09
「「「宣誓!」」」
「我々、選手一同は」
「スポーツマンシップに乗っとり」
「正々堂々、戦い抜くことを誓います!」
今日は特に待ちに待ってもない運動会だ。なんか知らないところで勝手に種目の選手にさせられていたユウはせめてもの反抗に、選手宣誓を欠席してその様子を教室から見ていた。この二年D組の教室は校庭がよく見える。
「ふははは! 見ろ! 人がゴミのようだ!」
「お前は何をやってるんだ」
「あいたっ」
ここには誰も居ないはず。まさかここに居ることが誰かにバレた?
──ていうか誰だ、頭を叩いた奴。
「なんだお前かよ。てっきり誰かが俺を連れ戻しに来たのかと……」
「今日運動会だろ。俺達『特別クラス』の連中は出れねえけど、お前は選手だろうが。こんな所で何やってる?」
「不当な扱いについての抵抗」
「? どういうことだ? ま、お前がスゲー破天荒だって事はわかったよ」
「あ、お前いつからそこに? さっきの独り言聞いてたら俺恥ずかしいぜぃ」
「急に話変わったな。まあ、バッチリ聞いてたぜ」
「うわーお」
穴があったらマジで入りたい。こんな恥ずかしいところを見られたからには生かして帰さん。
「おいユウ、なぜにその刀を構える? まさか撲殺する気か!? 大丈夫だって、誰にも言わないって」
「ホントだな?」
「嘘つかねえって、お前じゃあるまいし」
ユウはそうか、と呟いていつも通りに刀を腰に差す。
この刀は鞘から抜くことはできない。ユウにとっては斬るための道具ではなく、叩くための道具となっている。鞘から抜けない事をいいことに、刀を鞘ごとブン回して使っているのだ。
ふと足音が聞こえてきた。それはまっすぐこちらに向かってくる。
「ヤベ、誰か来る。じゃあなユウ」
「ああ」
特別クラスにいる親友はあっという間に消え、教室にはユウだけが取り残された。しばらくして、サイガがこの教室に入ってきた。
「やっと見つけたぞユウ」
どうやらかなりご立腹のようだ。
「ったく、お前が消えたせいで何か俺のせいにされたぞ。ユウの面倒を見てないお前が悪いって」「ハハハ、悪い悪い」
「笑い事じゃねえよ。俺はお前の保護者じゃねえんだし」
サイガはユウの首の後ろを掴んでズルズルと引っ張っていく。
「ちょっ、苦しい。離して……」
「離したら逃げ出しそうだからダメだ。どうせお前はこの程度じゃ死なねえよ」
「いや逃げないから」
「でもなー、お前平気で嘘つくし」
本当に苦しいからそうやって引っ張ってもらうのは止めていただきたい、と切に願う。
なんとなくサイガの脚を見る。今のサイガの格好は半袖に短パンというとてもラフな格好だ。今日は晴天で、五月前だというのに陽射しが容赦無しに強くてなかなか暑い。全校生徒の十中八九はこの格好だろう。残りの一割くらいはユウみたいに半袖短パンの上に長袖のジャージを着て腕捲りしている。ユウに限ってはジャージのチャックを半分くらいまで下げているせいでだらしなく見える。
そんなことより、今まではサイガを男して認識していたためお前脚ほっそいなー、とからかっていたのだが、女だとわかった今だとお前脚きれーだなー、と誉め言葉に変わってしまう。
目線を上げていく。
「はぁ~」
「何で急に溜め息なんか……」
「胸は残念なのな」
「……!!」
「あの……そのレイピアをしまってください。危ないです」
ものすごい剣幕で睨まれて正直ビビってしまう。胸のことは禁句だったか?
