05
オロルは現『ルーンナイツ』を引き連れて騎士団の訓練場へと訪れていた。ここへ来たのは他でもない。彼らの戦闘訓練である──というのは、オロルの単なる口実な訳なのだが。
すでに訓練場にはオロルが団長である事を肯定していて且つ、戦闘部隊の中で最強の『ボースナイツ』に属する三人が待っていた。
オロルは彼らと試合するように『ルーンナイツ』の面々に伝える。
ルールは使い魔で攻撃しない事だ。あくまで生身での実力を計るためだ。そして少々不格好だが背後にくくりつけられた魔力が籠められたボールが割られたら戦闘不能と見なす。この魔力ボールは魔術に触れると破裂する仕組みになっている。騎士として背後をとられる事なかれ──後ろをとられたら死ぬと思えという意味合いで着けさせた。
準備が整ったようなので、オロルは魔術の波状が届かない所まで避難するように離れる。そして天高く、無詠唱で『春雷』を飛ばす。
白の魔刃が空で砕け、粒子となって降り注ぐのが開始の合図だった。
その瞬間、リリアが一気に動いた。
『ボースナイツ』の一人に拳を振りかざし、魔力を一点に集束させていく。
視覚できる程、拳には赤い魔力が爆発するように放出されていた。今や失われつつある『強化』の発展技法である『魔魂』だ。その威力は『強化』の数倍にも及ぶという。
その『魔魂』の拳が騎士の一人直撃する寸前、烈風がリリアの攻撃を遮った。
リリアが激しい上昇気流により上空に巻き上げられる。
その瞬間、破裂音が響き渡る。
リリアは急いで背後を見たようだが、オロルは「違う、キミじゃない」と呟いた。
魔力ボールが割れたのは歌魔術師であるカノンだった。
あっという間だった。
『ボースナイツ』の一人が『土奔流の拳』でカノンの魔力ボールを掠めたのである。
支援効果や防御、はたまた攻撃となかなかに厄介な能力をもつ歌魔術。戦場において歌魔術師を早めに討つのは定石中の定石である。
「リリア以外はそれを理解していた。だがリリアはカノンの近くで防御の態勢をとらなかった。それにより『ルーンナイツ』は戸惑い、その隙に『ボースナイツ』が仕掛けた」
オロルはその戦況を一人で静かに述べた。
だがすぐにかぶりを振った。
「そうじゃない。リリアは敢えてそういう行動をとらなかったんだ」
ケントが『剣魔術』を展開する。彼の剣属性は特殊だ。『剣妖精』を召喚し、それを武器に変える。『武器変化』とは似て非なるものだ。
巻き上げられたリリアはエミルが生み出した風がクッションとなり、地面に叩きつけられる事はなかった。
着地したリリアは何を思ったか、ケントの方へ突っ込んだ。否、正確にはケントが今まさに攻撃を加えようとしている騎士にだ。
何が何でもリリアはケント達ではなく、自分の手で『ボースナイツ』を倒したいようだ。
だが『ボースナイツ』の一人が水流で二人を押し流そうとする。
遮るようにスクードが『土壁』で水流を塞き止めた。
その瞬間、リリアの赤い魔力が漏れだした。
得意の高速詠唱で発動された『爆炎の園』で、水流もスクードの『土壁』も吹き飛ばす。
再びリリアは走りだし、同時に使い魔のケットシー・リンを召喚する。
リンに『魔填器』を渡す。
あくまで『使い魔による攻撃』を禁止にしているのだ。『使い魔の魔力を利用するな』とは一言も言っていない。
そしてオロルはリリアの騎士学校時代の成績から彼女が拳銃を使う事を知っていた。それも『次世代型』のをだ。おそらくユウが使っていた代物だろう。
リリアは使い魔の魔力を利用して拳銃を使うと『ボースナイツ』には伝えているので、彼らはこのリリアの動作には驚きはしない。
むしろ一番近くの水魔術を使う騎士はチャージ動作の隙に迎撃をしていた。否、彼は水魔術を使う騎士ではない。なぜなら、リリアを迎撃するために放たれた魔術は『爆炎の園』だったのだから。
彼は所謂火と水の『多重属性』なのだ。
至近距離でそれをくらえば、間違いなく戦闘不能だ。
銃声と爆音が同時に鳴り響く。
爆炎にはトンネルが空いていた。その向こうでは、魔力ボールが割られた『多重属性』の騎士が突っ立っていた。
「なるほど、リンから貰い受けたのは闇属性か」
あのケットシー・リンも『多重属性』で、それも光属性と闇属性というとても稀少な属性を二つも持ち合わせている。
闇属性は他の属性を無効化する。だがそれも生身で使うには闇属性の適性──一度心が壊れた者──でなければ扱うのは危険なのだ。
だが『魔填器 』を介する事によってそのリスクを消去する事ができるのだ。
ようやく一人──だが『ボースナイツ』の反撃はすぐ側まで這い寄ってきていた。
リリアの背後には土属性を操る騎士、先程から反撃の隙を伺っていたアシュレイの元に風属性を操る騎士がいた。
