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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第四章【魔物の王女様】
54/133

04

 今日は休日という事もあってユウは昼間まで眠っていた。正確には惰眠を貪っていたところに、急にライオン頭のジン・フォルテシモがユウの部屋に乗り込んで無理矢理起こされた。

 なんでも『ユウ』に依頼が舞い込んだらしく、ジンはその報告をしに来たというのだ。

「珍しいね、俺に依頼なんて」

「普段は『あっち』の方しかしてないからな」

 ギルドの本部に扉に手をかけて、思わずその手を止める。

「どうした?」

 怪訝にジンがユウを睨む。

 もしこの扉を開けてミヤの歌が耳に入れば、それはそれで面倒なことになる。歌魔術『ディーバ』とリンクしてしまうためだ。

 実は『ディーバ』の適合者は原則一人とまでされているが、すでにレイヴンとコルウスという二人の適合者がいるのだ。コルウスの正体を知らないミヤがもし『ディーバ』でユウとリンクしてしまったら、三人目の適合者だとかで騒ぎ立てられるし、下手したら正体を知られる。

 今までだってコルウスの正体を隠すために、特にミヤに対しては注意を払ってきた。だがレイヴン曰く、まだ彼女には正体を知られる訳にはいかないそうだ。まだ──という事はいずれ正体を明かす日が来るという事か。

「ミヤか? 中に居るぜ。コルウスと連絡つかないって騒いでたな」

 ユウは苦笑し、闇の魔力を耳に放出して栓を作る。これでミヤの(こえ)は聴こえないはずだ。

 中に入るとすぐに、宴会みたいな場の雰囲気に圧倒された。休日だというのに非番の連中は真っ昼間から酒を口に放り込み、もはや何かの打ち上げみたいである。

 酔っ払った中年のギルドメンバーに絡まれたが、適当にあしらう。

 とりあえず依頼主が居るという客間に向かう。

 客間に入ると、やけに豪華な衣装を纏った恰幅のいい中年男性がいた。だいたい四〇後半から五〇前半くらいで髭をたくわえている。宝石をあしらった指輪を嵌めて、葉巻を吸って客間をヤニの匂いで充満させていた。

「遅い、いつまで待たせるつもりだ」

 イライラが募った声がその中年男性から発せられた。

「すんませんねゴルドーさん。コイツたった今起きたところでして」

 ユウを指差しながらペコペコと頭を下げるジン。

 中年男性──ゴルドーはユウを睨むと、鼻で笑った。

「このガキが魔物退治の専門家だというのか?」

「もちろんっすよ。こう見えてもコイツ、このギルド内での戦闘力は断トツですから」

「こちらは高い金を払うのだ。達成してもらわねば困る」

 出された札束を見て思わずギョッとした。おそらく一〇〇万くらいは優に超えている。ギルドの依頼の褒賞金としては異例の額だ。

「前払いだ」

 これで失敗は許せなくなる。変な重圧がユウにのしかかる。

「では頼んだ。依頼の内容はさっき話した通りだ。ではな」

 ゴルドーは葉巻を灰皿に擦りつけて火を消してそのまま置くと、ユウを押し退けてさっさと出ていった。

「何なんあのオッサン」

「ユウ、お前は礼儀を身につけろ」

「だが断る」

「断るなよ」

「で、仕事の依頼って何なのさ? 魔物退治だってのは何となくわかったんだけど……」

「とある魔物を、さっきのゴルドーさんに届けるのが今回の依頼だぜ」

 ジンはこのギルドのマスターであるレイヴンの側近であり、実質ギルドのナンバー2でもある。まだユウと同世代だというのに、こんな重役を任されているのだから本当に良くできた部下だ。

 ジンの役割は、依頼された仕事を各ギルドのメンバーの特性や特技を見極めて仕事を割り振る事である。それなのに表の仕事でも裏の仕事でも彼が仕事をこなすことがあるのに関わらず、夜は『特別クラス』に通ってはユウの戦闘訓練に付き合う──体をいつ休めているのか全くわからない。

 魔物絡みの事だったら、戦闘力だけならギルド随一を誇る魔物退治が得意なユウだからこそできる仕事でもある。

 そして今回の依頼はとある魔物を討伐し、確保して依頼人であるゴルドーに送り届ける事だ。

 わからないのはただ退治するだけではなく、その魔物を手中に収めようとするゴルドーの胸中だ。

 ──いったい何の目的が……?

