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喧噪は、また消えた

作者: 上村 智

 今日は3回、3回言われた。


 わたしのことをよく表現する言葉。

「ホント、天然!(笑)」みたいな。


言わせてもらいますとね、わざとやってんの、わざと。これでもさ、そう見えるように苦労してんのよ。

…なんて、問いかけてみる。前でゲームに夢中の制服着た小学生に。帰りの満員電車の中。


 実は最近、リカのこっちをうかがう目がちょっと怖い。

気づいているのかな。だから、そういう目?

理由は自分が一番よく知ってる。

はっきり言おう。そう、わたしは恋をしている。

リカの、彼氏に。


「えーっ」とか言うんだろうな、ふつう。そうです、それが正常です。

でもわたしは違ってる。

わたしは愛する人を愛してる。

あれ、文章も心の中も複雑だよ? これ。

つまり、わたしは愛する人のいる人が、好きだ。


いつからだろうな、そういうの。

でも、高校生の時には自覚があった。

彼女のいる同級生が好きで好きでたまらなかった。

親友と二人でファンクラブなんて言ってふざけてたけど、心の中はマジ。

でも、この感情って厄介なものでさ。だって考えても見てよ。

わたしは叶うわけない恋をしている。


 例えば、高校生の時に好きだった彼。

親友にも言ってないけど、実は告白なんてしてみたりしてた。

「振り向いてくれなくてもいい(いや、むしろ振り向かないで)。でも、こんな気持ちを持ってる人もいるってこと、知っていて」

とか、なんとか。情熱的だね、若いっていいね。

そしたら、幻滅した。

だって、彼は彼女と別れて、わたしと付き合おうとしたから。

ありえないよ。彼女を大切にするアンタがよかったのにってなって、はっきりお断りした。

そういうこと。そうです、わたしの将来の夢は上司の浮気相手です、みたいな状態。

笑っちゃうよね。


 リカの彼のカイくんとは、飲み会で初めて会った。

なぜかちょっと緊張していて、リカも気恥ずかしそうでいいカップルだな、って思った。

一週間後がリカの誕生日で、プレゼントは何がいいかな、なんてリカに内緒で相談をされた。

プレゼントを一緒に選びに行ったりした。カイくんはまるで恋する女の子のように長く考えて、リカへの誕生日プレゼントを選んだ。

その時の彼の目が忘れられない。

真剣で、でも優しい目。わたしの視線に気づくと、苦笑い。

そうだ。わたしは恋に落ちた。友人の彼氏に。


 はて、わたしがそんな奇妙な恋愛遍歴を持つようになったのか。ここで、種明かし。

有力な説には(自分で考えたのだけど)、わたしにとって父親が薄い存在であること。

よく聞く話では母子家庭で育った女の子が年上を好むっていうけど、たぶん、同じ感じ。

では、わたしの場合はどうか。

わたしの父はいわゆる行方不明者というやつだ。

会社の出張に行ったまま、もう4年も帰ってこない。

仕事だよ、と言って仕事じゃなかった。

手紙も連絡もない。…生きてるのかな。

それまでも出張の多い父親だったし、一緒になって遊んだ記憶は今や、ゼロ。

そしたら、こういう子供になった。ありゃ、つじつまが合わないけど。


 大学生なっても、家族構成を聞かれるのは慣れない。

「わたしと母の二人暮らしです。…あ、そうだ。父は出張中」

相手の顔色を見て付け足す。ね、ウソはついてないでしょ。

そう答えると、多くの子は、こういう。

「びっくりした。母子家庭のカワイソウな子なのかと思った。まったく大事なこと言い忘れるんだから。やっぱ、天然」

カッコワライ。ケラケラ。ヤカマシイ。…ホントウニ、ケタタマシイヨ。

当たってますよ。きっとあなた方から見ればわたしはカワイソウな子です。

一応、片親の苦労も知ってるつもり。

だから嫌なのだ。大学のわたしの周りの友人たちはまるで平和ボケ。

何にも考えない。考えなくていい。両親そろった、ほんわかした日向からきっと一生、出ることのない子たち。

あぁ、実はカワイソウな子たち。言ってやる。

やつらにイライラするときもある。でも、それって同等じゃない? 無理。お断り。

つーわけで、付き合い方として一番のんびりと構えてられるのは、天然という性格の子だなって感じた。

だから今は、毎日、みんなから笑われて暮らしてる。

わたしには友達いっぱい。わたしのことを好きな男の子もいる。でも、わたしは切ない恋をしている。

そんな、表面上の、わたし。


 球技大会の日、バスケットをするカイくんを応援をしにリカと体育館の端っこに座った。

最初は楽しく見てたのに、こんなこと考えてぼんやりとしてきた。

改めてリカとカイくんのこと、そしてなぜか自分の過去の恋まで思い出してしまった。

隣に座ってカイ君を目で追いかけるリカに意識を集中させたら、周りの歓声がふっと遠のいた。

伝えてみる、価値はある。

だって、わたしの恋は叶わぬ幻、なんて。

「ねえ、リカ。安心して」

そっとかけた声に横のリカは笑顔のままこっちを向く。「えっ?」って聞き返してる目。

「わたしはカイくんを取るつもりはないんだから」

むしろ、見つめていたいだけ。

ふっと、喧噪がかえる。

わたしはリカの次の言葉は知っている。

「どーした、急に。また天然が発動したか」

アハハ。ケラケラ。

ほらね。


 ――二年後の球技大会。

わたしは体育館の外にいた。

カイくんが照れた顔でこっちを見る。

かっこいいけど、かっこよくない。

「だから、さ。俺と付き合ってください。リカとはちゃんと話し合ってるから安心して」

そうなんだ。でも、心配なんかしてない。アンタに対して。

「ごめんね。わたし付き合えない。これから就活もあるし忙しいよ」

ゆったりと話すのは天然ちゃんらしい特徴。

携帯が音をたてた。キホからだ。

「ごめんね、カイくん。キホっちが呼んでるの」

そういって走り出した。

人が多くなってくる。人人人…。

リカ、カイくんってカワイソウな人だよ。別れてよかったね。リカのこと捨てちゃうんだもん。ありえないって。あれは、ないない。

心の中で何度もつぶやく。

それでも足が止まって、騒がしい喧噪のなかに取り残された。

でも、カイくんはなんとなく、いい…と思う。

ちゃんと苦い恋でもしてみようか。

振り返って、体育館を見つめた。

きみはまだ、そこにいる? リカはなんて思う? でも、きみが悲しむなら、そばにいたい。

無意識に足がさっきいた場所まで戻っていく。

足は軽々と進む。


喧噪は、また消えた。


わたしはかっこよくないカイくんのもとへ走ってゆく。

なんて言おう、なんて言おう? 謝って、それで…、それで…。


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