02
前回のアンケート(笑)に答えてくれた人には最大限の感謝を。ただ私がニヤニヤするためにやったのに……。
今目の前にいるのは、般若のような顔をしたリリアだった。
彼女は激怒している。何でかと問われると、ユウも知ったこっちゃない。
理由がもしかしたら家出にあるのかもしれないが、それがなぜリリアを憤慨させた起因になるのかがわからない。
だってリリアは、ユウを嫌っているはずだから。
とにかくここは逃げなければならない。
──逃げなきゃ、俺の身が危ない。
明日、朝日を拝むためにも。
今ある全ての魔力を集束させるが、ユナがユウの魔力を破壊したせいで『魔魂』を発動させるのには至らなかった。
自分で魔力を消費して失った場合と他人から魔力を破壊されてしまった場合とでは、魔力の回復速度がまるで違うのだ。
ユウがリリアの横をすり抜けるように走るが、いつの間にか首の後ろを掴まれていた。
グエッと、喉の奥から変な声が出た。
そうだ、リリアはすでに『強化』を施したユウのスピードを捕捉する事ができる。
だが捕捉できるのと捕獲できるのは違う。捕獲するには、捕獲する対象とスピードが同じかそれ以上でなければならない。
リリアの足には赤い魔力が付与されてる──という事はリリアも『強化』でユウを追ったという事。そしてユウは今リリアに捕獲された。
すなわち──。
「いやー、まさか『強化』ありの鬼ごっこで負けるとは思わなかったのでござるよ」
「うるせえよ」
「さっきからその一言ばっかですね。チミの頭の中にある語彙集は『うるせえよ』の一つなんですか?」
「黙れ」
「おぅふ、まだあったよ」
リリアの後ろの襟を掴む力が強くなってきた。からかうのも大概にした方が良さそうだ。
「ていうかさ、お前さっき上級魔術使ったろ? 後で腕輪嵌められてもしらないぜぃ?」
「ん」
「おや? どれどれ……」
ユウの目の前に持ってくるように出されたのは──『魔術使用の許可証』だった。
──これは陰謀だ。
誰かがユウを陥れるために仕組んだ。そうに違いない。
「つまりどんなに魔術を使おうが、お咎め無しだ。覚悟しろよ、糞ゴミ虫」
「ははっ、こやつめ」
このままでは本当に消し炭になりかねないので、ユウは打開する一手を撃ち込んだ。
ユウとリリアの間に魔力でシールドを作ると、リリアに押し込むようにして突きつけた。
すぐにリリアの手が離れるが、瞬く間にシールドがリリアの右手の拳によって破壊された。
そして逆の手には炎槍が握られており、投擲してきた。
ユウは咄嗟に刀を鞘ごと引き抜き、反射的に降り落として炎槍を掻き消す。
だから失念していた。この『炎の豪雨-lancea-』はどういう攻撃かを。
『火属性』の中級魔術で、無数の炎の槍を降らせる魔術だ。その槍の数は術者にもよるが調整する事ができる。そしてその槍はただの刺突攻撃を繰り出すだけではない。 爆撃を生むのだ。
ユウはただ掻き消そうとしただけで、打ち消そうとした訳ではない。
つまり──。
「しまっ──」
ユウの声が、爆音に呑み込まれた。
「我が呼び掛け応じろ 我と共に戦う勇敢なる戦友よ ──現れ出よ リン!」
リリアの肩に、ちょこんと猫妖精が乗った。『稀有属性』の光と闇の魔力を持つケットシー──リリアの使い魔だ。
「主様──またあの殿方とケンカですか?」
「早速で悪いが、貰うぞ」
「御意」
リリアだけが持つ『魔力譲受』。任意で他人から魔力を貰い受ける事ができるが、使えば魔力は当然消耗する。
こうしてリンから光の魔力を貰ったのは、丁度切れているのもあるが──あの糞ゴミ虫がこの程度で終わるはずがないからだ。
爆炎の中から突っ切るようにして真上から何かが飛び出した。
普通ならその何かを捕捉する事はできない速さだろう。
だが今のリリアにはわかる。
リンを戻すと、足に光を魔力を集束させて炎から飛び出した何かを追うためにリリアは跳んだ。
爆炎から飛び出したユウは屋上まで跳んでいた。
さすがに炎に隠れながらなら跳べば、リリアも追ってはこられないだろう。
いやー良かった良かった、と安堵したら噎せた。そうしたら黒い煙が出て少しビビった。
