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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第一〇章・前編【白翼】
126/133

07

お久しぶりです。ずっと執筆活動をやってこなかったのでかなり稚拙となっておりますが、そこは寛大な心で許してもらえると助かります。

『アイツが魔界に来ているらしいぜ』

 ケータイのスピーカー越しの男性がそう言った。狙いはおそらく──。

『大方予想通りだな。どうする? 行くんだろ?』

「行く行かないとかの問題じゃなくて、あれにはアイリが出席するんだ。騎士として護衛しなくちゃならねーんだよ」

『なら丁度いいじゃねえか』

 ようやく、決着のときを迎えられそうだ。この日のためにずっと強くなり続けたのだ。負けないために、未来のために。

『アイツに勘づかれるとマズいからこれ以上支援はできねえが……大丈夫だよな?』

「誰に何を言っているんだい?」

『……そうだったな。無駄な心配だったよ』

 ケータイ越しの男性は軽く笑うと、直後にトーンを落として言い聞かせるように言葉を放つ。

『頼んだぜ、オロル』

 オロルは首にかけてあった黒い石を握りしめる。これ以上なく強く、これから果たさなければならない使命の達成を祈るように。

「任せろ」

 そこでふとオロルは疑問に思った事を彼に問いかける。

「ところで、ただの魔人が『魔填器(バッテリー) 』を介して闇の魔力を使っても平気なの?」

 ユウやジンは躊躇う事無く闇の力を行使していたが、実際あれは危険なものだ。とてもじゃないが素質のある者以外が扱えるものではない。何らかの方法で使用すれば、精神が崩壊し、廃人そのものになってしまう。

 闇の力を手にした者は『闇堕ち』──過去に大きなトラウマを負い心が壊れ、それでも自我を保てた者しか存在しない。ゆえに闇の魔術師は少ないし、強大な力のせいで危険視され隔離されてきた。

 通話の相手も闇の魔術師だ。闇の魔術についての知識はオロルより蓄えられているはずだ。

『バーカ、例え「魔填器(バッテリー) 」で闇魔術を使えたとしても、その使用者が無事であるはずがねえだろ』

「じゃあ……!」

『普通の奴が闇魔術を使うのはありえない。もし使えたんであれば、そいつにも闇の素質はある』

「……わかったよ」

 通話を遮断し、気づけば手が震えていた。

 知らなかった。よりにもよってリリアに闇の素質が芽生え始めていた事を。

 先日の模擬戦でリリアはリンから闇の魔力を貰い受け、それを行使していた。それはつまり、彼女は少なからず『闇堕ち』しているという事実が発覚しているのを意味している。

 彼女のメインの魔力の性質は火だ。今もそれは間違いない。

 とある女性の言葉が脳裏を過った。

『何も言わないなんて卑怯よ。事が終わった後でもいいから、ちゃんと本当の事話なさい。そうでなければ──あの子達が可哀想でしょ』

 震えていた手を強く強く握りしめて拳を作っていた。

 わからない。どれが最良の選択なのか──わからない。



      ●



 石畳が敷かれ、様々な建物が立ち並ぶ港と隣接した帝都の商業区。中心では噴水があり、よく待ち合わせの目印になっているとか。

 そこのカフェ店でリリアはアイスティーを口にしていた。ここでお茶をしていたのは他でもない、座席の向かいに座っているラミナが話があるそうだ。

「あのね、魔界を巡礼していた同僚から聞いた話なんだけど──」

 ラミナからそう話を切り出され、リリアはピクリ、と僅かに肩を震わせた。

 魔界──魔人によって文明を発展させた巨大国家。魔王が統治する国でリリアの生まれ故郷だ。故郷といってもそこに住んでいたのはたった三年程であり、物心がつき始めた頃だがあまり良い記憶は持ち合わせていない。

「フリードがそこに潜伏しているらしいよ」

「……っ!」

 フリード──リリアの実の父親であり仇敵。この手で討つと決めた因縁の相手だ。

 フリードは現在悪魔(ファントム)化ウィルスの散布の疑いで国際指名手配となっている。相手が相手なだけにフリードの追跡は『ルーンナイツ』に一任されていた。そしてフリード討伐は騎士団内でも急務となっている。