「おいユウ」

「ん?」

「ゴルドーさんが何考えてるのか気になってるだろ?」

「まあね」

 はあ、ジンは嘆息してペシンとユウの頭を叩く。

「依頼人に干渉するな。俺達ギルドってのはな、依頼人にとっては道具でしかねえんだからよ」

 それがプロってもんだろ、付け加える。

 依頼人の目的がどうであれ干渉することは禁じられている。余計なトラブルを作らないためだ。

 例えば要人の護衛。例え今日が護衛だったとしても、明日にはその人の暗殺の依頼が舞い込んでくる事もある。変に情が移り、暗殺に支障をきたしては仕事にはならない。

「で、その依頼って俺一人でやんの?」

「魔物との戦闘になった場合、一人の方がいいだろ? もしものためにもな」

 もしもを強調してジンは言った。

 他の者と一緒にいては、武人の姿に化ける事はできなくなる。もし緊急事態が発生したら、武人の姿で事の解決にあたらなくてはなくなる事だって少々あるのだ。

「でも一人で突っ走ってもらうのはお前の場合は特に困るから、連絡係をつけさせてもらうぜ」

 客間を出て、宴会ムードと化した本部に戻る。ユウの耳にガヤガヤとした声が入り込んでくる。魔力の栓は依然として嵌められたままだ。

「ちょっとジンー」

 急に話しかけてきたのは『Shout』の一人であるミヤだった。片手にはケータイを握りしめている。

 ここに入る前にジンが言っていた。コルウスと連絡がとれないと。たぶんきっとコルウスの事で話があるに違いない。

 話しかけられたのはジンの方なので、ユウはただ傍観者として見守ろうと決め込む。

「コルウスと全く連絡つかないんだけど、どうしてか知らない?」

 思った通りだった。

「俺は知らねえぞ。今日アイツに仕事はねえはずだし」

 あくまでコルウスとしての仕事は今きていない。

「俺は知らないが、コイツなら何か知ってるんじゃないか? コルウスと一番仲良いからな」

 ──おいジン、俺に話を振るな。

 コルウスの正体を知らない者には、コルウスはユウと一番仲が良いという設定が植えつけられている。

 しかしよりにもよって何でこのタイミングで話を振るのか理解できない。一応まだコルウスの正体は秘密にしなくてはならないから、余計な情報を与えたくはない。

 ジンはバカなんだろうか?

 バカなんだろうな。

「もちろんコルウスの居場所なら知ってるぜぃ」

「え!? どこ!?」

「さっきまで俺の隣で寝てたぜぃ。いや~、昨晩はお楽しみだったのだぜぃ」

「ふざけんな!」

 ミヤから鼻頭に強烈な一発をくらった。鼻血がボタボタと垂れてきた。

 そしてジンは腹を抱えて「ホモォ……、ホモォ……」と呟きながら爆笑していた。とりあえず後で一発ぶん殴っておく。

「そんな嘘はいいから、さっさとコルウスの居場所を白状しなさい!」

「わかったよ。コルウスはな、ずっとキミの心の中にいるよ」

「ドヤ顔でなに言ってんだよ。捉え方によればコルウスが死んだみたいに聞こえるから縁起でもねえこと言うな!」

「ゴボァ!」

 今度は腹部に強烈な一撃をくらった。何も食べてなくて良かった。もし何か食べていたら、きっと今の一撃で全部吐き出されていただろう。

 とにかく抱腹絶倒しかけているジンには、ジンを盾にして『天誅』をお見舞いしてやる事にする。

「結局アンタもコルウスの居場所知らないんだね」

 そう言ったミヤはケータイを弄りだして、再びコルウスと連絡がとれないか試みる。今頃ユウの自室でマナーモードに設定したケータイがブルブルと震えだしている頃だろう。

「で、お前の仕事の相方の件だが……」

「なあなあジン」

「ん?」

()にさらせー」

「は? いや、ちょっと待て、『絶破』をマジで洒落にならないって!」

 しばらくの間『絶破』を纏ったユウにジンが追いかけ回され、外に二人が飛び出してしばらくして黒い稲妻が目撃されたそうだ。



 ようやく落ち着きを取り戻したユウとジンは、今回の仕事の相方探しに戻る。

 しかし今日ヒマな非番のメンバーに限って、どんちゃん騒ぎに加えて酒を飲んで仕事ができる状態じゃない。

「いっその事リーサにするか」

「誰だそれ?」

「覚えとけよ!」

 どこかで聞いた事はあるが、どんな奴だったか思い出してみる。

 確かいつぞやの運動会の種目で戦った魔人の女生徒だ。今思い出した。顔ははっきりと覚えている。あのとき顔はしっかり覚えたはずなのに、名前までは覚えてなかったようだ。

 というか前・生徒会長で、現・生徒副会長でる彼女を素で忘れてた事は猛省するべきなのだろうか。

「リーサならコルウスの正体知ってるし今日は非番だから、もしものためにも応援を寄越せるから俺的にはオススメなんだが」「謹んでお断りします」

 彼女が魔人という事もあるが、あの人はものすごく苦手だ。

「そうか。じゃあ……、今日はオフだって言ってた『Shout』の中からだな」

 とはいっても、さすがにミヤは選ばないだろう。不注意で急に『ディーバ』でリンクしたらダメだ。コルウスの正体を知られるリスクはできるだけ避けるべきだ。

 となるとあとの二人のうちのどっちかになるのだが……。

 そして今ルーシャと目が合った。

「たった今、お前の相方が決定したぞ」

「だろうね」

 ジンがユウの首根っこを掴んでルーシャの元に走っていく。正直苦しい。

 ルーシャの元に辿り着くと、彼女はくりっとした目を見開きキョトンとして交互にジンとユウを見る。「えっと……、どうしたのかな? それにどうしてジンくんは真っ黒焦げなの?」

「雷がジンに直撃したからだぜぃ」

「盾にした張本人が何を言う」

「それは災難だったね」

 そんな事より本題を切り出す方が先決だろう。

「ルーシャに頼みたい事があるんだ。ユウのサポートをしてほしい」

 とりあえず依頼の内容を説明する。ルーシャがやる事は、ユウが勝手な事をしないように指示を送る事だ。ほとんどはミヤがコルウスと無線機で連絡をとり合うのと同じようなものだ。

 ルーシャは快く了承し、ジンの手から無線機を渡された。

「無線機なんて初めて使うよ。いっつもミヤちゃんが使ってたから。そういえば何で私なのかな? こーゆーの、ミヤちゃんの方が慣れてると思うんだけど」

「ミヤには頼めない理由があるのさ。だから頼むよ」

「……? うん、わかったよ」

 ユウの言葉に若干の疑問を抱きつつもルーシャは頷いた。

 そういえば目的となる魔物がどんな奴なのかまだ訊いていない。

 その旨をジンに訊ねると、「忘れてた」と呟いて一枚の写真を取り出した。それに写っている魔物を見る。

「あ」

 思わず声が漏れた。

 その魔物は以前部活で追っていた人面鳥だったからだ。

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