ユウはその場で寝転がる。ほとぼりが冷めるまでここで休んでいよう。
見上げた青い空に一つの点があった。その点が徐々に大きくなり、人の形を作っていく。
──あらま、今回はしつこいのね。
心の中では余裕そうに呟いてみるものの、かなり焦っていた。
翻ったスカートの中身が見えて役得とか考えている隙は無い。
なぜならその影の正体は──足に光の魔力を集束させ、『魔魂』を発動させたリリアなのだから。
リリアの踵がユウの目の前まで迫る。
転がるようにして躱すと、先程までユウの頭があった場所は凹み、亀裂が入っていた。
躱していなかったらの事を考えると、戦慄が駆け巡る。
「ちょぉ……っ、おまっ……っ、制裁を加えるってレベルじゃねーぞ!」
あの『魔術使用の許可証』は本来校則違反を犯した生徒に対して正当な制裁を加えるために発行するものであって、特に問題行動を起こしていないのに個人的な理由で暴行を与えるものではない。
「実際殺すつもりだったし、別にいいだろ。ってか、お前はこの程度じゃくたばんねえよ」
「鬼だ! 人の皮を被った悪鬼がここにおる!」
むしろ彼女こそが本物の死神だ。
「次は避けんなよ」
「ちょっとタンマ」
とりあえずユウは許可証を発行した奴に電話をかけた。相手はすぐに出た。
「メル! これはどういう事だ! 三行で説明して!」
『え? 三行? えーと……、リリアが私の元に来た。許可証を発行しろと頼まれた。承諾した』
「何で!?」
『うーんと、最終的な判断を下したのは学園長先生よ。おもしろそうだからって』
「あのクソジジィか! 人様の迷惑を──」
肩をゆびでつつかれたような感覚がした。
まだ通話中だったが、恐る恐る振り返った。すると、満面の笑みを浮かべたリリアがすぐ側まで迫っていた。
思わず見とれてしまいそうなその笑顔の裏には、果たしてどんな黒い感情が渦巻いているのやら。
「遺言はあるか?」
「えっと……、意外と縞パンなんですね、興奮しました」
その後、屋上から放物線を描いて、一人の男子生徒が落下したという目撃証言が広まった。
●
ユウは保健室で治療を受けた後、二年D組の教室へ向かっていた。確実に授業には遅れてしまうが、事が事だったので見逃してもらえるはずだ。
それにしてもリリアが怒っていた理由がまるで見つからない。リリアの本心を知ればわかるかもしれないが、それを知る機会など永遠に無いに等しい。
結局殴られた理由は迷宮入りだ。
リリアも最後は加減してくれたようなので、大した怪我にはなっていないので助かった。
それにしてもリリアが『魔魂』を発動したのには驚いた。
ユウと今は亡き父親のシドが使える『強化』の進化版の技法だ。まさかリリアも使えるようになっていたとは──素直に称賛に値する。
彼女はきっちりと努力を怠らなかった。『魔魂』はその賜物だろう。
教室に着いたユウは授業を行っていた教師に事情を説明してから自分の席に着く。
ボーッとしていたら、いつの間にか授業が終わっていてアイリが話しかけてきた。
以前のから銀色の髪を伸ばし始め、今では肩の辺りまで伸びていた。
中性的な美貌を持ち、スカートからスラリと伸びた脚は白くて綺麗だ。これが美脚というものだろう。
「ユウ、お前家出したんだってな」
帝都の一件から彼女はよくユウに朝ごはんを届けるためにあの家に来ていたのだが、今日も訪ねたときにユウが家出したと聞いたのだろう。
「妹達のせいか? とうとう耐えきれずに勢いで家出しちまった……とか?」
「別にアイツらのせいじゃないよ。アイツらのせいだったらとっくに家出してるし、そもそもアイツらのせいで家出したら、アイツらに罪悪感みたいなもの背負わせちゃうだろ? それは嫌だ」
「……そうか。でも傍から見てたらお前ら兄妹って仲良いように見えるよ」
「まっさか~」
「少なくとも、仲悪いようには見えないし……、いや、でもリリアは……う~ん……」
「ま、俺らの仲なんかどうでもいいよ。俺が家出したのは、全部俺のせいだったって事だしさ」
「は?」
