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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第八章【本当の思い──それは叶わず】
107/133

03

 時計の秒針が動く音がやけに大きく聞こえる。それほどまでにカイト達が居るリビングという空間はとても静寂で重苦しく、時を刻む音がまるで絶望の足音のようだ。

 現在は深夜。いつもならとっくに寝付いている時間なのだが、大事なリリアが今フリードの元に居るという連絡を受けてから、カイトとリリィは気が気でないでいた。

 どうしてこんな事になったのかまるでわからない。

 フリードはどうして今更リリアを欲したのか全く理解できない。

『リリアには素晴らしい力がある』

『貴様にはリリアの持つ力の偉大さは理解できないようだがな』

 フリードのその言葉が頭の中で何度も繰り返される。

 確かにリリアはとてつもない魔力量を持ち、卓越した魔術技術もある。兵士として育てていけば、国家戦力級になる事だってできる。

 ただそれぐらいの見込みのある魔術師なら多くはないが確実に数人はいる。果たしてフリードがそんなリリアを特別視するかといえば、実の娘だからという贔屓目を加味しても答えは否だ。

 だとするなら──。

「『魔力譲受』でしょうか……?」

「どうなんだろうな……それは……」

 どうやらカイトとリリィの考えがシンクロしていたみたいだが、カイトはすぐにフリードがいうリリアの力は『魔力譲受』でないと切り捨てる。

『魔力譲受』──リリアだけが授かった魔術師にしては異端な能力だ。リリアは他人の魔力を吸い出し、それを自分の物にすることができる。とはいってもその力は無限ではない。吸い出した分の魔力量しか使えないし、その魔力を使い切ってしまえばその吸収した魔力の属性の魔術は使えなくなる。

 この『魔力譲受』こそがリリアの特殊能力でもある。これはリリアが産まれながら備わった能力でもあるので、この事自体はフリードだって承知しているはずだ。

 フリードは言っていた、彼は最近彼女の力に気づいたと。

「だが……」

 リリアの特筆するべき点は規格外な魔力量と『魔力譲受』だ。それ以外となるといったい何が特別なのか頭を悩ませる。

「……悩んでいても、しょうがないか……」

 まず最優先なのはリリアをフリードの元から取り返す事だ。何が特別なのかはその後考えればいい。

「カイトさん、これからどうするおつもりで?」

「決まってるだろ、リリアを取り戻す。だが俺達だけでは無理がある」

 一〇年前にフリードがユウを獲得しようと魔界に招集されたとき、そこでカイトはフリードとの戦闘を行った。しかしあのとき、フリードはまだ力が馴染んでいないと言っていたと記憶している。

 さすがに一〇年も経てば、フリードもその何らかの力を使いこなし、以前のフリードのような鬼神の如き力を発揮するだろう。

 そうすればカイトとリリィは勝てるのか?

 そしてもう一つ懸念すべき事がある。それはフリードの息子──モルスの存在だ。

 一〇年前に会ったときは少女と見紛うような風貌で、魔王家系や貴族に現れる深紅の長い髪。そして彼は──黒い炎を操っていた。

 ユウの使い魔である黒竜(ユナ)の黒焔とはまた違った──もっと異質な炎。

 あの二人を目の前にして、カイト達は彼らを蹴散らす事ができるのか?

 どう考えても答えは断じて否だ。

「だから協力を仰ごうと思う」

「誰にですか?」

「ユウにだ」

「しかし今、ユウさんは行方不明じゃ……?」

 今や殺人の罪を犯して逃亡の身になってしまったユウに協力を求めようだなんてバカげているかもしれない。それに足して行方すら誰にもわかっていない。

 けれどもしリリアを救い出せる可能性があるとするなら、ユウしかいないとカイトは思う。

「ギルドに行ってみるよ」

「ユウさんが働いているという、あのギルドですか?」

「ああ。もしかしたらあのギルドなら、ユウの足取りを掴めているかもしれない」



      ●



 今日も今日とて、ギルドは通常経営だ。ただそこには、ジンの親友であるユウの姿はどこにも無かった。

 ユウとは幼い頃に邂逅を果たし、今までちょくちょく会ってはくだらない話から重大な話まで話していた。今ではユウが裏ギルドの重鎮である『コルウス』になるとは予想すらしていなかった。

 ジンは現在ギルドの受付を勤めていた。ギルドに舞い込んできた依頼を全て把握してその内容に見合ったメンバーを割り振り、派遣するにはこの受付という仕事は効率的でもある。さすがに一人では賄いきれないし、ジン自身もギルドの仕事もあるので一応交代制ではあるが。

