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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第二章【孤独と闘う魔王候補】
19/133

01

 目覚まし時計の喧しい音が屋根裏部屋一杯に響き渡り、それがユウの耳を容赦なくつんざく。起こされたユウは急いで音を止めた。

 今日もいつの通りの朝がやってきた。ただいつも通りとはいっても、一週間前とは明らかに違っていた。

 隣を見れば幸せそうに寝ている使い魔のユナが居るのはいつもの事だし、起きてすぐ黒縁眼鏡を装着するのもいつもの事だ。

 違うのは目覚まし時計がこの部屋に設置された事ぐらいだ。それによって、ユウが起床する時間が一時間程度早まってしまったのだ。

 こうなってしまったのは、ケイゴという教師と帝都で戦い、勝利してとある少女を救出したからだ。

 そういえば、帝都の戦いの後は何かものすごい大騒ぎになっていたな、と思い出す。ユウは誰にも何も告げずに帝都へ行ってしまったものだから、何も知らないとうさん(カイト)かあさん(リリィ)は騎士団に捜索届を出すほど心配しまくっていたようだ。よくもまあ、自分達の本当の息子でもないのにあそこまで本気になったものだ。

 ユウは元はここ──ブライト家の人間ではない。それをいうならリリアとリリスもそうだが。ユウは養子としてカイトに拾われた。よってあの両親は本当の両親ではない。

 本当の両親はどこにも居ない。父親とは死別し、母親には捨てられたと聞いていたが、実際のところは異世界へ無理矢理飛ばされたらしい。ユウには異世界へ飛ぶ方法なんて持っていないし、もし仮に飛べたとしても、あっちでも世界が広がっている。捜すとなると困難を極めるだろう。

 両親の話はさておき、ユウがこの首都へ帰ってきた後が大変だった。ユウがなに食わぬ顔で家に帰ってきたときには三姉妹の末っ子のマリアには泣きじゃくられ、リリィには説教をくらい、終いにはカイトに殴られた。三姉妹の長女と次女はまるで無関心だった。

 その後、何をしてたのか洗いざらいに白状──もちろん嘘の供述──された。

 とりあえずマリアと一晩同じ部屋で過ごした事で何とか許してもらえたが、なぜマリアに何もしない? マリアにはそんなに魅力が無いか? とカイトに睨まれた。確かにマリアは中等部一年のくせして発育がかり良い。つい最近まであんなに小さかったような気がするが、時が経つのは早いものだと年寄りじみたことを思ってしまった。

 ──というか、それで良いのかとうさん?

 マリアとは血の繋がってない他人ではあるが、さすがにマリアと一線を越えるのはマズすぎる。兄の面目を保って何とかその夜は切り抜けたが、そもそもマリアにはまだ早い。

 ──べ、別にヘタレとかじゃないんだからね!

「おいユウ、起きてるか?」

 ここでユウの部屋に目覚まし時計を置いた張本人が降臨なされた。

「入るぞ?」

 入ってきたのは銀髪の少女だった。ユウとは中等部からの腐れ縁で、以前は男性と偽って学園生活を送ってきたのだが、女性とバレてからは一度学園には来なくなったものの、こうしてまた登校するようになっていた。

 少女の名はアイリ。男性として生活していたときはサイガと名乗っていた。中性的な美貌を持ち、前までは女子からの人気がすごく高かったが、現在では男子からの支持も集めている。もう本人非公式のファンクラブまで創設されている始末だ。

 アイリの顔をまじまじと見つめる。薄い化粧を施してあるようで、男性として生活していたときより随分と女性っぽく見える。

「何だよ? 俺の顔に何かついてるのか?」

「うんにゃ。ただキレイだなと思っただけだけど何か?」

 その瞬間、アイリの顔が煙がボンと出そうなくらい紅潮していた。

 そういえば帝都でアイリから告白──というよりむしろプロポーズ──をされたのだが、未だにその返事はしていない。アイリ自身もそのことについては言及してこないので特に気にする事でもないだろう。

