そのわりには無傷でケロッとしているユウをセレンは見つめていた。
本当に人間なのかと疑うほどの頑丈さでる。
酷い目に遭ったと言うが、イルもハピィも仲間を助けてくれたことに一役買っているのだから、それなりに感謝しているはずだ。
「あれれー、今亜人って発情期という訳のわからない症状にかかってるんすよね?」
「うん、そうだねぇ」
「セレン先輩も?」
「もちろんだよ」
「セレン先輩、お前もか」
「いやー、ホントユウの側にいると落ち着くよ」
「ダウト。落ち着くじゃなくて興奮するの間違いだよそれ。ユナみたいに」
「それもそうか。だからとりあえず今は手を繋いでいいかい?」
「……まあ、手を繋ぐだけなら」
セレンはユウの手を取り、自分の手へと繋ぐ。
その手は、強くしっかりと握っていた。




