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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第三章【救済──その代償は?】
39/133

05

ちょっと魔が差してしまいました。

「ユウが倒れた」

 白い髪をポニーテールに結った美人の顧問の先生──サラからそう告げられた。

 ユウと同じクラスであるアイリは今日ユウは体調不良で休みと聞いていたが、今部活の時間になって担任でもあるサラからそんなことを聞かされたらいてもたってもいられなくなった。それにユウは運動会より以前にも熱を出して倒れている。

 中等部からの付き合いになるが、彼がこんな早い周期でまた倒れたのは初めての事だ。心配でならない。

「で、リリス、アイツの具合は今どうなんだ?」

「……、……正直に言ってかなり危険な状態です」

 ──危険?

 アイリにはユウがなぜ倒れたのかその原因が知らされていない。

 それに最近ユウの様子がおかしいと思うときがある。運動会の日に一緒に昼食をとっていたとき、彼はどこか達観した様子で思い出作りのために頑張ると言っていた。あのとき実は、ユウがもうすぐ居なくなってしまうのではないかと不安になった。

 ──……ユウの奴、俺らに何か大切な事隠してるのかな?

「なあリリス」

「……? 何ですかアイリ先輩」

「俺に何か手伝えることないか? ユウが心配なんだ」

「だったら私だって先輩のお見舞いに行きますよ」

「なら私も行こうかねぇ」

 次々と部活の仲間がユウのお見舞いに行くと名乗り出る。

 アイリがふとサラの方を見ると、「ククク」と不気味に口角の端を吊り上げて笑ってるのが見えた。

「そういえば──」

 若干の含み笑いを交えてサラが口を開く。そして次の言葉がアイリ達に衝撃を与えた。

「昔話にこういうのがあったな。眠り続ける王子様をお姫様のキスで目覚めさせる話が」



      ●



「先輩を目覚めさせるのは私の役目だと思う訳ですよ」

「いや待て、それはおかしいだろ」

 ユウの家のユウの自室である屋根裏部屋へと集まった女子達。部屋に着くなりカガリが開口一番にとんでもない事を言い出し、それに対してすかさずアイリがツッコんでいた。

 ──それにしても、女が多いじゃねえか。

 今のこの状態を見て、側にいたリリアは思わず嘆息した。

 今この部屋にいるのは異常な魔力の熱暴走で倒れたユウ、帝都の姫であるアイリ、魔王・ホムラの一人娘のカガリ、部活の先輩らしいセレン、リリアの妹であるリリスとマリア、ユウが危険な状態だと聞いて飛んできたメル、ユウの使い魔である雌の黒竜・ユナ、そしてリリアの九人だ。あまり広くない屋根裏部屋で九人はまだ余裕はあるが少し窮屈だ。それにユウ以外全員が女性的なので甘ったるい香りが部屋に充満しているような気がする。

「あの、キスってどういう事ですか?」

「昔話にあるお姫様が王子様を目覚めさせるアレさね」

 マリアが首を傾げて訊ねると、セレンがそれに答えた。聞き終えたマリアの目が一瞬輝いたのは気のせいでは……ないようだ。

 何を思ったのかマリアが素早い動きで眠るユウに跨がり、唇をユウに突き出していた。

「ちょ……、止めなさいって!」

 そこでメルがマリアを羽交い締めにしてユウから引き剥がす。この二人の身長はあまり変わらないように見える。いや、若干マリアの方が大きいか。

「メルさん! 私とお兄ちゃんの邪魔をするつもりですか!?」

「邪魔も何もあなた達兄妹でしょ? 兄妹同士でき、キスなんて……不潔よ!」

 揉め合うマリアとメル。この二人は相変わらず仲が悪い。

「ていうか、それってただの童話だろ? 現実でそんな事起こるわけが……」

「……姉さん、知らないの?」

 リリスが残念そうな人を見る目でリリアを見つめてくる。何か間違ったことを言ってしまったのだろうか?