「そいつがそこに居るのは間違いないんだな?」

「その同僚の他にも目撃したっていう人は何人かいたみたい。ただ追跡してもすぐ見失ったんだって」

「そう……」

 やっと捜し求めていた相手が魔界に居るとわかった以上、グズグズなんてしてはいられない。

「じゃあオロルに報告しとくよ」

 ここでリリアの独断でフリードを追い、もし取り逃がしてしまった場合もう二度と彼を追い詰める手段は無くなる。確実に仕留めるために、利用できるものは利用しておく。

 ただ誰にも、フリードへの復讐の邪魔はさせない。



      ●



「オロル!」

 すごい剣幕でリリアが騎士団長室に入り込み、オロルの方へ詰め寄った。

「フリードの居場所がわかった」

「ああ、それは知ってる」

 オロルはそう告げると、リリアは少しムッと仏頂面になった。せっかく仕入れた情報なのに、さも初めから知っていたという態度が気に食わなかったのだろう。

「だったら、今すぐアイツを──」

「リリア」

「んだよ?」

「焦りは禁物だよ」

 もう今の『ルーンナイツ』には後が無いのだ。フリードを捕まえなければ、オロルがやってきた事が全て水の泡となってしまう。

 そうならないために、事を慎重に運ばなくてはなくなる。絶対に失敗してはならないのだ。

「いいリリア? 一週間後、何があるかは覚えているよね?」

「……魔界で親睦会、だったよな」

 全種族の人間が友好な関係を築ける事を目的とした親睦会。そこには帝都の姫であるアイリ、魔王であるカガリを始めにたくさんの人が出席するのだ。

「そこにはたくさんの人が集まってくるんだ。フリードの理想を考えれば、あっちからちょっかいを出してくるのは明白だろ」

 フリード理想──全種族の人間を同じ種族に統一して、種族間の蟠りと差別を解消するというものだ。ただそれは、選ばれたたった少数による社会だ。フリード自身が統治しやすいように数を減らし、反乱など起こす気も無くなる程の力で支配する世界。

 その世界にオロルは存在しないし、大事な人や友人が居る保証なんてどこにも無い。フリードが暴走して作られたそんな仮初めの世界に、本当の安らぎも平和もない。それは戦争は無くとも、ある意味ディストピアと全く同じなのだ。

「理想の実現のため、親睦会にウィルス散布するって事か?」

「そういう事。これが最後のチャンスだよ」

 そこに全てを懸ける。アイリやカガリなど大切な人を巻き込んでしまうが、フリードを討つチャンスはここしかないと踏んでいる。

 本当の平和はすぐそこまで来ている。フリードが創る世界も必要ないと彼もわかってくれれば万々歳だ。

 それでもわかってくれなければ、刃を交えるしかない。

 ──勝てるのか、フリードに……。

 もし戦闘になっても勝つために今まで訓練を積んできたはずだ。恐れる必要はどこにも無い。

「…………」

 そこでオロルはリリアの方をじっと見つめた。

「? 何だよ、気持ちわりぃ」

「いや……」

 やはり魔力を意識的に抑えている今のリリアでは魔力の波動は感じても性質を感じとる事はできない。本当にリリアに闇属性の素質が芽生え始めているのだろうか?

「だからじっとこっち見てんじゃねえよ。ぶっ飛ばすぞ」

 黙っていても仕方がない気がする。

「リリア、キミひょっとして……『闇堕ち』しかけているんじゃねーの……?」

「え?」



 過去の出来事によってトラウマとなり心が崩壊する。それが『闇堕ち』。過去にユウがそんな事を言っていた。

『闇堕ち』した人間はもはや正常な状態ではないらしく、正常に見えるのはただそうなって見えるように振る舞っているだけなのだ。

 闇属性の使い手だったユウは普段ちゃらんぽらんに過ごしているようだったが、本当の父親を目の前で失い、大事な繋がりを持つ事に臆病になり、失う事を恐れるようになったのだという。父親が死んだのは自分のせいだとずっと悔やみ、彼は『闇堕ち』した。ユウの心の奥底は自責と後悔で形成されていたのだ。

 今そんな状態に近いのだと、目の前のオロルはそう言った。

「いや、待てって。あたしは……」

「完全にはまだなってないよ。ただその兆候は出てる。どうやらキミ自身がキミの事に気づいていなかったみたいだね」

 何が原因か考えてみた。そうなればすぐに思い当たる節を見つけた。

 リリアもユウと同じだった。

 目の前で家族を失った。

 ユウの死が、リリアの『闇堕ち』を促そうとしている。

 手のひらに魔力をかき集めた。オーラのように具現化した赤い魔力。それにうっすらと黒い筋が走っていた。

 自分の魔力なのに全く気づかなかった。見ようとしてなかった、見る余裕がなかった。目の前にフリードに復讐するという野望があったからだ。自分の魔力の事になんか目もくれなかった。

「あたしも、異常な精神の持ち主ってか……?」

「『闇堕ち』しても良い事なんて何もないよ。むしろ三年前の闇の眷属の事件で、闇の魔術師は白い目で見られる。何かと不憫になるよ」

「そんなの知った事じゃねえわよ」

「……させねー」

 どこか機械的だったオロルの口調に、何やら感情が籠り始めたような気がした。

「キミは絶対に『闇堕ち』なんてさせねーから」



      ●



 リリアに『闇堕ち』なんてさせないと宣言はしたものの、実際どうすれば食い止められるかの良い方法は何も浮かばなかった。

 オロルはただ人の心が壊れるところなんて見たくはない。それが知り合いとなれば尚更だった。


『闇堕ち』の悲劇を味わうのは──もう自分だけでいいのだから。


 オロルは首からかけている黒い石のペンダントを、強く強く握りしめた。

第一〇章の12までは毎日連続更新していきます。

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