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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第八章【本当の思い──それは叶わず】
105/133

01

 世界が再び闇で覆われていた。

 闇の眷属が使用する限定的な強化魔術でもある『死の世界』だ。

 辺りは殺風景な景色に囲まれ、校舎が廃墟のようなボロボロの建物に成り下がっている。ただこれは闇の眷属が見せるイメージであって、実際に校舎が廃墟になった訳ではない。

 この世界を創りだせるのは闇の眷属のみ。そしてユウはたった今闇の眷属と決着をつけてきたところだ。主であった〝絶望〟はもう存在しないし、〝黙示録〟も〝歌姫〟も新たな依代を見つけだすにはまだ時間がかかるはずだ。当然ユウは『死の世界』は創っていない。

 それなのにどうして『死の世界』が張られたのか?

 答えは目の前にある。

 モルス・レア・ウィリアム。リリアとリリスの実兄。女性と見紛うような風貌の青年。ユウと同じく闇属性の魔術師でありながら自由を手にしている特別な魔術師。

 そして闇の眷属が一人──〝狂炎〟。

 彼の右目は白目の部分が真っ黒に染まっており、瞳は金色に輝いている。

「おい糞虫」

「なに?」

「アイツがモルスなのか?」

「たぶんそうだと思うけど」

「……あたしの実の兄貴……」

 リリアは産まれてからこの方、実の兄であるモルスの姿を一度でも見た事はないらしい。ある程度の自由は手に入れてはいたが、モルスはあの屋敷からあまり外へ出た事も無ければ、家の中でさえ行動を制限されていたらしい。

 だから彼女は一度も彼と出会った事はない。今日初めてこうして邂逅を果たしたという訳だ。

「とにかく、アイツぶっ倒さないとあの糞親父もぶん殴れねえわ。お前との話もその後だ。釈だけど、力貸せよ」

「リリアは下がってろ、ていうか逃げてろよ……」

「うっせえのよ、さっきからそればっかで──って、あれ?」

「どした?」

 リリアの体から魔力の変動が感知できなくなっていた。すなわち、モルスによって『魔術無効エリア』が構築されていた。

 ユウの方も『無銘』に闇属性のイメージを流してみるが、刀身の色は一切変化しない。他の属性も同様で、うんともすんともいわない。ずっと白銀の光沢を放つだけだ。

「マズいね、こりゃ……」

 魔力を封じられた。この空間の中で自由に戦えるのは術者のモルスのみだ。

「炎の豪雨-lancea-」

 黒く燃え盛る漆黒の炎が降り注ぐ。

「リリア!」

「な、なにすんだ──」

「いいから逃げるぞ!」

 ユウは強引に手を引いてグラウンドから脱出する。

 しかし天空から降り注ぐ真っ黒な炎槍がどこまでもユウ達の後ろで着弾しては爆風と爆炎を撒き散らす。

 いくら走っても爆炎は襲ってくる。

「どこまで……ッ、はぁッ、走るつもり……!?」

 息切れをしながらリリアはユウに訊ねてくる。

「そりゃもちろんこの闇から出たらだけど……」

 それにしてもこの状況はますます不利になっていく一方だった。

 現在は爆風に巻き込まれないようにユウがリリアを引っ張って全力疾走しているのだ。ユウは全力で走ってもすぐにはバテないように体づくりはしているが、リリアはそうじゃない。今にも足がほつれて転倒しそうだ。