 リリスからそんな風に見られるとキズついてしまうのだが。

「……あの童話って実際にあった事を元に物語にして作ったんだよ」

「え? そうなのか?」

 それは初めて聞いた。確かあの童話をかいつまんでいえば、悪い魔女から呪術を受けた王子は一生目が覚める事ができなくなってしまった。王子が眠りに就いてから数日後、許嫁である他国のお姫様がキスをしたことにより、一生開くことのない瞼が開いてそのままハッピーエンドへと向かったヤツだったと記憶している。

「だから本物の姫である俺がユウにキスを──」

「アイリ先輩それはズルいです! それに身も蓋もない事言ってしまえば先輩は王子様ではないのです!」

「俺にとってユウは王子様と同じだ!」

 帝都の姫君とあろうお方がとんでもない事を口走っているが聞かなかった事にしよう。

 それにしてもユウが王子とは──想像しただけでリリアは笑いが込み上げてきた。

「アイリさん、やっぱりあなたは泥棒猫だった。泥棒姫の称号を与えますよ」

「アイリちゃん、今の発言は聞き捨てならないわね」

 アイリとカガリの戦線にマリアとメルが加わってきた。その様子を見て、セレンが「ユウはモテモテだねぇ」と呑気な声を漏らしていた。

「あの、止めなくていいんですか?」

「別にいいんじゃないのかな? きっと顧問のサラ先生だって、こうなるのわかってあの昔話を持ちかけたんだろうしねぇ。今頃、この状況を想像してゲタゲタ笑い転げてるさね」

 リリアが今にもケンカが──場所が場所なので魔術によるガチバトルは起こらないだろう──始まりそうなので、先輩であるセレンに訊いてみたのだが、全く止める気はないようだ。

 ふとリリスの方を見てみると、何やら複雑そうな表情をしている。

「お前もまさか、糞虫とキスしたいとか思ってんのか?」

「……っ!! そ、そんな事ないよっ」

 無表情のリリスが珍しく顔を真っ赤にして慌てふためいていた。けど……、と彼女は続ける。

「……目を覚ましてほしいよ、絶対」

「そっか」

 そのとき、今まで黙って部屋の隅にいたユナがおもむろに立ち上がった。

「そんなに言い争うんだったら、間をとって私がご主人様に口づけを捧げちゃうよ!」

「「「「使い魔は黙ってろ!」」」」

「うぅ……」

 部屋の隅で蹲る黒竜少女。最強種の姿が見る影もない。

「だいたい、キスしただけで起きる訳ねえわ。その昔話だってキスして解けたのは呪術だろ? コイツに何か呪いとかかけられてるのかよ?」

「そういえば……」

 隅にいたユナが口を開く。

「私、いつもご主人様を抱き枕にしてるんだけど──あの、皆さんの視線が痛いです。それでたまになんだけど、女の匂いがするときがあって……ここにいる女性以外のものなんだけど……」

 一瞬、時が凍った。

「おい、ここにきてまた別の女が出てくるのか」

「そういえば合宿のとき、寝言で女の名前言ってたですよね」

「何それ? 初耳なんだけど」

「お兄ちゃん、節操なし」

 アイリ、カガリ、メル、マリアの順で話始める。

 リリアにとってユウがなぜここまでモテるのか疑問で仕方ないのだが。

「じゃあ、その寝言で呟いてた女が悪い魔女?」

 セレンの一言がこの場の混乱を更に極めることになった。

「ユウがすでに穢されてるのか!?」

「早く私が綺麗にしてあげなくてはなりませんですね!」

「何であなたが!? その役目は私でしょ!」

「お兄ちゃんを救うのは私!」

「……もう何なのこれ?」

「私のせいですごいことになっちゃった」

「おもしろい事になったねぇ」

「ちょっとお前らいい加減にしろ!」

 リリアは立ち上がり、ユウの元へ近づくとそっと唇をユウの唇に重ねた。

 一秒が長く感じる。それに意外にもユウの唇はすごく柔らかかった。

「そらみろ! キスなんかでこの糞虫が目覚める訳がなかったろ!?」

「……今、兄さんの指がピクッて動いた」

「一番の敵はリリアお姉ちゃんだった」

「何でそうなるっ!?」

 しかし今思い返してみると、顔から火が出そうになった。途端に自分がやらかしてしまった事に羞恥と後悔を感じ、ものすごい勢いで部屋から出ていった。



 リビングまで降りてきたリリアはソファーにうつ伏せに寝そべり、クッションに顔を埋めていた。

「リリアさん、どうしたんですか?」

 心配してか、母であるリリィに声をかけられた。

「アイツと……キスした」

「はい……?」

 とりあえず事の経緯を全部話した。話したらまた恥ずかしくなって、知恵熱を出した。

なにゆえこんな話になってしまったのかは作者も不明です。だが後悔はしていない。

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