 彼女が朝この部屋に来るようになったのは一週間前のことだ。急に目覚まし時計を渡され、セットされた時間通りに起きると、朝御飯を持ってくるアイリが部屋に入ってくるようになった。

 今日もきっと朝御飯を持ってきたのだろう。そう思っていたら、案の定卓袱台にユウのために作っただろう料理が並べられていく。

「何か悪いな。朝御飯持ってきてもらって……」

「いいんだよ。俺が好きでやっているだけだから」

 本当にありがたいことだ。ちょっと冷めているがせっかく持ってきてくれたのだ、贅沢は言ってられない。味はそれをカバーするかのように絶品だ。

 問題なのはユナである。人間形態になった黒竜少女は、あれだけうるさい音を遺憾なく発揮していた目覚まし時計でも起きないということは、そうとう眠りが深いのだろう。契約してからまだ数週間、まだまだコイツの事についてわからないことが多い。

「ユナも不幸だよな。こんな美味いもの食えないなんてさ」

「そ、そんなに美味しいか?」

「うん」

「そっか……」

 アイリが顔を紅くしたまま微笑んだ。その顔を見て、思わずドキリとしてしまった。それを誤魔化すように別の話題を振る。

「ああそうだ。結局帝都の王家の跡取りってどうなるん?」

 古代兵器は間違いなく破壊された。よって目的を果たしたアイリが殺されるという事は無くなる。その事は聞いてはいたが、その後の事はさっぱり聞いていない。まあ、それは帝都の問題だからユウに話す事はないとは思うが。

「え? あ、ああ……。えっと……ユウには関係ないよ」

「そうか……」

 思った通りの答えが返ってきた。

「あ、あのさユウ、古代兵器壊したのってお前なんだろ?」

 とりあえず首肯しておく。方法は言えないがユウが破壊した事には間違いない。

「だったら俺、お前のお陰でここに居るんだな。ホントに感謝している」

「な、何だよいきなり……」

「俺さ、やっぱりお前のこと──」

「お・に・い・ちゃ・ん?」

「「うひゃあ!」」

 どす黒い感情がこもった恐ろしい女性の声でユウとアイリは同時に悲鳴を上げた。ビックリして声がした方へ振り返ると、マリアがひょっこりと顔だけを出してアイリを思いきり睨みつけていた。まるで鬼ような形相である。

「お兄ちゃん、浮気はダメだって言ったよね?」

「え? あぁ……うん?」

 そういえば、同じベッドで寝ていたときにそんな事言われた気がする。

「それとお前」

 ビシッと人差し指をアイリへと突きつける。歳上なんだからお前呼ばわりはやめなさい、と小声で注意する。聞こえているかどうかは別として、今のマリアはとても危険である。

「男のふりしてお兄ちゃんに近づいて好感度上げようだなんて卑怯よ! お前なんかにお兄ちゃんは渡さないんだからぁ!」

「お、男のふりしてたのは謝るよ。でも──」

 口ごもるアイリに何のフォローを入れずに、ユウはこの修羅場と化した空間から脱出を試みていた。どうもこの空気はダメだ。苦手だ。耐えられるものじゃない。

 それにしても、寝ているとはいえよくもまあユナは幸せそうに眠れるよな、と思う。むしろ活動時間があまり無いような気がする。リリィの話によれば、最近は昼には起きているらしい。昼に起きれるようになったのでリリィとの会話が増えたらしく、今ではすごく仲が良いらしい。実際見てないからわからないが。

 しかし今はユナの事は頭の隅に置いておく。そんなこんなで外へと出てきた。家の中でリリアと出会わなかったのは運が良かったのだろう。運が悪ければ、あーだこーだの言い合いになっていた。ユウ自身、リリアとは普通の関係になりたいのだが、実際問題うまくはいかない。リリアのユウに対する感情は憎悪以外の何物でもないような気がしてならない。

