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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第一章【偽りの姫君】
10/133

08

 ユウの体が仰向けになったまま動かなくなっていた。地面が揺れているような気がする。磯の匂いが漂っているので、船の上なのだろうか。

 蒼天の空をただじっと見上げていた。朧な意識で、虚ろな瞳で。

 かろうじて動かせる左腕を自分の目の前に持ってきて左手を見る。

 ゾッとした。

 手が血で真っ赤に染まっていた。自分の手なのに自分のではないような気がした。

 きっと身体中が傷だらけで、真っ赤に染まっていることだろう。

 ──ここで死ぬのか。

 気づけば二人の女の子が自分を覗き見るように見下ろしていた。

 顔がはっきり見えない。霞がかかったかのようにぼんやりとしていて、輪郭がはっきりとしない。わかるのは、二人とも鮮やかなピンク色の髪であるという事。そして頭から角が二本生えているという事は大嫌いな魔人だろう。

 何で女の子ってわかったのか?

 雰囲気から?

 それとも、初めから女の子って知っていた?

 そもそも、知り合いだったのか?

 頬に何か生暖かいものが落ちる。それが涙だと理解するのに時間は要らなかった。

 ──何で泣いてるの?

 ──何でキミ達は俺のために泣いてるの?

 ──キミ達は誰なの……?

 意識が消えてなくなりそうだ。このまま目を閉じてしまえば──きっと……。



      ●



 最悪な目覚めでユウは少し気分が悪かった。

 自分が血塗れになっていて、それを二人の女の子が泣きながら見下ろす。そのまま目を閉じて死んでいく。

 これで何度目だ?

 幼い頃からずっと見続けた夢。数えたことなんてない。

 ──あの夢に出てくる女の子、リリアとリリスに似てる気がするんだよな。

 しかしあの二人がユウのために泣く訳がない。

 左手を見る。夢で見た自分の手は小さかったら、自分が幼い子供だったと設定だったのだろう。

 ただあの夢は実際にあったのだろうか──思い出せない。

 ──まさかあの二人が俺を好きになってほしいという俺の深層心理が写し出した夢!?

