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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第一〇章・前編【白翼】
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 深紅の髪に山羊のような角が二本。その冷酷な眼差しはリリアがかつて見たものと何らかわりなく、家族を家族と見ようとしなかったあの頃と全く同じだった。

 奥歯を噛みしめて、怒りを込めた魔力をそのまま拳へと注ぎ込む。

 具現化された赤い魔力は火山の噴火のように噴き出す。失われた技法──現代の魔術師は高火力な魔術を発動できるため必要ないと見なされた『魔魂』。通常の魔力による『強化』は肉体の運動量を極限にまで高めた状態で、全ての魔術師はこれだけで充分だった。魔魂はそれの数十倍も上だ。

 魔術師には体術は必要ない。そんな事を言われ続けてきたが、あの少年がその言葉を覆した。ろくに魔術を使えなかったというのもあるが、体術のスキルを磨く事で機動力が上がり、死角から魔術を撃ち込める。

 だから見様見真似で習得した。ユウに負けたくなくて、ユウに追いつきたくて、コルウスに勝ちたくて。

 もうそれは成し遂げられないけれど、目の前に(かたき)がいる。そいつを倒せば、リリアは強くなったと証明できる。そうすれば、ユウは認めてくれる。

 足に『魔力譲受』で使い魔(リン)から貰った光属性の魔力を回す。未だにユウのように魔魂を使いこなせずとある体の部位に発動したまま別の部位で発動はできないが、光属性を帯びているのだ、早さという面ではこれでも問題はないだろう。

 地面を蹴って駆け出していた。

 猛スピードでフリードに迫り、魔魂を施したその拳は彼の顔面を捉えていた。

 軋むような音。

 だがその音はフリードの骨の音ではなく、彼が展開した透明な障壁が歪んだ音だった。

「相変わらず粗暴なのは変わらんなリリア。誰に似たのだか」

「父親のような面してんじゃねえわよ!」

 次の瞬間、リリアの拳の魔力が爆発した。

 障壁が吹き飛び、それに気づいたフリードは即座に身を躱して腹部を蹴りつけた。

 魔力を付与してあったのか思った以上に威力があり、リリアは吹き飛ばされてしまった。

「大丈夫か!? 今回復を……!」

 すぐにアイリが駆け寄って治癒魔術をかけようとするがリリアをこれを拒否した。

「必要ねえわよ。そんな暇をアイツは与えてくれない。それより、あたしの見える範囲で隠れておけよ。あとなるべくアイツから目を背けるな。それを他の奴にも伝えておけ」

 アイリは少し逡巡したようだが、すぐに魔王と亜人の姫にもそれを伝えて去っていく。

 おそらくこの会場にはすでに悪魔(ファントム)化のウィルスを散布済みだろう。彼女らをそこに放り込む訳にもいかない。

 それにフリードが姿を現した事をオロルも気づいているはずだ。ここにも直に戻ってくる。

 フリードを目の前に本能的に殴りかかったが、冷静となった今ではやはりフリードはリリア一人の手ではおえない事がわかった。

 ただ魔魂で殴りつけただけだ。だが攻撃力抜群の火属性の魔魂がたかが無属性の障壁を一度破れなかったのが問題だった。

 その時点で察した。リリアだけでは勝てないと。

 不本意ながらここでオロルを待つしかない。オロルがここに到着するまでの間、時間稼ぎをしなければならない。

 ──早く来いよオロル!

 ──どこほっつき歩いてんだ!

「そういえば──」

 徐にフリードが語りかけてくる。

「お前が一度私の所に来る前の戦闘で、ユウを庇っていたな」

「……それが?」

「だが結局守りきれずユウは敗れ、お前は私の元へ来た。その後お前は何もできず、ただユウに救われただけだったな」

「っ!」

「お前に、できるのか? あの小娘達を、守れるのか?」

「黙れ……!」

 言い聞かせるように、はたまた挑発して煽るかのようにフリードは語りかける。

 頭ではわかっている。これはリリアの動揺を誘うためだけの口車だと。

 安い挑発に乗らせて、冷静な判断を失わせるためだけなのだと。

「そんな小手先だけの挑発がどうした? あたしが怖い訳じゃあるまいし、そんなの必要ないだろッ」

 咄嗟に取り出した拳銃をフリードに放つ。

 フリードは障壁を展開するが、これは魔力を穿つ闇の弾丸だ。

 闇の魔弾が障壁を貫通する。

 だがそれに気づいたフリードは咄嗟にその魔弾を溶かしてしまった。

「……? どういう事……? 何で弾が──」

 そういえば辺りが異様に暑い。

 炎に囲まれているような──そんな感覚だ。

 ふとフリードの背景に陽炎が見えた。そのゆらめきは間違いなくフリードの炎によって生じたものだ。

「フリード、アンタ火属性は捨てたはずじゃ……?」

「ああ、捨てたさ。だが新たに開眼した力は、奇しくも火の性質をもっていたのだ」

「どういう事?」

「……『無属性の炎』だ」

 過去にユウがカガリと連休中に、彼女の母親である魔王・ホムラの死の真相を調べるために魔界に訪れた事があると聞いた事がある。そのとき彼女にはウィルスが注入された。それで発現したのが透明な炎だという。

 ──まさかこれが、同じ類いのやつか……!

