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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第二章【孤独と闘う魔王候補】
26/133

08

 ──どうしてこうなった?

 無邪気な笑顔を振りまいているカガリを尻目に、ユウは今にも項垂れそうに頭を抱えていた。

 今はカガリと二人っきりで、他のメンバーはどこにも居ない。

 なぜこのような状況になったかといえば、数分前に遡る事になる。

 先程の戦闘で倒したはずの魔物が自爆したのだ。爆発に巻き込まれ、ユウが咄嗟に掴んだのはカガリの腕だった。

 魔物の生息地で一人になるのは死を意味している。

「まさか先輩が私の手を掴んでくれるなんて嬉しいですよ」

「掴みたくて掴んだ訳じゃないし。一人になるのは危険だから、あの爆発の中で掴んだのがたまたまカガリだったって話なんだぜぃ。ま、大した怪我してなさそうだし無事でなりよりだよ」

 とりあえずユウはカガリと一緒になったから良かったものの、他のメンバーはどうなったのだろう。サラは化物なので一人でも全然大丈夫だが、もしリリスが一人になっていたらどうしよう。いくら一年生最強といっても、魔物と戦い慣れてないアイツはすぐに魔物の餌食となってしまうかもしれない。心配だ。

 それにリリスに何かあったらリリアに殺される。文字通り灰となってしまう。

 周囲の魔力を探る。魔物の魔力がジャミングとなって皆の魔力が感知できない。近くなら感じられたのだが、どうやらこの近くには居ないようだ。

「とりあえず、みんなを捜しながら麓まで下りてみよう」

「はい、わかったです」

「もしかしたら魔物と戦闘になるかも。遭遇しない方が奇跡に近いから、戦闘になったらバックアップ頼むよ」

「任せてくださいです」

 いつの間にか、カガリの手には両刃の剣が握られていた。刀身には赤い紋様が刻まれていて、その模様はまるで『絶破』みたいだった。

 柄の端には鎖がくくりつけられていて、手首に装着させられたブレスレットに繋がれていた。

 武人でなくても能力を発動させる『魔装のレプリカ』。

 そもそも魔装とは、魔力絶対社会のこの世界で武人が生き残るために与えられたツールなのだ。

『魔装』に込められら能力を魔術として発動することで、武人は魔術師としての格を保ってきたのだ。 それなのに、こんな『レプリカ』が出回されては、武人の立場が無くなるような気がしてユウは好きにはなれなかった。

 それなのに『レプリカ』であるケイゴの拳銃を持っていたのは理由がある。単にレイヴンの指示で持たされているのである。

 レイヴンには先見(さきみ)と呼ばれる未来を視る力がある。その力があるせいでユウはレイヴンの言う事を信じざるを得ないし、何より嘘はつかない。

 もしレイヴンが視た未来を変えるような言動をすれば世界はそこから分岐するらしく、パラレルワールドが存在してしまう。そしてパラレルワールドが増えすぎると、世界の『容量』が圧迫され、許容範囲を超えたとき世界は崩壊する──らしい。

 ギルドの皆がレイヴンに反逆しないのもこの『脅し』があるからかもしれない。もしくは本気で心底心酔しているかのどっちかだ。

 ──こうなる事も、あの鴉野郎はわかってたのか……。

 気に入らない。

 ユウはレイヴンが嫌いだ。たぶん世界一。魔人よりもだ。

 移動しようと立ち上がった矢先、ユウの体が膝からガクンと崩れ落ちたような感覚に囚われる。力が入らない。

「先輩?」

 動けないユウを心配してかカガリが歩み寄ってくる。

「あの、どうしたんですか……?」

「……さっき魔力使ったからかも……。さっきの発砲で俺の魔力そうとう持ってかれた」

 魔力の消費に伴う倦怠感は人それぞれである。ユウの場合、極端に使いすぎればしばらく動けなくなる。その代わりに回復が早いのだが。

 とりあえず、今は回復を待たなくてはならないようだ。

「先輩」

「ん?」

「昔のこと──思い出したですか?」

「……うんにゃ、全然」

 もちろん嘘である。少し前に思い出している。

 ただあのときに交わした守れない約束を、カガリは確かめたいだけなのだろう。守れないのなら、わざわざ彼女に正直に伝える必要はない。このままずっと黙っているのが最善だ。

「……くそ」

 口の中で呟く。

 ──これはマズイんじゃないか……?