 少しだけ自分にドン引きした。

 別にマリアみたいにベタベタするくらいまで、とはいわないがある程度は険悪な関係を何とかしたい。

 ただ自分で自分に引いてして虚しくなった。それに好かれたいと思うなら、幼かった頃のじゃなくて今の姿でやってほしい──いや、やっぱりいい。

 あんな夢、実際にあったのかどうか思い出そうとして頭が痛くなってきた。ていうかトイレに行きたくなってきた。

 ユナの抱き枕状態から解放されるためにもがくが、こんな細い腕のくせに力があるせいでなかなか離れない。昨日は簡単に引き剥がせたというのに。

 結局ユナから解放されたのは、もがき続けてから一〇分後だった。無駄な体力を使って息が上がる。

 下にあるトイレへと向かっていく。

「あ……れ?」

 視界が歪む。ボーッとしてきた。それに何だか熱っぽい。

 ──そうだった。

 昨日の夜、今日は体調を崩すと予測していたのをすっかり忘れていた。

 頭が痛かったのも、力が入らなかったのも、全部これのせいだ。



 義理の父親。母親。それと二人の妹。その人達と食卓を囲むのはいつもの光景だ。その中に義理の兄は居ない。

 いつものように朝食をとっていたとき、上の方から何かが転がってくる音が聞こえた。音は段々と下の方に降りてきてピタリと止む。

 突然の事だったので皆思考回路が停止してボケっとしていた。

 間もなくしてまた上の方からドタバタと階段を急いで駆け降りる音が聞こえたかと思うと、

「ご主人様ー!?」

 今の音で起きてきたであろうあの糞虫の使い魔の声が聞こえた。

 リリア以外皆階段の方に向かって行く。リリアは口に含んでいたご飯をゆっくりと咀嚼してから家族の元に向かって行った。

「なあ、どうしたんだよ?」

 階段に集まっていた集団に声をかける。

「……すごい熱……」

 集団の内側を覗くと、リリスがユウの額に手を当ててそう呟いていた。

「お兄ちゃん、死んじゃダメだよぅ~」

「別に死にゃしねえわよ」

 ──ただの風邪だろ。

 そのくらいでこの糞虫がくたばる訳がない。そもそも、風邪を引く事自体珍しい。最後に風邪を引いたのはいつだったのか覚えてないくらいだ。

「リリィ、学校に連絡してくれ」

「はい」

 ……家族に心配かけさせて、困った糞野郎だ、とリリアは口の中だけで呟いた。



      ●



「……ッ!!」

 悪夢で目が覚めた。肌にベッタリとした汗が張りついている。さっきも変な夢で起きたし、今は悪夢で起きるしすごく最悪な気分だ。

「今お寝覚めになったんですか?」

「うぉっ、ビックリしたー! 脅かさないでよかあさん。ってここ、リビング?」

 目を覚ませば普段居る事のない部屋に居た。起きてすぐ声をかけられ、さっき見た悪夢も相まって異常に驚いた。寿命が縮まるかと思った。ついでにチビりそうだった。

 …………。

 そういえば倒れる前にトイレに行こうとしていた事を思い出す。漏らしていないか確認する──大丈夫のようだ。一応リリィにも確認をとる。

「かあさん、俺漏らしてないよな?」

「? 何の事です?」

 この反応からして漏らしてはいないようだ。

 安堵した途端に急に尿意が蘇ってくる。

「ユウさん、どちらに行かれるのですか?」

「トイレ」

「もう出歩いても平気ですか?」

「でーじょーぶでーじょーぶ」

 布団を取っ払っていざ行かん、我が家のトイレへ。

「あれ?」

 思っていた以上にまだ体に負担が残っていたようだ。体に力が入らなくなる。また倒れてしまいそうだ。

「全然大丈夫じゃないじゃないですか」

 リリィに体を支えられて転倒を防いでもらった。

 額に手を当てて「まだ熱が下がっていないようですね」と呟く。

「一緒にトイレまで行きましょうか?」

「だが断る」

「そうですか?」

「心配してくれて嬉しいよ。でもあとは一人でも大丈夫だから」

 フラフラしながらもどうにかトイレまで辿り着く。今気づいたが、上の方が騒がしい。ユナが暴れているのだろう。何でかは知らないが。

 ──……あの夢……事実なのかな……?

 先程覚醒する前に見ていた悪夢の事について考えていた。また自分が学園に入る前くらいの年齢だったが、今度は血塗れでぶっ倒れているのではなくかあさん(リリィ)をキズつける最悪な夢だった。

『本当の母さんでもないのに母さんぶるな!』

 父親が結婚して新しくできた母親。リリィはユウを息子同然のように育ててくれた。当時のユウはそれが煩わしく思い、遂にはその思いを爆発させて今の言葉を発してしまった……のだろうか?

 血塗れになっていた夢は実際にあったかどうかはわからない。でも今回の夢は、ボヤっと覚えているような気がする。さっき夢を見て思い出したといった方が正しいのかもしれない。

 では、あの血塗れになっている夢も事実なのだろうか?

 ──だったら俺、死んでるよな。

 あの夢の最後は自分の死。あの夢が本当に事実なら今こうしてトイレに居ない。

 用を足してリビングに戻ってくる。

「かあさん、ユナは?」

「あの子なら屋根裏部屋に閉じ込めましたよ? 今日一日だけは屋根裏部屋に戻らないでくださいね?」

「え? 何で?」

「襲われますよ? あの子ったら、ユウさんが弱った事を良い事に……」

「ああうん、わかったよ」

 ユウは何かを察して頷いた。

 それにしてもあの黒竜を閉じ込めるリリィの力量には驚かされる。

 確か『空間支配』とかいう魔術だったような気がする。空間に術式を刻むことで条件を与え、その空間内での行動を制限させたり、別の空間に飛ばす強力なレア魔術だ。これを扱えるのはおそらくリリィしかいない。未知の属性である光あるいは闇の魔術師よりも希少な魔術師かもしれない。火水土風の『四大属性』でも光闇の『稀有属性』でもない──確か『個有属性』という、その人にしか与えられない属性だ。