「ユウ、お前そんなヤラしい目で俺を見てたんだな。幻滅した」
「いやいや、男って誰でもこんなもんよ? つーかお前が年相応の男の反応しなかった方が異常なんだって。だから女だってバレたんじゃないのかい?」
「俺が女だってお前だって気がついてなかったじゃねえか」
「なあなあサイガ」
「話逸らしたな」
「さっきの選手宣誓って生徒会長達だろ?」
「え? たぶんな」
「初等部の代表が二人に見えたんだけど……」
「それ、メルが聞いたらブチギレるぞ」
そんなこんなで玄関に到着。階段に差し掛かったときは死ぬかと思った。引っ張ったまま降りていくものだから。なにが『ユウはこんなんじゃ死なねえだろ』だ。
「相変わらず仲良いね、キミ達は」
「あ、ケイゴ先生」
「……うっす」
二人の目の前に現れたのは戦闘学の教師、ケイゴ教諭だ。今日もその爽やかなスマイルで女子生徒達を虜にしているのだろう。平民のくせして、魔人並に外見と実年齢が噛み合ってない。
「ほら二人共、もうすぐ競技が始まるよ?」
「わかりました。行くぞユウ」
「…………」
ユウはサイガに引っ張られようやくグラウンドに姿を現した。クラスのみんなからものすごく文句を言われたが、別にさほど気にすることではなかった。
それよりも……。
「なあユウ、お前ケイゴ先生に対する態度、変だったぞ。お前ケイゴ先生の事嫌ってなかったじゃん」
「うん? 気のせいだろ」
ユウはケータイを取り出し、選手宣誓の前に受信したメールをまた開く。
差出人はレイヴンという男性からだ。
メール内容をもう一度確認する。
──……ホントなのかよ、これ……。
信じたくなかった。信じられなかった。このメールを見た瞬間、すぐに電話をかけて怒鳴り散らしそうになった。だから誰も居ない教室まで行ったのに、奴は応答してくれなかった。
メールの内容はこうだ。
『あの子達が我々が探している人物を発見した。ケイゴという男だそうだ。至急連行せよ』
──……俺は信じないぞ……、絶対に……!
ユウに今の力があるのはケイゴのお陰でもある。去年の部活の合宿でユウの潜在的な力を見出だしたサラは、ケイゴに個人指導させてくれるように頼んだ。そしてケイゴから戦い方について教えてもらった。
ユウにとってケイゴは師匠にあたる。その師匠が裏でバカな事をしでかしているなど思えない。何かの間違いだ。
……そうであってほしい。
●
一〇〇メートルの徒競走が始まった。これは魔術無しのただの体力勝負ということになる。
比較的体力バカの集まるD組はここで点を稼がないと、後々魔術が絡んでくる競技で不利になって点を稼げなくなり優勝する事ができない。
そしてたった今、ユウは走り終えてきた。
「さすがユウ、圧倒的だったな」
「『強化』無しでああも早いとは驚きだな」
余裕で一位を獲得したユウにクラスメート達は賛辞を浴びせていた。
元々この競技では一位が当たり前だったユウなのだが、魔物と戦えるように鍛えてしまったために陸上部の短距離走の選手並、またはそれ以上の速さとなってしまったためいつも以上に注目の的になっていた。現に、陸上部短距離走の選手と一緒に走っていたのだから。
「この調子で後も頼むぜ、ユウ」
「過度な期待はするもんじゃないぜぃ。あ、ちょっと水飲んでくる」
そう言って、水飲み場へ急ぐと──、
「げ」
鉢合わせたくない少女と鉢合わせてしまった。
「リリア、お前何でここに?」
「水を飲みに来たに決まってんだろ。テメエこそ、虫けらの分際で水飲みに来たのかよ?」
「虫けらは余計だぜぃ」
紙コップに水を注いで一気に飲み干す。なぜかその様子をじっくり見ているリリアはいったい何だ?
「なに?」
「いや、ただお前ってスゲー平凡な奴だって思ってな。黒竜倒せるほどの非凡さだっていうのに」
「魔人ならそうやって力があることを自慢するよな」
「そりゃあな。だってこの世は力が絶対だろ。非力な人間は生きていくのが辛すぎるわ」
「……そうだな。魔力によって待遇が違ってくる。そして魔人は非力な俺らを見下す……だから嫌いなんだよ」
「…………」
「そうやって力を誇示して、非力な奴の事なんてどうでもいいと思ってる。結局自分の事だけなんだよ」
「お前が魔人を嫌う理由はそれか」
「……まあ、魔人もそういう奴らだけじゃないってわかってるけどな」
もう一杯紙コップに水を注ぐ。それも一気に飲み干して、ユウはクラスのみんなの元へと帰っていった。
帰っていくユウの背中を見ながら、リリアふと思った。
──今のアイツ、あたしらの事どう思ってんだろ。
ユウが魔人嫌いなのは知ってる。けど、家族であったときあの少年は『家族は別』と公言していた。
では、今はどうなんだろうか?
リリアはすでにユウを家族して見ていない。ただの他人。対してユウはどういう風にリリアを見ているのか。やはり嫌いな魔人としてか、それとも……。