 ユウとカガリに確実に忍び寄る影──それは魔物。今襲われては生きて帰れる保証はない。

 動かない体を無理にでも動かそうとする。

「先輩、大丈夫ですから」

 諭すような優しい声。動こうとした体が再び動かなくなる。

 カガリも魔物の接近に気づいたようだ。構えていた剣がチキリと鳴る。

 周囲に生い茂っていた草を踏み鳴らして、とうとうその魔物が現れた。

 黒い体毛、金色の眼、鋭い牙と爪、滴り落ちる涎、それは獰猛な狼に似て、けれども異形な姿をした生物。

 その魔物が咆哮を上げ、突進してきた。

 その牙で肉を噛み千切るために。

「カガリ!」

 思わず彼女の名前を叫んでいた。

 彼女はこちらを振り向くことなく、真っ直ぐ魔物を見据えていた。

「大丈夫、平気ですよ」

 突如、カガリの剣の模様が激しく、煌々と輝いた。

 一薙ぎすると赤い模様が軌跡を描き、その奇跡から青色の炎が発火して刃を形成する。

 炎の魔刃は真っ直ぐ魔物に飛来し、斬り裂いた。

 否、斬り裂いたという表現は正しくない。高熱の炎で焼き斬ったという方が正しい。

 触れるもの全てを蒸発させているかのようだ。

「カガリ、まだだ!」

 魔物は一匹ではない。このタイプの魔物は群れで行動する。

 カガリはユウの呼びかけに反応することなく、まるで『わかっている』とでも言っているかのように次の攻撃を始めていた。

 カガリは剣に繋がれていた鎖を掴んでブンブンと振り回していた。赤色の軌跡が円を描く。

「蒼き空を紅く染め 天空より放たれるのは無数の災厄 もたらすのは崩落 残るのは虚無 この地に絶望を刻め」

 顕現したのは青い炎の竜巻だった。竜巻に巻き込まれた魔物が宙を舞う。

「──滅びを迎えろ」

 詠唱を完了したカガリは、魔術のトリガーを引く。リリアが運動会で放った火属性の最上級魔術の魔術名を。

「火葬流星-meteorites finis-」

 ただ宙を漂う魔物には逃げ場などなかった。炎を纏った流星は魔物を体を粉砕し、その高熱で一気に水分を奪って干からびさせる。

 群で行動する魔物をたった一人で、しかもいとも容易く──魔王の娘という肩書きは伊達ではないという事らしい。

「見てくれたですか先輩っ!?」

「あ、ああ……スゴいなカガリ。けど、ちょっと詰めが甘いかな」

「え?」

 ユウは立ち上がる。そして足に『魔魂』を発動させてカガリの背後に回る。

 カガリを噛み砕こうとしたもう一匹の魔物に鞘から抜けない刀を振り落とした。

 骨が砕ける音が聞こえる。これで動けないはずだ。

「先輩、ありがとうです」

「礼はいいから。それと、魔物の住処で気を抜くなよ。下手すると食われるから」

「う、すみませんです……」

 カガリはユウの雰囲気に怖じ気ついたようだ。ユウの『静かな怒り』。その威圧感は見るものを圧倒する。

「でも、怪我無くて良かった」

 コロッとまたいつものユウに戻る。それを見てかカガリの表情も和らいでいく。

「ていうか先輩、もう動けるんですか? さっきまで魔力が切れて動けなかったはずじゃ……」

「カガリは知らないんだっけ? 実は俺、おにゃのこが頑張ってるところ見るとすぐ回復すんのさ」

「え、そうなんですか?」

「嘘だけどな」

 元々武人の魔力の回復は早いが、ユウ場合は特に回復速度が数倍も早い。魔力量の上限値も低いため魔力を使い切ったとしても、時間と再生する魔力はいつも一定なのですぐに再起できてしまうのだ。

「俺の事より前々から気になってたんだけどさ、カガリの炎は何で青いの? 『複合属性』って感じじゃなさそうだし」

 火の魔力色は赤で、その影響もあって魔力で生み出された炎は赤くなる。だがカガリの場合は魔力色が赤なのにも関わらず炎の色は青いのだ。

 そして水の魔力色も青。しかし、カガリの炎はどうも『水属性』な感じがしない。純粋な炎だ。

 最初見たのは校門の所で急に抱きつかれたと思ったら炎槍が向けられたときだ。

「……よくはわからないんですけど、体質と似たようなものなんです。変わってるですよね、私の炎……」

「変わってるっていうか、俺は綺麗だと思うよ」

 ユウの周りの火の魔術師はどいつもこいつも凶暴な炎だ。けれどカガリの炎はそういったものは一切感じられない。

 ──性格からなのかな?

「とりあえず、ずっとこのまま突っ立ってる訳にはいかないか。ここから移動しようぜぃ」

「は、はいです」

 今は皆と合流することが最優先だ。連絡を取り合う事ができないみたいだが、きっと皆も麓に向かっているはずだ。



 そう言われたのはこれで二回目だった。

 自分の炎は青い──他の火の魔術師と違い見世物にされたり、非難の視線を浴びたりしていた。

 青い炎は呪いの証。そんな噂が流れてからは大人達はカガリのことを一方的に軽蔑し、子供達には呪いが伝染(うつ)るからと言って近づけてもらえなかった。

 気がつけば一人だった。

 噂のせいで誰もカガリには近づかないし、友達もいなかった。

 城の中に軟禁されて一歩も外出たことはない。

 何もかもが嫌になった。自分の事が、自分の力のことが。

 まだ幼いというのに、カガリの心は大きなキズを負っていた。

 それでも母だけは違った。その青い炎は神様がくれた特別なものだと。そして何より、他の者よりその炎は綺麗だと。

 そう言われたのはこれで二回目だった。

 一度目は母から。二度目はとある約束をした少年から。

 自分の炎が誇らしく思えた。

 そして、今のカガリは一人ではないと実感させてくれた。

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