06
「世界を手に入れるってどういう事?」
フリードの野望は正直どうでもいいが、どうして彼が世界を手に入れたいのかが気になる。たぶんそれはリリアを手元に置く事と関係がありそうな気がする。
「昔、その写真の友と誓ったのだ」
フリードとカイト、そしてシドの写った写真をフリードは見つめる。
「争いの無い世界を実現させると」
少年だったフリードにはまだ公爵という立場を与えられていなかった。だから何の権限すら無い。ただの子供の粋がった言葉に過ぎないのだ。
それにこの世界から争いを無くすのは到底不可能に近い。中立の首都があるとはいえど、帝都と魔界の軋轢は誰にも直せないところまで来てしまっている。今は膠着してはいるが、今度はいつ戦争になるかわかったものではない。
それを魔界側の人間がどうにか解決できようなどとできる領域ではないような気がする。
「そんな事できるかよ」
「できるさ。私が得た力があれば……お前達が悪魔と呼ぶ力があればな」
「え……?」
悪魔。ウィルス感染により引き起こされる人間の突然変異種。悪魔になってしまえば最後、戦闘本能が極限にまで高められ、死ぬまで戦い続ける。
一度リリアも悪魔になりかけたらしい。感染の進度があまり進んでいなかったためにコルウス──ユウに助けられた。
しかしよくよく考えてみれば、戦う事しか能のない悪魔がどうやって世界を入手する鍵になるのだろうか。世界の人間が全員悪魔になってしまえば、最後の一人になるまで殺戮が繰り返される地獄の未来しか見えない。
「なぜこの世の人間は争うと思う?」
「それは……魔力の優劣……」
「そうだ。魔力によって境遇が変わる世界。魔力が絶対主義となっているこの世界のあり方こそが人々の間に軋轢を生み、戦争を起こしてきた。ならば戦争を起こさないためにどうすれば良いか──お前にこの答えがわかるか?」
魔力の差異によって差別され、それが原因で戦争が起きるのならばその原因となる魔力を撤廃する。
しかし今の人々に魔力を棄てるなんて事はできはしない。
となると別の方法は──。
「全ての人種を統一する。そうすれば平民だの魔人だのという垣根は消え去る」
フリードの目的は彼が生み出した悪魔化のウィルスをばら撒いて、全人類を悪魔にさせる事だった。
違う人種だから戦争が起こる──ならばその根本から覆す。それがフリードの考えだった。
「学園中にウィルスが撒かれていたのも、お前の仕業だったのかよ……」
「私は命令しただけだ。実行したのは別にいる」
「テメエが間接的にユウを死に追いやってんのは間違いねえじゃねえか……!」
「恨むなら私だけじゃないはずだ。実際あそこでウィルスを撒いていたのはケイゴとセシルだ」
「え……っ?」
ケイゴ──魔術学園にいた元教師。『元』とつくのは現在行方不明で教師の職に就いてないからだ。ケイゴがフリードの手下でウィルスをばら撒いていたのなら、コルウスとなったユウと対峙しているはずだ。おそらくはユウがケイゴを葬ったのだろう。例え恩師だろうと、ユウは敵に対しては非情になれるのか。
セシル──リリア達の同級生だった少女。彼女は『星華祭』の日に皆の目の前でユウによってその体に刃を貫かれた。その後は白い砂へと姿を変えて遺体すら残っていない。ユウが殺したのも、彼女が悪魔だったからだ。
セシルがリリアに接触したのも、学園でコルウスを二回以上目撃している一番近い人物とされていたからだ。彼女はウィルスの散布の他にコルウスの正体を突き止めて殺害する任務も兼ねていた。
つまりリリアとセシルの友情は嘘でしかなかったという事。仮初めのもので、確かな絆など存在はしていなかった。リリアはただ利用されていたに過ぎなかったという事だ。
──なんだよ、それ。
ここに拉致される前、フリードは言っていた。『お前をもう一度悪魔化するのを阻止するという側面もあった』と。リリアがあのままセシルと共に居れば、いくら抗体があるとはいえ大量のウィルス魔力を送り込まれていただろう。そうなれば、死ぬまで戦い続ける一匹の獣になっていたかもしれない。
「……って、ちょっと待てよ。悪魔ってのは自我を持たねえのがほとんどじゃねえの? 全人類が悪魔になれば、それはそれで戦争になるんじゃ……?」
「別に構わん。完全体とならない弱い人間など切り捨てる」
ケイゴやセシルのように自我を持つ悪魔は完全体と呼ばれている。その人らは謂わばフリードが望む人間なのだ。それ以外の者は殺し合う。完全体になれなかった者同士で、誰もいなくなるまで。
「それじゃ、人口が極端に減るんじゃね?」
「それでいい。少ない人数なら、統治し易いだろう」