「お前は火の魔術師だ。炎熱にはめっぽう強いが、それはただの炎の場合のみだ。だがこの『無属性の炎』は違う」

 周囲の気温が上がったような気がした。

 異常な程苦しい。

 熱の腕がリリアの体へと伸び、体力を徐々に奪っていく。

(つい)属性が存在しないがゆえに、優劣の相性はない。つまり誰もが耐性を持っていないのだ──爆炎の園-eruptio-」

「……!」

 足元の地盤が爆発した。

 見えない爆炎が噴き出し、リリアの体は宙へと放り出された。

 そして空中で身動きがとれなくなったリリアに、フリードは容赦なく炎弾を叩き込んできた。

 地面に倒れ伏し、フリードは片手剣の鋒はこちらに向ける。

「私の物にならないお前など不要だ。だがチャンスをやろう。私の仲間になるか、それとも今殺されるか」

 この期に及んでまだフリードはリリアを欲しているらしい。何ともまあ往生際の悪い奴なのだろうと、リリアは鼻で笑う。

「……爆炎の園-eruptio-」

 だから拒否と言わんばかりの上級魔術をフリードにくらわせた。

 それはいとも容易く避けられたが、誰が好き好んでフリード配下に従うものか。

「それが答えか? リリア」

「ああ」

 むくり、と体を起こす。

 フリードの魔術で思いがけないダメージ負う。見えない攻撃程厄介極まりないものはない。

 それにこの熱波で衰弱してるのは、おそらく自分だけじゃない。ここにいる要人達にも及んでいるはずだ。

 ──もっと遠くへ逃がすべきだったか?

 ──でもそれで守りきれなかったら……。

 ──そもそも『歪曲』があるのを忘れたらダメだろ!

 ──だけどやっぱし危険だし……。

「何を迷っている?」

「……!」

 思わず息を呑み込んだ。

 フリードが眼前にまで迫り、真っ赤な片手剣を振り下ろしていたからだ。

 咄嗟にユウの形見である刀を引き抜き、刃を受け止める。

 鳴り響くつんざくような金属音。

 徐々にだが、フリードの方が押し始めている。

「ふん、よく見ればまた懐かしい物を。わかっているのか、それはただの魔装だ。レプリカでも次世代型でもない。魔人のお前では使えぬ」

「……わかってるよ!」

「ならばなぜそれを持つ? 騎士ならば、無駄な装備は外すべきではないか?」

「無駄なんかじゃ──ないッ」

 この鍔迫り合いは、今まさにフリードの足を止めているのだから。

 リリアは右足で思いきり叩きつけるように踏むと、カイトの魔力を地面に送り込んだ。

 形成される『土奔流の拳-pugnus-』。

 それを思いきりフリードの顎に叩き込んだ。

 ありったけのカイトの魔力を込めた。お陰で土属性の魔力のストックが切れたが、フリードに一泡吹かせる事はできたようだ。

「リリア……ッ、貴様ァ……!」

 よろめきながらフリードは敵意ある視線でリリアを睨みつける。

 その焦点は定まっていない。

「深紅に輝く爆炎 其れは紅き女神の脅威なる怒号 怒りに触れた者に業火の鉄槌を」

 得意の高速詠唱。

 急速に魔力を練り上げ、最大威力をフリードに絞って撃ち放つ。

「──爆ぜろ」

 フリードが対抗しようと魔力を練り始めた。だがリリアのように早くはできない。

 ──遅い。

「爆炎の園-eruptio-」

 凄まじい轟音が鳴り響く。

 吹き荒れる熱風。

 噴き出す爆炎がフリードを包み込む。

 気づけば膝が地面についていた。

 異常に疲れている? 魔力を消耗しすぎたか?

 リリアは魔人でも規格外の魔力量の持ち主だ。たかが一回の戦闘で消耗する程使いきるなどありえない。

「……!」

 フリードの気配が──フリードの魔力が消えていない。むしろどんどん膨れ上がっている。

 何かしらの魔術が飛んでくる。

「『無属性の炎』は何色でもない。何の色を持たないからこそ、別の色を求めて喰らい尽くす」

「なに……?」

「気づいてるはずだ。お前の異常な魔力の消耗を」

「あ……」

 まさかこの消耗の原因はフリードにあったという事か。

 だったら──マズい。

「ずっと『無属性の炎』は貴様の魔力を喰らい続けていた。そこに隠れている姫君達のもだ」

 このままでは、彼女達が焼き殺される。

「だがこのまま苦しめて貴様らを殺すのは興が冷める。ここまで私を追いつめた礼だ。せめて夢の中でのみ幸せな刻を歩むがいい」

 ここ一帯がフリードの魔力で埋め尽くされていく。

 透明な炎がリリア達の体を喰らうのだと、そう思ったがいつまで経ってもその感覚はやってこない。

「……フリードの魔術に嵌められたようだな」

「なっ……!?」

 目の前には、いつの間にかオロルが何事もなかったかのように突っ立っていた。



      ●



「……今のは……まさか──」

 そんなはずはない。そんな事はありえない。現代にいるはずがないのだ。

 ならばあの青年は何だというのだ。突如リリアの前に現れた武人。あれが騎士団長・オロルなのだろうか。

 どんな驚異になろうと、その青年もあの魔術に入ってしまった。誰もあの魔術からは出られない。リリアがユウに執着している限りは絶対に。

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