あのとき死にそうになったときだって、ユウが迅速にカイト達を呼んでくればリリス達が大魔術を使う事なんてなかったかもしれない。
あのときのユウは本当にバカだった。ろくに力なんて無いくせに、兄だからと理由で守ろうとした。
もし時間を遡れるのなら、あの頃に戻って全てをやり直したい。
あのとき自分の力量を計れていたら、あそこであの魔物女を倒そうとは思わなかったはずだ。
もしやり直せたら、妹達の関係はどうなっていたのだろう。
微妙に想像つかない。だからユウは考えるのを放棄した。
それに仲がどうなっていようが、家出は避けられない。
「あ、ユウ」
声がした方へ振り返ると、金髪ツインテールの幼女──ただしユウと同じ歳──の幼なじみであるメルがいた。
後ろにはメルと同じくらい小柄の女の子が隠れていた。ぶっちゃけ隠れきれていない。
藤色の長い髪はストレートに伸ばし、うるうると涙目になっているその瞳の色は鳶色だ。
何となくメル以上に小動物に近い女の子だ、というのがユウの率直な感想だった。
「ユウ……意外と大丈夫そうね。リリアからボコボコにされたらしいけど……」
「メル、頼むからお願いだ。もう二度とあのビッチに許可証を発行するな」
「り、リリアは……ビッチじゃないよぅ……」
意外にも、ユウの言葉に返したのメルの後ろに隠れていた小動物みたいな少女だった。
「ところで、さっきから気になっていたんだけど、その娘誰?」
「ひゃぅ」
更に身を屈めてメルの後に隠れてしまった。
「なあなあアイリ、俺あの娘に嫌われるような事何かしたかな?」
「セクハラしたんじゃね?」
「はっはっは、さすがに見ず知らずのお嬢さんに変態行為はせんよ、私は紳士だから」
こうやってふざけていても、あの娘が何者なのかわかる訳がないのでメルにさっさと訊いてしまう。
彼女の名はセシルという。ユウがしばらく休んでいた間に編入したらしく、クラスはA組、種族は隠れ魔人。マリアと同じだ。
「俺っちはユウさんですよ、よろ~」
とフレンドリーに握手を求めようとしたが、見事に無視されて地味に凹んだ。
メルはセシルにまだ学園を案内しきれていないらしく、すぐに案内に戻っていった。確かにこの学園はバカみたいに広いから、たった数日で全てを案内するのは無理だろう。
「ユウ、間違ってもあのセシルって娘と仲良くなろうなんて考えるなよ」
「え? 何で?」
「さすがにもうライバルは……ね」
「ん?」
●
「体はもう大丈夫なのか? まだキツいんだったら今日も部活休んでも良いんだぞ?」
確かにユウ自身完璧に回復したという訳ではないが、アイリが言うほどそこまでキツくはない。むしろそろそろ鍛えておかないと体が鈍ってしまう。
という訳でユウは久しぶりに魔物討伐部の部室に入った。
部室にはすでに茶髪で猫目のスレンダーな体型をした先輩であるセレンが居た。
「おやぁ、ユウじゃないか。学園で会うのは久しぶりだねぇ」
セレンがそう言うや否や、いきなり抱きついてきた。
急なセレンの行動にユウはおろか、近くにいたアイリまでもが驚きの色を隠せなかった。
首筋がセレンの鼻息で撫でれてちょっとくすぐったい。
「ちょっ、セレン先輩急に何やってんですかー!」
すぐにアイリがユウからセレンを引き剥がした。
セレンはボケッとした顔をした後、すぐに顔が真っ赤になってユウに謝ってきた。
「いや、何ともないっすよ、ははは~」
あまりにも予想外なことだったので、ユウはしばらくその場で固まっていた。
アイリは少し頬を膨らませて怒っており、セレンは「ここまで厄介なものだったとはねぇ」と誰からも聞こえないように呟いていた。
そして、一年生部員が入ってきた。
「あ、先輩! 今日から復帰ですか?」
魔王家系の証である深紅の髪と瞳の美少女で、現在魔王就任が決まっているカガリ。
それに──、
「…………」
ピンク色のショートカットの髪、羊のような二本の角が頭から生やし、ブルーの瞳でまっすぐユウを睨みつける可愛らしい少女。
その娘は一番今会うのが気まずい女の子だ。
「や、やあリリス。ごきげんよう」
「……あ、兄さん……」
リリスの口許が、不気味に三日月型のように歪んだ。