 そしてギルドの元に一人の男性がやって来た。見た事があるような気もするが、どうしても思い出せない。おそらく四〇代半ばの平民だ。短い茶色の髪にブラウンの瞳。そして体格の良さから、魔術師にしては珍しい武闘派だろう。

「頼みたい仕事がある」

「では──」

 ジンはカウンターの下をまさぐって一枚の紙を取り出す。

「ではこちらにお名前とその仕事の内容、報酬金額をお書きください」

 そしてペンと一緒に男性の方へと差し出した。

 その男性は何の躊躇いもなくペンを走らせていく。

 ジンはふと依頼主の名前を盗み見る。

 カイト・ブライト──だった。

 ──ブライト? ブライトっていやぁ……。

 ユウの姓と全く同じ。という事は、このカイトいう男性はユウと親族である可能性がある。それならどこかで見かけた事があっても不思議ではない。

「できたぞ」

「ありがとうございます」

 ジンは改めて依頼内容に目を通していく。

 ──公爵の元に居る娘を取り戻してほしい、ねぇ……。

 公爵といえば魔人貴族であるフリード・レア・ウィリアムの事だろう。世界全土屈指の実力者であるフリードから娘を取り戻してほしいとはどういう事なのだろう?

 しかしジンは口を噤む。ギルドのメンバーは依頼主に干渉してはいけない掟になっている。あくまでも仕事を優先し、己の感情を出してはならない。それすらもできない輩が若干一名いるが。

「了承したします。ただちにギルドのメンバーを選定して派遣しますので──」

「ユウに頼みたい」

「えっ……」

 ギルドに舞い込む依頼によっては、雇い主による指名も珍しくはない。ギルドには多種多様の人間がいるし、それぞれ得手不得手もある。例えば今ではめっきり減ったが魔物の討伐。これは戦闘が得意であるメンバーに任せる事が多い。そういった依頼をこなすことで実績が上がっていき、後に有名になり直接依頼を頼まれる事だってある。

 そして今回の件でいえば、率直にいえばユウは適任であるだろう。フリードとの戦闘も考えられるからだ。

 しかし──。

「あの、現在ユウは不在です」

 不在──というよりは行方不明。ギルドの皆誰もがユウの足取りを掴めていないのだ。

「ギルドにも居ないのか?」

「はい。断っておきますけど、俺達は別にユウを匿っている訳ではないですからね」

 ギルドでも必死でユウを捜索している。彼は今や犯罪者でもこのギルドには必要な人間なのだ。特に裏ギルド──そこはユウが居て成り立っているようなものだ。

「俺達も必死でユウを捜しています。見つかれば……直ちに、とはいきませんが派遣致します。それか、別の者をつけましょうか……?」

「ダメだ。アイツでなければならない」

「……わかりました」

 そしてジンは帰っていくカイトの背中を見送る。

 困った事になった、とジンは頭を掻きむしる。

 ギルドでもユウの捜索はあまり進捗していないのだ。

「今の人、アイツに用があったの?」

「ああ。手持ちにユウは居ねえってのに……」

 後ろから声をかけられた。その声は少し嗄れている。

 振り返ると『Shout』のミヤがいた。青いツーテールの髪は疲労が溜まっているのかしんなりと垂れ下がっている。

 彼女はユウが消えてからずっと歌い続けていた。芸能活動を一旦休止してまで『ディーバ』による捜索を続けていたのだ。

 世界各地を転々と移動し、『ディーバ』を発動させる。ユウだっていつも闇属性の魔力で耳に栓をしている訳ではない。不意打ちで『ディーバ』を発動すれば、声が届いた瞬間リンクする。魔力の不確かな繋がりだが、上手くいけばユウの居場所を特定できる。

「もう一回捜してみるよ」

 そしてミヤは歌いだす。彼女の紡ぎだす歌声がユウに届くように。

 実は一度だけ──本当に一瞬ではあるが、ユウとリンクしたとミヤは言っていた。場所はこのギルドでだ。しかし辺りをくまなく捜索したが結局見つからずに終わった。そのときはミヤに疲労困憊の色が見えていたのでレイヴンと勘違いした、という結論が出た。

「ケホッ、ケホッ」

「おい!」

 やはり歌い続けて喉を痛めているようだ。ジンはすぐにのど飴を取り出してミヤに渡す。

 受け取ったミヤはすぐに包装紙を破って口の中に放り込み、転がすようにして舐めていく。

「ユウとはリンクしたか?」

「……ほんの一瞬……」

「! 本当か? レイヴンさんじゃなくて?」

「自信はない……ううん、絶対にユウだ。レイヴンさんと同時にリンクしたと思う……けど」

「ほんの一瞬だから判別はできない、か」

 ミヤはこくり、と頷く。

 やはりユウは、この近くに居るのだろうか?

2014/11/4 修正致しました。

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