 それにユウ自身体が鈍っていたのもあってか、すでにバテ始めている。

「……少しは我慢しろよ……!」

「なッ!?」

 リリアを自分の方に引き寄せると、所謂お姫様抱っこでリリアを持ち上げる。

 そしてそのまま疾走していく。リリアが何度も降ろせと抗議するが聞いている暇は無い。

 しかしこのままでも状況は芳しい方向にはならない。

 少しでもこの状況を打破する方法を考えなくては……。

「魔力を使えないただの常人が、『強化』した魔術師に足で敵う訳ないよね」

 逃走に必死で魔力感知が鈍っていた。

 モルスは──すぐ側まで来ていた。

 魔力で赤黒く光る拳がユウの視界にはハッキリと入っていた。

「ましてや、魔人にはね……」

 骨の軋む音が脳髄に響く。

 ユウはリリアを抱えたまま宙へと放り出された。

 モルスの拳がアッパーカット気味にユウの顎に命中したらしく、視界が少し霞んできた。

 だがぼうっとしている訳にもいかない。

 真上には、モルスが落とした炎槍が落下している。

「ユウ!」

 リリアがユウに覆い被さるようにして炎槍の盾になる。

 そして炎槍がユウ達に被弾した。

 爆炎が二人を呑み込んでいく。

 炎が振り払われると、ボロボロになった二人が地面に横たわっていた。

「何で俺を助けるんだよ……柄にもない事しやがって……」

「うるせえなバカ。あたしはアンタが火属性に弱いって知ってんだぞ。知ってて放っておいたら、いくら嫌いでもそれは違う気がする」

「……だけらってお前が受ける事ないだろうに……」

 ユウは立ち上がり、リリアを自分の影に隠すようにしてリリアを庇う。

「どうして立ち上がる? もう無駄だよ。大人しく僕達についてくるんだ」

「イヤだ!」

 ポケットの中から二丁拳銃を取り出す。

 二つの銃口をモルスに向けて、ユウは引き金を引いた。

 だがカチンカチン、と虚しく金属音が響くだけで魔弾は発射されなかった。

 この空間において、術者以外の魔力は封じられる。

 当然魔力を必要とするこの拳銃だって使えはしないのだ。

「くそ……ッ!」

 ユウは走り出していた。

 魔力が使えない今、生身で突っ込んでいく事しかできない。

 拳を強く握りしめて、渾身の力でモルスの顔面に叩きつける。

 手応えはある。けれどモルスは平然としていた。

「これでわかったでしょ? どう足掻いても、キミは僕には勝てない」

 ただの拳では『強化』で硬質化したモルスの体は傷つかない。

 モルスの手のひらが、ユウの眼前へと伸ばされていく。

「これでキミは僕達の物だ」

 その瞬間、ユウの体は弾き飛ばされていた。

 突然の出来事でユウは理解が追いつかず混乱するが、弾き飛ばされた方向を見て全てを理解した。

「リリア……!」

 リリアがユウに突撃してきたのだ。

 しかしその代わりにリリアが結界の中に閉じ込められていたのだ。

 一度カガリと一緒に魔王城へ訪れたときに見た結界。カガリがあの魔術人形に拐われたときに見たあの結界だった。

「どうしてお前がその結界を……?」

 それよりも──。

「ホントに柄にもない事するんじゃないよ」 リリアは脱出しようと結界をガンガンと殴りつける。

 いっこうに亀裂すら入らない。

「ユウくんを捕らえるつもりだったけど、これはこれでいいか」

 そして金色の瞳がこちらを射抜く。

 逃げなければ、今度は捕まる。

 しかし今逃げれば、リリアを見捨てる事を意味する。

 ──そんな事できるか!

「ユウ」

「何なのリリア?」

「お前は逃げろ」

「え……?」

「あたしは大丈夫だから」

 ──何で大嫌いな俺をそこまでして助ける?

 ──どうしてそんな優しい表情を向けてくる?

