08
次回は第七章のラストです。
闇の眷属の主である怪鳥──通称〝絶望〟。彼は元人間だったはずだ。だが彼らのような闇の魔術師が世界に復讐のためだけに力を蓄えて人外へと変化する。
それが闇の眷属。あの怪鳥はその力の成れの果てだ。
ユウは周囲に気を配った。光が射さないこの地下室では外の様子はわからないが、独特な『嫌な感じ』が消えていない事を鑑みるに『死の世界』はまだ解除されていないのだと思う。
〝黙示録〟が築いた『死の世界』の支配権が〝絶望〟に移ったとみて間違いないだろう。
『死の世界』を行使した〝黙示録〟をなんとか退けはしたがトップである〝絶望〟の力は計り知れないし、『死の世界』を手にした今の状態でユウは本当に勝てるのかどうか疑問になってくる。
「あの……」
メルが心配そうに話しかけてくる。
「よく状況はわかっていないないけど、アイツを倒さなきゃならないっていう事はわかるわ。お願い、手伝わせて」
そうは言うが、どこか他人行儀な感じがする。それもそうだ、メルのユウに関する記憶は全て抹消してしまったのだから。
「ダメだ。もうキミは帰れ」
「でも……!」
ユウは強行手段に出た。メルの小さな頭を鷲掴みすると、魔力の波動を当てた。
零距離で魔力の波動を当てれば脳震盪でメルの意識は失う。壊れた人形のようにメルは倒れていった。
〝黙示録〟を串刺しにしていた『無銘』が磁石で引き合うみたいにしてユウの手元に戻ってくる。
そして『無銘』の刀身が赤紫色になり、縦に虚空を斬り裂く。
そこから裂け目が発生し、ユウは殴って裂け目を大きくして穴を作る。空間を飛び越える事ができる穴だ。
「ごめんなメル。だけどもう俺に心配かけさせないでくれ」
この戦い、もう彼女を守りながらでは戦いきれない。
それにこれだけ闇の魔力が充満してしまった。最悪メルまでもが闇の魔術師になりかねない。
それほどまでに、常人には闇の魔力は毒なのだ。
「空間転移-vagatio-」
その穴の中にメルを放り込む。行き先は現在サラが倒れているグラウンドだ。
ここから先はユウただ一人だけの戦いだ。
『一人じゃないですよ』
不意にユナが言葉を発した。
「……ああ、そうだな。頼りにしてるぜぃ、ユナ」
〝絶望〟から雄叫びが上がった。
その咆哮に呼応するように、地面から何かが這い出てきた。人間のようで人間じゃない、まるで魔術人形のような何か。〝黙示録〟の能力である従属の召喚だ。
闇の眷属〝絶望〟の能力は、現在眷属の因子が残っている型のコピーだ。
ユウが知っている眷属の型は〝歌姫〟〝黙示録〟〝堕天使〟の三つ。今はこれだけしか残されていない。否、正確にはもう一つある。ただユウはそれが何かは知らない。
──ま、だいたいは検討がつくが。それにしても……。
「面倒な事をしてくれるな……ったく」
ユウが悪態をつくと、従属達が一斉に襲ってきた。
その手にはサーベルを携えており、それらから『夕凪』が放たれた。
ユウの『無銘』から黒い稲妻が迸る。
今残っている魔力を全て注ぎ込んでいく。
今の魔力でできる最大の攻撃魔術を放つ。
「夕凪 天誅-yunagi tentyu-」
天空から地面を突き破ってこの地下室に特大の雷が落ちる。
ユウを巻き込み、〝絶望〟も従属も全て巻き込む天から裁きの一撃。
雷鳴が空間を支配する。
圧倒的な雷撃がここにいる全てのものを粉砕していく。
そのはずだった──。
『天誅』で魔力を回復したので一〇枚の翼は復活している。
『天誅』はユウ以外のものを殲滅する。
「参ったね、こりゃ……」