 ユウは今まで自分が寝ていたリビングのソファーに戻り、もう一眠りしようと思い横になった。

 時間を確認すれば午後四時ぐらいだという事がわかる。あれからずっとこの時間まで眠っていたのか、とちょっと驚く。 この時間帯ならば学園の授業は終わっているはず。今日はどんな授業だったのか少し気になる。真面目に受ける気はサラサラ無い訳だが。

「ユウさん、せっかくだからお話しませんか? 同じ家に住んでいるのにあまり会話がないので」

「うん、いいよ」

 結局寝る事はできなかった。でも横になっている方が楽だ。

「ユウさんって、魔人が大嫌いなんですよね?  どうして私達と一緒に居られるんですか? 私達だって魔人なのに……」

 ──いきなり何て事を訊いてくるんだ。

「そりゃあ多少無理してでもここに居ないと……。アイツらがアイツらのせいで俺がいなくなったと思われるのが、どうしようもなく嫌だし」

「クス、ユウさんは嘘つきですね。昔は私達家族は別だって言っていましたのに」

「……そうなの?」

「ユウさんが覚えていないのは当然ですよ。随分と昔の事で──」

「記憶を失ったから?」

「……!!」

 身に覚えはないのに過去に実際にあったようなボヤっとした感覚。

 実はユウの中では一つの仮説ができていた。それは記憶喪失。そう思ってリリィにカマをかけてみたが、面白いくらいに反応していた。

 ──やっぱりそうか。

「ユウさん、まさか記憶が……?」

「うんにゃ、ただボヤっと思い出しただけ。できれば思い出したくはなかったけど」

「え?」

「かあさんをキズつけたからさ」

「……あのときですか」

「あのときは、ごめん」

「その話ならもう決着はついていますよ。ちゃんとその後謝りに来ましたし、その日以降から私のこと『リリィさん』と呼ばなくなったので私は嬉しかったんですよ」

「……そうなんだ。じゃあ俺からもかあさんに質問」

「何ですか?」

「ズバリ、何でとうさんと結婚したの? リリアとリリスがいるんだから、前に旦那がいたんだよな」

「……私は元々あの人のことが大好きなんですよ。学生時代から。でも魔界出身って事もあり、世間体を守るためにお父様と元旦那の方が無理矢理婚約してしまって……」

 魔界──魔人の王国だ。あそこの魔人は特に平民を見下す傾向が強く、同じ人間と思っていない。魔王の娘であるカガリもそこの出身だ。だからユウのことを最初は侮辱するのかと思っていたが、なぜか異常になついてきた。

「それで前の旦那とうまくいかず離婚して、独り身だったとうさんとまんまと結婚しやがったんだな」

「はい。おかげで勘当させられましたけど、今は幸せですよ。ユウさんがいた事にはビックリしましたけど」

「俺もとうさんがかあさんみたいな綺麗な人に好かれてるのにビックリした」

 何気ない会話でリリィと話していたら玄関のドアが開く音が聞こえた。その後ドタバタと騒がしい音がこちらに向かって来たかと思うと──、

「お兄ちゃーん!」

「ぶへぇあっ」

 マリアが勢いよく突撃してきた。心なしか鼻息が荒い気がする。

「お兄ちゃん熱はもう大丈夫? まだ具合悪い?」

「今朝よりはずっとマシだよ。そんなことよりさ、なにナチュラルに布団の中に入ってくるの? かあーさーん、マリアに襲われるー」

「別に良いじゃないですか」

「息子が使い魔に襲われるのは黙ってないくせに、娘に襲われそうになるのはスルーですか!」

 マリアの顔が近い。っていうか目を閉じて頬を紅潮させるな。桜色の唇を突き出そうとするな。

 だが、すぐにマリアの顔が引っ込んで消えていく。誰かがマリアを引っ張り出したようだ。その誰かを確認してみると、どうやらリリスのようだ。未だにマリアの足首を掴んでいる。

 なんか怒っているように見える。とはいっても彼女は無表情なものだから本当に怒っているのかどうかは定かではないが。

「もう、リリス姉ってば何するの!?」

「……それ以上はダメ」

「むぅ……」

 リリスが凄むとなんか怖いな~、と呑気に心の中で呟く。

 そのリリスがユウの方へ近づき、横になっているユウの顔を見下ろす位置にまで来ると、黙ったまま見つめてくる。

 すごく緊張する。何かされるのではないかと内心ヒヤヒヤしている。

 そういえばリリスが扱う魔術の属性は水。水ならば治癒魔術を使え、彼女は治癒魔術が大の得意だと聞いた事がある。

 ──そういや、俺に治癒魔術かけてくれたのかな?