「そんなの、俺が知るリリアじゃないだろ……!」

 ユウは逃げずに再び立ち向かう。

 不意にモルスが指を鳴らす。

 ハッ、とした頃にはもう遅かった。

 足元が揺れる。

 次の瞬間にはユウは大規模な爆発に巻き込まれていた。

『魔術名破棄』の『爆炎の園』。『完全詠唱』と比較すれば威力は格段に落ちるが、それでもユウを戦闘不能にするには充分すぎる一発だった。

 ──マズい、体が……。

 地べたに横たわるユウは指一本すら動けない状態だった。

 ユウは強大すぎる敵の前で完敗を喫した瞬間だった。

 意識が遠退いていく。

 その意識が途切れる手前で人影が見えた。

 それがレイヴンだと知ると否や、ユウの意識はそこでぶっつりと切れた。



「ユウ……!」

 ──どうして逃げなかった?

 確かにモルスから逃げきれる保証はどこにもないが、わざわざ勝てない相手に立ち向かうなどどうかしている。

 ユウの行動が理解に苦しむ。あれだけ嫌い合っていたのに、今になってどうして助けようとするのか?

 モルスの方を一瞥する。面識はあまりない──というより一度も会った覚えはない。ただモルスという名の兄がいると聞かされていたというだけ。

 今初めて会ったが、モルスはどことなくあのフリードと同じ雰囲気を感じた。だからきっと彼がフリードの息子──すなわち自分の兄なのだと直感した。

「え?」

 ふと倒れたユウの前に見た事のない人物が現れた。二〇代後半くらいの銀縁眼鏡を着用した青年。長身痩躯で肌は病的なまでに白い。

「誰なのキミは……?」

 モルスが訊ねても謎の青年は答えない。

 それにしてもこの青年は不気味である。ただならぬ雰囲気を纏っているくせに、その魔力がとてつもなく弱い。むしろ魔力の波動を感じないのだ。

「何をするつもりかはわからないけど、消えてくれないかな?」

 モルスの手のひらから黒い炎が点火した。その瞬間、不思議な事にその炎が砕けた。

 自然に消えるとかそういうものではない。まるで無効化されたかのような消え方だった。

「何が……起こって──……僕の魔力が使えない……?」 どうやらモルスは自分が魔力を使えなくなった事に混乱しているらしい。

 その隙に謎の青年は服の袖に隠し持っていたであろう刀を出す。

 鈍い銀色の光を放つ刀身は刃毀れしていた。

 そのボロボロの刀身が真っ黒に染まる。ユウが持っていた刀と同じタイプの魔装なのか。

 その瞬間、ユウが使っていた『夕凪』という魔術を発動する。

 モルスに漆黒の牙が突き立てようとする。

 モルスは携えていた深紅の片手剣で振り払う。

 金属音のような甲高い音が鳴り響いて、威力を失った『夕凪』は黒い粒子となって消えていく。

 気づけば、その青年とユウは姿を消していた。

「逃げられたか……」

 今度はモルスがこちらの方を一瞥してきた。

「でもキミが手に入ったから、良しとするか」

 そしてどこからともなくフリードが現れる。

 リリアの最も憎むべき仇敵。家族を捨てた父親。最低な奴だ。

「ユウは逃がしたか」

「すみません、父さん」

「いや、リリアが手持ちにいる以上、ユウは助けるために必ず現れる。そのときにでも捕らえればいい」

「おい糞親父」

 憎悪が孕んだ声でフリードを呼ぶ。鋭い眼光で睨み返されて思わず怯みそうになる。

「アイツがあたしを助けに来るはずがねえわ」

「それはどうかな? どうやらアイツは、お前を含めて自分が関わった窮地にいる人間を例外無く助けてきた。お前が知らないところでもずっとな」

「え?」

「セシルの事に関してもそうだ。あのときはマリアとかいうガキを救うためにセシルを殺した。そしてそれは、お前をもう一度悪魔(ファントム)化するのを阻止するという側面もあったんだがな……」

「どういう意味だよそれ……!?」

「話は屋敷に戻ってからだ。後でたっぷり聞かせてやる」

 リリアの視界が黒く染まっていく。何も見えなくなっていく。全身の力が抜けていくようにも感じた。瞼が重くなっていく。間もなくして、リリアは意識を手放した。

2014/11/4 修正致しました。

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