だが〝絶望〟は倒れてはいなかった。
気づいた頃には嘴が大きく開いており、その奥から黒い炎を吐き出していたのだ。
大口を開いた黒炎がユウを丸呑みにした。
反射的にユウは闇の魔力を解放し、黒炎を打ち砕くが次の雷鳴には気づかなかった。
気づいた頃には、黒い光がユウに降り落ちていた。
「うぐ……!」
ユウが持つ〝堕天使〟の力。まさか自分自身の力で瀕死状態に追い込まれるとは。
弱かったとはいえ、これをくらってよく〝黙示録〟は平然としていられるものだ。
『ご主人様、しっかりして!』
ユウは体の言う事が聞かなくなっていた。
まりで鉛の鎧を着たかのように体が動かない。
背中の翼は四枚。まだまだ魔力が残っていても、もう戦う気力が残されてはいなかった。
〝絶望〟の羽ばたく音が聞こえた。
『ご主人様!』
ユナの長刀状態が解除され、黒竜の形態に戻る。
〝絶望〟の羽ばたきは無数の『夕凪』を生む。
今のユナの目の前にはその無数の『夕凪』が迫ってきていた。
ユナがそれらからユウを守る壁のようになり、黒焔を吐いて『夕凪』を破壊していくが数が数だけに全てを砕ききれずにユナに直撃していく。
竜鱗で守られたその体でも、『夕凪』の刃は食い込んでいく。
ユナの巨躯から大量の鮮血が飛び散る。
それでもユナは倒れない。主のために、彼女は身を挺して主人であるユウを守っている。
「やめろ」
このままではユナが死んでしまう。
どうすれば〝絶望〟を打破できる?
ユウは頭の中で〝絶望〟を打ちのめす算段を立てていくが、どれも上手くいきそうにない。
そもそも闇の眷属の血からを全て行使できるなら、『制裁』を使えたっておかしくない。
ユウの攻撃が全く通用しない事だってあり得る。
──何か手は……。
──父さんはどうやって……?
「そうだ……」
〝絶望〟は『天誅』にも耐えうる耐久を持っている。そもそも『制裁』のせいかもしれないが。
それでもダメージを与えるには脆い場所を突くしかない。
そして今の〝絶望〟には丁度『弱点』が存在していた。
「父さんがつけたあの傷を狙えば……」
諦めかけていたときに見えた一筋の光が見えた。
まだ希望があると知り、ユウの気力が蘇る。
──まだ……、戦える。
穴が空いた天井から月光がユウを照らす。その光に反射して、『無銘』の白銀の刃が美しく光る。
──俺だって、闇の眷属なんだよな……。だったら……!
ユウにも『死の世界』を創れるはずだ。少しでも力が欲しい。
『夕凪』の風が止む。
突然の事で、〝絶望〟が狼狽えているように見える。
「ご主人様……?」
「ユナ、もういい戻れ」
黒い光の球体となってユウの足元に展開していた魔方陣に沈み込んでいく。
〝絶望〟が切り刻まれたようにボロボロになっている地面を見下ろしてくる。
ユウを見下ろして『何をした?』と訴えかけるように睨みつけてきた。
そしてユウは不敵に笑った。
「『死の世界』の支配権は俺が貰った」
ユウは『死の世界』を奪い取り自分の物にしていた。そのうえで『魔術無効エリア』を構築した。
ここで魔術が使えるのはただ一人だ。
〝絶望〟が空を舞った。『魔術無効エリア』を抜け出してもう一度『夕凪』の蹂躙を放つつもりだ。
──逃がしはしない。
ようやく見つけた勝ち筋をユウは逃さない。
背に生えた四枚の翼が羽ばたき、〝絶望〟を追う。
目指すのはただ一点のみ。
過去にシドが突き破った脳天。
ユウは〝絶望〟を上回る速度で追い越し──、
旋回して──、
『無銘』の鋒を突き出した。
白銀に輝く一閃が〝絶望〟を突き破る。
