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白い夢  作者: 山崎 空
6/18

06


 

 そのぬくもりを感じた途端、ピシリ、とどこかで音がした。


 片側の腕に、じんわりと暖かい体温があった、

 夢の中でも確かに暖かいと感じるそれは私以外の誰かの体温。

 反射的に顔を上げて、隣を見た。予想通りの人を見つけて、またピシリ、と音がした。


 私が顔を上げたことに気がついたのか、シグは読んでいた本から顔をあげて私を見た。

 いつかのように真っ直ぐな視線で私の顔を見て、彼は読んでいた本を静かに閉じる。


 ピシリ、とまた音がする。


 ピシリ、ピシリ。何かが壊れる音が立て続けに私の中に響く。

 何の音なのか自分もよくわからない。

 ただ音は止まらず、ピシリ、と私の中に響いていく。


 私は多分、強張った顔をして、震えていたのだろう。増していくその何かの音に。隣にあるシグの体温に。


 その場から走って逃げ出したかった。


 でも私は膝を抱えて隅っこで固まるだけ。シグから視線を逸らす事もできず、息を吸うのさえ苦しくて震えていた。声を出したら涙まで出てきそうで、何だか怖くて声をだせなかった。


 シグが膝を抱えて丸まっていた時と、まったく逆の立場で。でも状況はまったく違う。

 いつの間にか部屋は更に大きくなっていて、ソファーの長さはありえないほど横に伸びていた。

 もう片方の隅っこはすっかり離れてしまって、今なら二十人ぐらい座れるかもしれない。それなのにシグは私の隣にいた。

 隙間もないくらいぴったり隣に。

 本を読むのを止めた彼は、震える私の肩を気遣うように抱きしめた。


 やめて、触らないで。

 拒絶の言葉は音にならない。ただ、私は怯えるように短く息を吸い込んだ。


 ピシリ、ピシリ、ピシリ…。

 壊れる、壊れる。

 私の中で私が叫ぶ。

 実際の私は引きつったような呼吸を繰り返すだけ。

 

 壊れる、壊れるよ! 

 取り返しの付かない事にっ


 声が叫び終わるよりも早く、何かは最後の音を立ててカシャリと崩れた。予想したよりも静かでいっそ穏やかに壊れ、粉々になって、消えた。


「セツ」


 シグが私を呼んだ。

 ポロリと涙がこぼれた。


 この時ほど、名前を呼んで欲しくないと思った事はなかった。

 呼ばないで欲しかった。触れないで欲しかった。ほうっておいて、欲しかった。できれば今日は、会いたくなかった。(でも会いたかった)


 一人きりにになりたかった。一人きりでいたかった。せめて今日だけは。完全に心が冷えてしまうまで、楽になるまで、蓋をして鍵をかけて、心の底で凍らせてしまうまで。真っ白になるまで。

 だからこんなに部屋を広くして、ソファーの端を遠くに追いやっったのに。


 シグは隣にいる。

 私のすぐ隣に、隙間もないくらいぴったりと、私の肩を抱いて。


「セツ」


 もう一度、名を呼ばれる。

 彼の声はとても優しい。だから辛い。耐えられなくなって顔を膝にうずめた。ようやく視線を逸らせて少しだけ心は楽になったけど、私はまだ震えていた。ぎゅっと両腕に強く力をこめて、自分以外を遮断しようとした。


「―――」


 シグは何かを言った。言葉は教えてもらった事のないもので、生憎理解できなかったけれど、どこか懇願するような響きだった。こちらを気遣ってくれているのがわかる。

 私はただ首を振った。訳も分からないままただ首を振り続けた。

 彼の温かい腕に、言葉にすがってはいけない。

 彼は幻だ。所詮手には入らない幻。今だけ触れられる幻。

 すがったら最後だ。私はますます、現実で生きていけなくなる。


 後悔したくないと思う。

 なのに私は今後悔の真っ最中だ。


 あああの時、シグの隣に座らなければ良かったと。

 そうすればこの「恋心」も、きっと凍らせる必要すらなかったのに。


 シグは私の肩を抱いたまま。私は膝を抱えて顔を上げないまま。

 その日の夢は、それで終わった。





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