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第七章ラストです。
いつものように区切りのいい終わり方ではございません。
ユウは地上に戻ってきていた。すぐにリリアの元に辿り着くと、隣でしゃがみ込んで取り戻してきた魔力を注ぎ込んだ。
場所はグラウンド。ちょっと距離を離した所ではサラとメルが横になって眠っている。おそらくもうしばらくは起きてこないだろう。
ユウは全ての魔力を注ぎ終えた後、額に手を当てた。熱は無いようだ。ユウと違ってやはり魔人の体では熱暴走は起こりづらいようである。
ユウはそのまま意識を集中する。リリアの魔力を破壊して今日あった出来事を全て消去するつもりだ。
だがユウの手は簡単にはたかれた。
リリアがすぐに目を覚まして払い除けたのだろう。
「テメェ、今何しようと──」
「上手くいくかはわかんないけど、今日の記憶全部忘れさせようと思って……」
「どういう事だよ?」
「要は俺に会ったって事だけ綺麗に忘れてほしかったんだよ」
「んだと……? ていうかメル居ねえけど……同じような事したんじゃねえわよね?」
メルにも同じ事をしようとしたが、大魔術によってユウに関する全ての記憶を抹消させた。
「メルには大魔術使ったよ。リリアが倒れた後、メルが瀕死状態になっててさ……」
「おいお前……あれがどういう魔術か知って──」
「知ってるよ」
大魔術のリスクはユウがこの身で体験している。まさかそれを他の人に押しつけてしまう羽目になるとは思いもしなかったが。
「ただ、忘れてもらってた方が都合が良かったかも」
「お前が死ぬからか?」
とりあえず黙って頷いておく。それもあるが、今はできるだけ死という選択から外れようとしているのも事実だ。それでも例えユウが生という選択肢を選びとったとしても、ここに戻ってくるつもりはない。ここではいろんな人に迷惑をかけすぎた。だからユウはファティマという大切な人がいる閉じた世界で根を下ろすかもしれない。
「あたしはお前が居なくなるなんて絶対に嫌だ」
「え?」
「どうして最初っから全部話してくれなかったんだ? 突き放されるより、嘘つかれて本当の事隠される方がよっぽど辛いんだよ」
「……本当の事知ったって、お前じゃ何もできないよ。むしろ知らなかった方が良いって事だってあるんだ。だから──」
もう忘れろ、とユウはすぐに手を伸ばした。リリアの記憶を破壊するために。
本当に物事は思った通りにはいかないものだ。今になって話が拗れようとしている。死ぬはずだったから離れたのに、生き延びる事ができると知ったのに意固地になってまで皆が居る世界に戻ろうとしないユウが本当に愚かみたいだ。
けれど彼女達はユウが居ない方が絶対に幸せになれる。ユウがこれ以上掻き回すわけにもいかない。
ユウの伸ばした手がリリアの額に触れる──その寸前、黒い炎がユウを襲った。
咄嗟にリリアを突き飛ばし、魔力でシールドを張る。
防ぎきると、ユウは襲撃者の方を睨んだ。
二本の山羊のような角に深紅の長髪。整った顔立ちは女性のように見えた。
否、ユウは一度だけこの人物を見た事がある。一〇年前にフリードの屋敷でだ。
ユウと似た力の持ち主。ユウと同じく闇の眷属に因子を持って生まれてきたであろう青年。
彼は歴とした男性。フリードとリリィの間にできた第一子。リリアとリリスの実の兄。
モルス・レア・ウィリアム。
「二人とも、あまり抵抗はしないでくれよ」
女性に見間違えそうな風貌なのにまるで声変わりしたてのような声のギャップに若干戸惑いながらも、ユウは刀を構えた。
「よしてくれよユウくん。僕はキミと事を構えるつもりは無いんだ。僕はただキミ達二人を貰いに来たんだよ。父さんの願望の実現のために」
「そんな事させるかよ……!」
ユウは知っている。モルスとリリアの父親──フリード・レア・ウィリアムが何者であるかを。
ケイゴの二丁拳銃から読み取った戦いの記憶の中で見つけたのだ。
フリードこそが、今までウィルスを振り撒いてきた張本人だと。
「やはりお前は素直に私の元には来てくれないな」
聞き覚えのある声がユウの耳の中に侵入する。
ユウもリリアも目が見開いていた。
そこに現れたのが、フリード本人だからだ。
魔人にしては珍しくがたいの良い体つき。深紅の逆立った短髪。そして魔人特有の山羊のような二本の角。その深紅の髪は魔王家系の証でもある。その名残からか、彼は魔人貴族でも上位の公爵という地位を手にしている。
「ぶっ殺す……!」
リリアの怒りが頂点に至った。彼女はフリードをひどく恨んでいる。
だがユウはリリアの制服の首の後ろを掴んで制止させる。
「おまっ……離せよ! あたしをアイツを──」
「わーってるよ、けど落ち着け」
どうどう、言い宥めるもますます彼女の表情は不機嫌なものになっていく。
「と、とりあえずお前一人で突っ走って勝てる相手じゃないだろ、アイツは」
「……それもそうだけど……」
「──にしてもを、どうも解せないな」
フリードは己の野望のために自分の元へ力を集めているのだ。例えば闇の力。闇の力は使いこなせれば絶大な力を発揮する。だからフリードはユウを欲していた。
しかしモルスは言っていた。ユウだけではなくリリアまでも貰いに来たと。
「何でリリアまで……?」
「あ? なにぶつぶつ言って──」
「ユウ」
リリアの声を遮るように、フリードの低音の重い声が発せられた。
「お前、私達がなぜリリアまで欲しようとしているのか、不思議そうな顔をしているな……まさか何年も共に居たのに気づいていないとはな」
「生憎、一〇年前から今も継続中でまともに会話すらしてないから、俺コイツの事ほとんどわからないんですわ」
「ふん、無知とは末恐ろしいな。モルス、抵抗できなくなるまで叩きのめせ」
「はい、父さん」
闇が再び世界を覆った。
黒炎を操るモルスの右目が金色に輝いて見えた。
2014/11/4 修正致しました。