 だが、リリスが大嫌いなユウにそんなものかけてくる訳がないとは思うが。

 リリスがユウの額に手を当ててきた。若干だが顔が少し険しくなる。

「……熱、まだ下がってない」

「そうなんですよ。変ですよね? リリスさんが治癒魔術かけてくださったのに……」

 リリィの発言により、リリスが自分に治癒魔術をかけてくれていたことが判明した。嫌いな兄になぜこんなことしてくれたのか疑問だ。

「リリス姉の魔術ならすぐに治るはず。どんなに重症だったとしても一眠りすれば良くなるのに……」

「ユウさん、その熱何か変じゃないですか?」

「え、そんなことないよ?」

「……魔力の熱暴走なら、私の魔術が効かない理由も説明がつく。……けど、兄さんにそんな熱暴走するほど魔力は持ってないはず……」

 なぜそんな怪訝そうに見つめてくる。

 ──そんなに俺が変な熱を出すのが気に食わないのか。グレちゃうぞ。

 そのとき、家のチャイムが鳴る。いそいそとリリィが玄関の方に向かっていく。

「あら、サイガさんじゃないですか。ユウさんのお見舞いですか?」

「はいそうです。お邪魔します」

「どうぞ。ユウさんならリビングに居ますから」

「屋根裏部屋じゃないんですか?」

「あそこはちょっといろいろありまして」

「そうですか……」

 リリィとサイガの会話が聞こえて、間もなくしてサイガが顔を出す。昨日は熱出してぶっ倒れていたのが嘘みたいにいつも通りのサイガだ。

「ようサイガ。ってか、リリスもそうだけど部活どったの?」

「今日は無くなった。で、サラ先生に頼まれてお前のお見舞いに来た。昨日とは逆だな」

 全くもってその通りだった。昨日と立場が逆になっている。

「……そういえば昨日、サイガ先輩熱で学校休んでた」

「口振りからすると、昨日はお兄ちゃんがサイガさんのお見舞いに行っていた事になるよね。っていうことは、お兄ちゃんの得体の知れない熱の病原菌はサイガさんから?」

「……ユウ、なんか俺、あの二人から睨まれてるんだが……」

「一回外出ようか」

 まだフラつく足取りで立ち上がる。みんな心配そうに見つめるが問題はない、はずだ。

「お兄ちゃん」

「うん?」

「男同士はダメだからね」

「何が!?」



 外に出た二人は側に誰もいないことを確認すると、秘密の話を始める。

「で、お前が女だって知っちまった奴、誰かわかった?」

「いや、わかってねえよ」

「そうか」

「……あ、そうだ。話変わるけどお前、運動会で対抗リレーのアンカーと、クラス別戦闘の選手に選ばれたぞ」

「……サイガが?」

「お前だよ、お・ま・え! そう言ったろ!」

 もうすぐで運動会だったことを今思い出した。

 学園の初等部、中等部、高等部(特別クラスは除く)合同で行う大型イベントの一つだ。チーム編成はクラス別である。

 ユウが選手に選ばれた対抗リレーというのは、魔術あり、妨害ありの何でもありのリレーだ。

 そしてクラス別戦闘とは高等部だけで行う文字通りの試合だ。戦闘の技術なら魔力のランクは関係ないので一応平等な勝負になっているが、それでも魔力があるA組が有利ではある。対戦カードはランダムで決められ、一年のA組と三年のD組がぶつかるなんて事もあり得る。魔術の使用に長けたA組が勝つのか、ただ戦闘が強いD組が勝つのかは終わってみるまではわからない。ちなみに勝てばポイントは大きいのでみんな本気だ。

「何で俺なんだよ……」

「そりゃあの黒竜に勝ったうえに契約までしてるからな。みんな期待してるんだよ」

「……去年までマジで俺が最弱だって忘れてるよな」

「ははっ、そうだよな」

 ユウはメンドーだなー、とぼやいて、サイガはそれを見てただ苦笑いを浮かべていた。

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