03
ちょいと短めです。
ユウを睨むリリス。完全に目が据わっていた 。 そしてゆっくりとユウの元に近づいていく。
ユウは瞬間的に、本能的に思った。あ、また地獄を見るんだなー、と。
今のリリスの雰囲気が、今朝のリリアと酷似していたためだ。
「あー、えーと……少し落ち着こうか」
「……大丈夫。……私は落ち着いてるよ?」
「お、おう」
じりじりと近寄ってくるリリス。ユウが思い描いていた反応と全く違うものだから、シュミレーションと全く違う。
ただならぬ雰囲気で近寄るリリスに対して、ユウはずっと後退っていると背中に固い感触が伝わった。どうやら部屋のコーナーに行き着いてしまったらしい。
逃げ場が無くなった。ヤバイ。
首を持ち上げて懇願するように他の皆に助けを求めるようにアイコンタクトを送るが、皆が同様に目を逸らす。 この人達は事情を知っているのだろう。つまりは『地獄を見てこい』と語っているかのようだ。
もしくはユウとリリスの関係に首を突っ込んで、とばっちりを食らいたくないだけだろう。
「……ねえ兄さん、どうして家出なんてしたの? 」
「それはだね、俺がキミ達の兄でいられなくなったからだよ」
「……何それ、意味わからない」
「わかった。正直に言おう。ちょっとそこに座りなさい」
「……?」
リリスはその場で正座した。それに倣ってユウも正座した。それを見計らってリリスが少し前進してきた。膝同士がくっついてしまそうな距離だ。
「すごく、近いです」
「……問題ない」
お互いの吐息がかかる。ちょっとこそばゆい。
「とうさん、何か言ってた?」
リリスはふるふると首を横に振る。カイトは何も言っていないようだ。という事はユウが記憶を取り戻した事をリリス達は知らない。
「思い出したんだよ、お前との過去の事」
「……うん」
リリスはさほど驚いたような顔をしなかった。感情を表に出すような奴ではないが、内心では驚きの色に染まっているのかもしれない。
または薄々感づいていたのだろう。ユウはリリスが大魔術を使おうとしたとき、『その魔術は使うな』と言ってしまった。つまりユウは大魔術を知っている事になり、大魔術はリリスとの記憶に直結しているので、記憶を失っていたユウには大魔術の情報は皆無だ。記憶を取り戻さなければ、ユウが大魔術を知っているなどありえない。リリスならこの事を理解しているかもしれない。
「でもさ、全部思い出したところで俺はお前達に対して謝る言葉が見つからなかった。もし謝って赦してもらったとしても、それだと今度は俺が自分を赦せなくなる」
「……兄さん」
「?」
「……いつでも、帰ってきていいからね?」
「考えとく」
口ではそうと言っても、あの家に帰るつもりは全くない。
口からでまかせ、要は嘘。
帰ってくる気が無いとリリスが把握した時点で、ユウのその言葉は嘘となる。
嘘でまた大事な人をキズつけようとしている。
所詮ユウは逃げるために、取り繕うためだけに嘘をつく。
それで誰も幸せにはなれないのに──自分勝手の都合で、自分勝手の我儘で、結局は事実を隠す。
そんな自分が──大嫌いだ。
●
「人面鳥?」
今回の目的の魔物はその人面鳥らしい。
人面鳥とはいっても、体が鳥で顔だけが人間という訳ではなく、体自体は人間の女性のようで腕は翼、足が鳥の鉤爪になっている。
何でもその人面鳥が食料目当てに街の倉庫に入り込み片っ端から食べ物を貪り尽くしているらしく、迷惑だから退治してくれとの事。もちろん褒賞金も出る。
ユウが所属している部活は、正式な部でありながら学校側から部費を貰えていない。危険だから即刻解散しろ、というのが学校側の意思なのだろう。
だからこうやって来る依頼の褒賞金で部を賄っている。とはいっても、その金の使い道はほとんど傷薬の購入に充てられる。
「……兄さんが休んでた間にも追ってたんだけど、すぐ逃げられて……」
どうやらその人面鳥はそうとう厄介らしい。
魔物でありながら人の形を成しており、更には魔術まで使えるというのだ。使用魔術は風属性で、逃げられたら誰も追う事はできない。
「でも、これでようやく捕まえられるよ。ユウ、キミがいるからねぇ」
セレンがユウを見つめながら言った。
その魔物と同じ風の魔術師であるセレンだが、彼女は後方による高火力の魔術を放つただの砲台と同じなのだ。ユウみたいに前線で戦うための訓練はあまりしていないため、『強化』による肉体強化でも人面鳥より速さが劣ってしまう。
しかしユウには速さで風に勝る光がある。スピードに特化した光属性なら、逃げる魔物を捕らえるのは容易だろう。
「それじゃ、私とアイリ先輩が人面鳥を誘き寄せるです」
「ユウ、頼んだぞ」
「あいあーい」
ユウは適当な返事をして、その場で屈伸運動を始めた。