「統治って……お前が王にでもなるっていうのか?」
「そうだ。私が望む争いの無い世界は──私が管理し続ける」
人々を篩にかけた世界。本当の平和はそこにしかないとフリードは説く。
「じゃああたしも悪魔にするっていうのか? 悪いけど、完全体ってものにあたしはなれる気がしねえけど」
「別にお前は悪魔になってもらう必要はないんだがな。私が必要とする力はもうお前に備わっていたのだからな」
「は? あたしの何の力だよ?」
「『魔力譲受』……」
リリアはキョトンとした。たしかに『魔力譲受』はリリア固有の特殊能力みたいなものだ。しかしフリードがこれを評価するとは思えないが。それにこれは先天的な能力だ。リリアが物心つくときにはもう使えていたものだ。フリードはそれに対して興味を抱いていなかったと思う。
「気づいていないのか、己の力のルーツを」
「ルーツ……?」
「闇の眷属を知っているか?」
初めて聞く。名前を聞く限りではかなり物騒な奴だろう。おそらく闇属性が関係している。
「闇属性は知っているだろう? この時代の人間にはあまりよく知られていないが、お前なら何度も見たはずだ」
魔術の元素たる『四大属性』のどれにも当てはまらない別の属性でありながら、固有の『個有属性』でない全く別の属性──『稀有属性』の一つ。かなり悪性が強いらしく禁忌とされ、現代でも闇属性を発現した魔術師は例外はあれど隔離される。
リリアにとってそれは、闇属性というのは使いこなさなければ危険な代物でしかないという認知はある。
「奴らは闇属性を持ってしまい、世界から隔離されたがために世界に反感を持った連中だ。人間でありながら人間を棄てた異形なる者達だ」
そういえばちょっと前にメルと共にコルウスを捜していた途中、闇属性を操る魔術師と交戦した。たぶんあれが闇の眷属だったのだろう。
「そして彼らの闇属性は少々特殊でな、吸収した魔力の属性を使えるようになる──どこかで似たような力があるだろう」
ユウが持つ魔装の能力とほぼ一緒だ。同時に、それに極めてよく似ている能力をリリアはよく知っている。
「気づいたか?」
そんな事言われなくても、猿でも気づく。
「お前の『魔力譲受』のルーツは、闇の眷属だ」
「何でだよ? 何であたしに闇の眷属の力の一部が宿ってんだよ? おかしいだろ!」
リリアは叫んでいた。どうしても理解不能だったからだ。リリアには闇属性というものは存在していない。
「過去にリリィは、闇の眷属と戦った事があるそうだ。その際、闇の眷属の因子を植えつけられた」
「因子……?」
「産まれてくる子供が最初から闇の眷属にさせるためにな」
だったら第一子であるモルスに因子がとり憑いているはずだ。証拠に彼が放った魔力の属性は闇だった。そしてその禍々しさは最近のユウのとよく似ている。
「だが因子の一部がモルスに完全に引き継がなかった。ではその一部はどこに行った? リリア、お前の中だ」
そんな確証はどこにも無い。しかしならばどうすればリリアのこの特殊能力を説明できる?
リリア自身、正直あの力の事に疑いを持っていたのだ。先天的な特殊能力は親に依存する傾向にあるのだ。だがフリードにもリリィにもその能力は無い。
過去に一度は後天的なものである事を考えた。だったらリリィやフリードがこの力が授かった経緯を知っている可能性があるので訊ねてみたものの、両者は口を揃えて『生まれつき』と言い放った。
「あたしに少しでも闇の眷属ってのの力があるのはわかったよ。で、アンタはその眷属を駒にしたい訳だ。ユウも欲しがっているのは、アイツにも闇の眷属の因子があるんだろ」
世界統一を目指し、世界を平和に導こうとするフリードに果たして力は必要なのか?
「力ある奴を集めて、何を企んでる」
「企らんでなどおらん。私が見据えているのは計画が完遂した『後』だ」
「後……?」
「いくら統一したとはいえ、いずれ王たる私に牙を剥け謀反を起こす輩が出るだろう。そうなれば必然的に必要となるはずだ──」
フリードの顔が嗜虐さを増していく。思わず戦慄し、自分に体に腕を巻きつける。
「誰も刃向かえない程の……抗うのがバカバカしいと思うほどの絶対的な力がな」
やはりコイツは危険だ。
力で縛られた政治。フリードは全人類を悪魔化した後、独裁者に走るつもりだ。きっと最たる駒になるであろうモルスやユウ、リリアもフリードには立ち向かえない。きっと力では敵わない。
──だけど……それでもいいんだ。
その世界でなら、ユウは生きていられるのだから。
自分の異常性を垣間見たリリアは、つくづく目の前に要る男性の娘だという事を思い知った。
2014/11/4 修正致しました。