「……勝負あったか」
次の瞬間、リリアを守るようにして剣で武装したケントが、アシュレイを守るようにして防御魔術を展開したスクードが現れる。
それでも背後を向けていたケントの魔力ボールは割れ、反属性且つ魔力の差で防御が破れたスクードの魔力ボールも割れる。
これで『ルーンナイツ』はリリアとエミルの二人、『ボースナイツ』も二人だ。だが元々六対三。六人がかりでも一人倒すのが精一杯だったのに、残りであとの二人は撃破は難しいだろう。
そして試合は幕を閉じた。『ルーンナイツ』の惨敗という形で。
だがこれでいい。『ボースナイツ』が勝つことは誰が見ても明らかなのだ。この試合は、ある口実を作るためだった。そしてリリアは、そのオロルの策略にまんまと嵌まった。
●
リリアは騎士団本部の自室で籠っていた。
一応『ルーンナイツ』になればそれなりの待遇は良いらしく部屋を用意されていた。
先程の試合、どう考えても自分の個人プレイで招いた敗北だった。
けれど、しょうがないのだ。リリアは未だ『ルーンナイツ』の連中を信用できないでいるのだ。
戦場において歌魔術の重要さは理解していた。ましてや魔術理論に詳しい魔人なら尚の事だ。
だがよくよく考えてみれば、たかがあの三人を一人で倒せるようにならなければフリードは討てない。そのために強くなろうとして騎士団に入ったのに──まだまだ無力だと思い知らさせる。
不意にノックの音が聞こえた。いそいそとドアを開けると、そこにはオロルが立っていた。
「……何の用だ糞野郎」
「先程の試合の敗北の理由、わかったかい?」
わざわざ皮肉を言うために顔を合わせに来たのか。そんな事わかりきっている。
「全部あたしのせいだってわかってるっての! でもアイツらを信用するなんて無理」
「……三年前、ユナを傷つけた事……まだ怒ってる?」
「元はといえばお前の指示だけどな。でもま、もう完治してるよ。さすがは最強種の竜だよ」
そう言った途端、オロルは安堵した様子を見せた。髪で隠れて表情はよくわからないが、何となくそんな気がした。
「で、何しに来たんだよ?」
「辞令を渡しに来たんだ」
オロルが渡してきた文書に目を落とす。ただその内容を見て、イライラが競り上がってきた。
「何? これ」
「そのまんまだよ」
その辞令書に書かれていたのは、平たくいえばオロルとバディを組めというものだった。
リリアの騎士団内部での勝手な行動は禁止し、オロルの同行の元で仕事に従事しなければならないみたいだ。
「キミに拒否権はねーよ。そもそもキミも僕も、少し特殊な立場だと理解してほしい。そうしなければ、討ちたい相手も討てなくなる」
リリアが騎士団に入ったのはフリードを討つため。たったそれだけだ。それを成し遂げるためには、こういう規律は守らねばならない。
「わかったわよ……」
不本意ではあるが、こうする他はない。フリードを討つまでだ。それまでは忌々しいオロルの言う事を聞いておこう。
ただかなり憤った顔で睨みつけてはみる。ただオロルはうんともすんとも言わない。何の反応を見せない彼を少し気味悪がる。
そしてオロルは用が済んだと言わんばかりにその場を後にしたのだった。
●
これで良かったのか、と自問する。もう後戻りはできないし、する訳にもいかない。これから先は自分の選択が未来を決定付けてしまうかもしれない。
約束を果たすために一生懸命になってみるけれど、いい方向へ転がっているような気がしない。
──慎重なのか、それとも臆病になっているだけなのか。
もう後悔はできない。してはいけない。そういう生き方を選んでしまったのだから。
ポケットの中をまさぐって、封が施された箱を取り出す。念を込めると封は弾け飛び、箱を開けられるようになった。
箱の中には手のひらサイズの鞘に収められた刀が入っている。それを手にとって再び念を送ると、佩刀しても違和感の無い大きさになる。なる、というよりこれが本来の大きさなので元に戻るというのが適切か。
鞘から引き抜くと、刃毀れして光沢を失った刀身が姿を現す。
逆手に持ち、柄の先端を自身の額に小突く。そして少し力を加えて押し付ける。
その行動には全く意味は無い。ただこれから先頑張っていく力を『アイツ』から分け与えてくれそうな気がする。
迷ってなんかいられない。
額から刀を離して再び念を送って手のひらサイズにすると、箱に収めて念を送って封をする。
「必ず、掴みとるから──未来」
執筆時、前半はリリアの視点で最初は書いていましたが、あまりにも情報量がたくさんありすぎてテンポが悪くなってしまったのでオロル視点に変更しました。




