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白い夢  作者: 山崎 空
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 白い夢は私にとって確かに夢だった。

 いつの間にか終わりが来れば、目が覚めて朝が来ている。


 部屋には私一人きりで、もちろん天井も床も壁も全て見知ったもの。白いあの部屋ではない。私とシグとソファー以外に色彩がないあの部屋とは違い、色彩はまわりに氾濫している。

 棚には買った本がばらばらに並んでいて、図鑑から辞書から小説から、一緒くたに全部積み上げてある。いつか整理しようと思って、結局何もやっていない。


 夢の中でシグに見せた図鑑や本も、多分その山のどこかに埋もれていて長らく日の目をみていない。


 朝起きれば、私は白い夢がやっぱり夢のままである事に落胆する。


 …いつからだろう、そうなったのは。

 きっかけはシグと話すようになってからだ。それはだけは確かだった。


 私とシグは、夢の中でしか会わない。

 夢が終われば朝が来て、一日が終われば夢で会う。


 私達は、現実では絶対に会えない。最近ではそう思うようになっていた。

 彼は多分、私が知っている現実にはいない。もしかしたら私が作り出した願望の産物なのかもしれない。最初からいない、幻。


 そう思うのは、きっとシグが私に優しいからだ。優しすぎるからだ。

 彼のまなざしも言葉も態度も全てが優しくて、何もかも自分に都合よく出来ている幻としか思えない。


 最初の無関心振りが嘘のように私達は仲がよくなったし、シグは優しい。

 その優しさが体の内側をじわじわ侵食していくたびに、私は現実に戻りたくないと思ってしまう。

 現実には彼はいない。話す事もできない。それが寂しい。


 どこでどう間違えてこんな風になってしまったのか、私は今の自分がとても嫌いだった。いつか白い夢が完全に終わってしまう事に怯えて、あの時ああしなければ良かったと後悔する自分が嫌いだ。


 膝を抱えていたシグの傍に行かなければ、きっと私達は交わらない平行線の上に座り続けていただろう。優しいシグはいない。そこにいたのは空気のような「誰か」の存在。


 後悔するのは昔から嫌いだった。

 後悔するたびに嫌な気分が増していって、気分が悪くなるからだ。

 だから何を選んでも、間違っても、後悔しないで生きようと決めた。でもそれはうまくいかないまま、また私は後悔してる。


 後悔し始めると、急激に周りを遮断したくなる。

 一人になりたくて、でも誰かに傍にいて欲しくて。やっぱり一人になりたい。


 ああ、あの時のシグはこんな気分だったのだろうかと思ったら、何でかますます会いたくなってしまって困った。




 * * *




 白い夢。

 いつもどおりの、白い白い空間。部屋。


 いつの間に眠ったのだろう?

 仕事場から帰ってきて、靴を脱いだ記憶はある。気分が悪くて水を飲んで、それからどうしたか忘れてしまった。


 私は何故かいつかのシグみたいに、膝を抱えて丸まっていた。ソファーの隅っこに埋もれるように。少し顔を上げると、白い部屋の中に私は一人きりだった。

 ソファーの大きさはいつもより大きくて、部屋も心なしか広く感じた。

 横には十人ぐらい座れるスペースが開いていて、シグはまだいなかった。

 相手がいない事を認識するのはこれが初めてかもしれない。


 胸の奥が締め付けられるように痛い。

 かと思えばざわざわと胸騒ぎがする。

 叫びだしたいような、縮こまって何も話さず石になってしまいたいようなそんな不安定な感覚。


 気持ちが悪いそれは仕事中からだった。夢の中ぐらい、逃れられてもいいじゃないかと思う。

 けれど実際は夢の中の方が、私の胸騒ぎは大きくなる。ざわざわと耳をふさぎたくなるほど。

 それはきっとシグが存在する場所だからだ。原因がもうすぐ現れるかもしれないのに、おさまるわけがない。


 広い広い白い部屋。

 大きなソファーに一人きり。

 膝を抱えて丸まって、目をつぶっているのは寂しい。でも少し気分が軽くなる。

 何も考えずに頭も真っ白にして、シグのことも考えないようにして、心まで真っ白になって冷たくなったら、きっと気分はもっと良くなる。

 いっそこの部屋と同じように真っ白になってしまえばいい。


 一人きりは寂しい。

 でも一人きりはとても楽で、安心できる。


 誰かに一人にされる心配がないから、最初から一人ならこの先もずっと我慢できる。

 落胆もなければ、もしも、なんて希望も抱かないだろう。

 

 だからもっとひとりになればいい。



 もっと、もっと、もっと。





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