頭蓋骨をかち割る感覚が腕に押し寄せる。
白銀の刃が沈みこんでいく度に黒い血が飛び出してくる。
〝絶望〟から断末魔の雄叫びが上がり、気づけばユウは闇に囲まれていた。
闇から数多の兵隊である従属が現れる。
従属はサーベルを携え、一斉に降り下ろす。
「頼む、上手くいってくれよ……!」
闇の眷属を討ち滅ぼすには光属性しかない。
ただユウの光属性はあまりにも弱すぎる。それは〝黙示録〟との戦闘で実証済みだ。
弱いのは、ただ単にユウの光属性が微々たるものだったからかもしれない。
だがそれ以前にあの攻撃が光属性の攻撃として確立していなかったのが原因だ。
ならば──作ってしまえばいい。
今ここで、ユウ自身が光属性の魔術を確立させてしまえばいいのだ。
撃ち出すイメージは決まっている。『夕凪』と同じだ。
白銀の刃が純白に染まり、白い稲妻が放電していく。
「これで終わらせてやる」
頭の中に出てくる一つのワード。これがこの『魔術』の名でありトリガーだ。
その瞬間、四枚あるうちの二枚の翼が白く変わった。
「春雷-syunrai-」
白い閃光が闇を砕く。
光が闇を覆っていき、その中で闇が融解していく。
怪鳥の形を象った〝絶望〟も光の中で溶けていく。
従属達も刃がユウに届く寸前で力無くして消えていく。
闇が消滅し、ユウはふわりと地面に降り立つ。白と黒の羽が足元に舞い落ちた。
「返してもらうぞ、みんなの魔力」
ユウの手にはリリアの『魔泉』がまとわりついていた。
見上げれば、今まで〝黙示録〟が集めた転生者達の魔力が宙を浮いており、色鮮やかな空を作り出している。この魔力も直に宿主の所へ還っていくはずだ。
ヒビが入るような音が聞こえた。
ユウが〝絶望〟から奪った『死の世界』を解除したのだ。
短かった闇の支配がようやく終わりを告げた。
●
見渡す限りの真っ白な風景がメルの目の前に広がっていた。
ここには何もない。そしてどの世界にも決して存在しない場所でもある。
なぜならここはメルの精神が作り出した心象世界でしかないのだから。
「メル……」
誰かの呼ぶ声が聞こえる。この声は白竜のルナのものだとすぐに理解した。
「ルナ、さっきね不思議な男の子に会ったのよ」
「……知ってます」
「だよね。あなたと私は一心同体みたいなものだから。それでその男の子、自分の事悪人だなんて言うのよ? 私には全然そんな風には見えなかったけどね」
「……メル、やっぱりあなたは忘れてしまったのですね」
疑問符が浮かぶ。いったい何を忘れたというのだろう。
「そうですね、あれはそういう魔術ですよね。メル、本当に忘れてしまったのですか? あの人の名前も……」
「名前……?」
そういえばあの少年は名乗ってはいない。けれどあの少年はメルの名を知っていた。どこかで面識のあったのだろうか?
「思い出して。確かにあの人は悪人と思われて当然の行いをしてきました。けれどあなたは理由があるはずと、信じていたじゃないですか」
心象世界であるはずなのに頭が痛い。思わず頭を抱え込む。
「ここから先はあなた自身で思い出さなければ……そうでなければあの魔術の呪縛から解き放たれません。すぐにとは言いません。だけどあなたにとってあの人との記憶は大切なものでしょう?」
どうして記憶が飛んでいる?
どうしてあの少年との思い出が無い?
あの少年の名前は──?
「思い出せないよ……」
メルの中でずっと大事だったものが、すっぽりと記憶の中から抜け落ちていた。
欠落した記憶はいつか戻ってくるのだろうか?