実はまだ本調子ではないが、何とかなるだろう。
人面鳥の捕獲のために、ダミーの食料庫にアイリとカガリが次々に食べ物を運んでいく。誘き寄せるとはこういう事だったのか、と今更ながらにユウは納得する。
運び終える事数分後、魔物はすぐに現れた。
姿形は聞いていた通りだ。聞いていたときはそんな魔物が本当にいるのか半信半疑であったが、人間と魔物を足して二で割ったような本当にいたとは素直に驚く。
「ユウ」
「どったのセレン先輩?」
「なるべく殺さずに捕らえてほしいんだ」
セレンの申し出に一瞬だけ首を傾げるが、すぐに了解と返す。
なぜかは訊ねないようにする。それにセレンが『何も訊くな』と訴えているようにも見えるからだ。
背中に魔力を集束させ、翼を展開する。黒い翼からふわりと一枚の羽が舞って、着地すると儚く砕け散った。
翼がはためき、飛翔する。
拳には『強化』を施す。
殺さずに仕留めるならこれだけで充分だ。
ユウは飛びかかるように、人面鳥の腹部めがけ黒い魔力が纏った拳を突き出した。
しかしこちらの存在を認めた人面鳥が両腕の翼をはためかせて突風を作り出す。
それは緑色の可視化された風──すなわち魔術。
突風は刃物のようになり、それはまっすぐユウに飛来してきた。
風の下級魔術『風の刃閃-sagitta-』だ。
ユウは素早く腰に差してある『無銘』を引き抜く。
鞘から抜けないその刀を降り下ろし、突風の矢を掻き消した。
「お前……は……」
人面鳥から綺麗なソプラノボイスが発せられた。
青い前髪で隠された水色の瞳が、ユウを睨みつける。
「……人違い……かな?」
「何なんだよ?」
「あなたは……ワタシ達が捜してるニンゲン……?」
「意味がわからない。そもそも、アンタが捜してる人間を俺が知ってる訳ないっしょ」
そっか……、と人面鳥が呟く。
予想していたのよりは気性は穏やかだし、話が通じるみたいだ。もしかしたら交渉次第では事態を丸く治められそうだ。
「それでさ、アンタはどうしてこんな所で人の食料盗んでるのさ?」
「お腹空いてた……」
ここなら簡単に食べ物を盗んでありつけるため、それに味を占めて、同様の行為をすぐに繰り返した。
「とりあえずさ、もう人の食べ物を盗っちゃダメだ。俺と一緒に来てほしい」
ユウは手を差し伸べる。
人面鳥が一瞬だけ体をビクリと震わせた。それから髪から覗かせる瞳で、威嚇するように鋭く睨みつけた。
「アナタも他のニンゲンと同じ……」
そのソプラノボイスには畏怖と警戒、どちらも孕んでいた。
驚くべき早さで魔術を構築し始める。
「やっぱり……ニンゲンは敵だ……!」
「ちょっ……、急にどした? どこにキレるポイントが……!?」
「荒れ狂う暴徒の進行-typhon-」
風の凶刃がユウを襲った。
魔力でシールドを作り出して凶刃の攻撃を阻む。
説得を試みようとすると、うるさいという一言だけで一蹴されて『風の戦槌-malleus-』を叩き込まれた。
空中でバランスを失ったユウは地面に墜落する。
派手に砂煙が舞い上がる。
少し身体中がズキリと痛むが、別に大した怪我は無さそうだ。
「おい、大丈夫か?」
心配そうな声を上げてアイリが駆け寄る。
リリスもすぐに寄ってきて回復魔術をかけてくる。
「話は通じるから話し合いで何とかできるかと思ったんだけど……そう簡単にはいかないか……」
「あの魔物、逃げていくぞ」
そんな事アイリに言われるまでもない。
消失しかけていた翼を再び形成し、大空を舞うためにその翼を──、
《因……植え付け……子よ》
「ッ!?」
頭の中にノイズ混じりに響く謎の声。
聞いた事がある男性の声。ユウはこの声の正体を知っていた。だが『奴』は……。
《我の……集……》
ユウの中の魔力が掻き乱される。形作っていた魔力の翼が崩れていく。
段々と体が動かなくなってくる。
そして翼は無惨にも飛び散っていく。翼をもげられ、魔力を操れなくなる。
誰かがユウの中に侵食している──そんな気がした。
●
ユウが戦闘不能になったため、あの人面鳥からはみすみす逃げられてしまった。
まだ本調子でないのもあるが、それよりもなぜ『奴』の声が聞こえたのかが不可解だった。
『奴』は──闇の眷属は封印されたはずだ。それは父親や母親や義父や義母の記憶が証明しているのだ。
考えられる理由は一つ。誰かが封印を解いた。
いったい誰が?
何の目的で?
声はもう聞こえない。だが闇の眷属が再び動きだしている。これはどうしても見逃せない真実だ。
相変わらず私は文章を書くのが下手ですね。
それと、誤字脱字あったら報告お願いします。見逃すことが多々あるので。前の話も修正しましたが、見つかったので三個ありました。お恥ずかしい限りです。