 久々に一人での登校だ。一週間前までは間違いなく一人だったのに、今は懐かしく感じる。しかも相手は女の子だ。間違いなく今のユウはリア充みたいなものだろう。妹達が少しでもなついてくれたら最高だ。

 ──青春してるなぁ、俺。

 昨日レイヴンから魔力数値を測られたときは六〇近くなっていた。一〇〇を越えれば本気で危ないらしい。

 限界が近い。自分でもひしひしと感じている。己の命と繋がっている爆弾の導火線に火が点いた事を。

 このまま魔力の奪取を続ければ、導火線は短くなる。文字通り、命を削っているのだ。

 この事を知ってるのは本人であるユウとレイヴンと──カイトだけだ。他のギルドのメンバーは誰も認知しておらず、ユウを取り巻く環境でこの事実を知るのはごく僅かしかいないのだ。ギルドの連中は魔力の奪取をすれば体調が悪くなる程度の事にしか思っていない。

 ユウがここまで命を削っているのは、『もう迷わない』と約束したあの少女のためだ。その約束が今のユウ──コルウスを形作っている。

「あ、ユウ。おはよう」

「よーメル。久しぶりだな」

 どっからどう見ても幼女にしか見えない、金髪ツインテールの少女。なのに高等部の制服を着て、なんともアンバランスだ。だが、彼女は正真正銘ユウと同じ高等部二年であり、幼なじみでもある。

 登校時間にメルに会ったのは初めての事だった。

「ねえユウ、最近サイガくん──じゃなくてアイリちゃんとよく一緒にいるけど……付き合ってるの?」

「なぁっ!?」

 ──何だその話?

 周りからはアイリと交際しているように見えるっていう事なのか?

「そんな訳ないじゃん」

「そう? ならいいんだけど……」

 随分とご立腹のように見える。

 ──う~ん、やっぱり俺がおにゃのこと仲良くしてるのが気に食わないのかな?

 あれだけめげずに何度も告白して、それなのに急に横から出てきた女性なんかにとられそうになったら、当然虫の居所が悪くなるだろう。別にメルのものになった訳ではないけれど。

 ──本当に女っていうのは面倒くさい。

 それとも好きな人が自分以外の人付き合ってしまったら、嫉妬の感情を抱くのは当然の事なのだろうか?

 腕を組んで首を傾げる。それを見たメルが「変な格好して歩くのは止めてよね」と口を出す。注意されて仕方なく首を元に戻して、組んでいた腕をほどく。

「何考えてたの?」

「メルには関係ない事」

 ユウの場合、喜ばしいことである。相手がそれで幸せになれるのなら。

「置いていくなユウ!」

「ブルァッ」

 巨大な氷塊に押し潰される。これは『氷圧-fetire glacies-』。

 放った犯人はわかってる。

「遂に『魔術名破棄』したか……とんでもない奴だな、お姫様」

「お前は都合が悪くなったら逃げる癖なんとかした方がいいぞ」

「いやいや、それが俺の専売特許だぜぃ? それを取っ払ったらスカスカのユウ様になっちゃうじゃあないか」

「……呆れてものも言えねえ」

 アイリの登場により、メルの機嫌がますます不機嫌になる。

 なんだろうこの空気、嫌な予感しかしない。

「アイリちゃん」

「ん? 何?」

「なんでユウなの?」

「ユウだから良いんだろ?」

 案の定、一触即発のドロドロの修羅場の空間と化してしまった。

 ──どうしよう、すごく逃げたい。

「つー訳で俺は逃げる! 異論は認めん」

 闇属性の魔力を解放させて氷塊を粉々に粉砕すると、二人が追いつけないスピードで逃げ去っていった。後ろから二人の声が聞こえるが、そんなの知ったこっちゃなかった。

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