04
白い夢の中。
いつの間にか私達は、一人で本を読むことよりも、互いに互いの言葉を教える事に夢中になっていた。
それから夢の中で会うたびに、私達は知らない単語を覚えあった。シグは私の。私は彼の。夢というのは不便かと思えば便利なもので、私が子供の頃買ってもらって、いまだに持っている道具を絵で紹介した図鑑は、夢の中にも持ってこれた。というか、あの本が今欲しいなと思ったら手元にあったのだ。
この本はシグに好評で、私達の教えあいっこはとどまる事を知らず、ついに会話にまでたどりついた。
といっても私は単語と単語をただつなぎ合わせただけのカタコト。滑らかに会話出来るようになったのはシグだけだった。彼はきっと、とても頭がいいのだろう。
* * *
シグの仕事は「エルイヒ・アイギア」というらしい。
正直何の職業かさっぱりわからない。
本を読んで、調べ物をしたり実験したりするのが主だというから、研究者みたいなものなんだろう。と勝手に解釈した。
今研究しているのは「ルマニャ」について。
これまたよく分からない単語なのだけど、シグは実に簡単に説明してくれた。ようは何かを呼び出す方法だと。
何かって、何を?
問いかければ、まだ決まっていないという答え。
呼び出してどうするの?
続いた私の質問に、呼び出したものをまた研究するのだと彼は言った。
最近は研究に没頭しすぎて、夢の中で私に会う以外、殆ど人と会っていないと言う。仕事部屋にはいつの間にか、他の仕事に関する書類が積みあがっていたりもするけど、もってきているはずの人間とはやっぱり会っていないそうだ。
うん、どこにでもいるんだなこの手の人間は。
一方私はというと、所詮しがない雇われ社員という奴だ。
以前まで出ていた残業代が、最近の不景気にあおられて出なくなったのをぶうぶう言ってる、何の変哲もない一般市民である。
残業も減ったが給料も減った。まったく死活問題だ。
お金がないというと、彼は金に困った事はないなとさらりといった。言いやがった。ちょっと殺意が沸いたのは仕方ない事だと思う。
白い夢の中の、私ともう一人。私とシグ。
部屋も窓もソファーも、何一つ変わりはなくただ関係だけがゆっくり変わっていった。
ソファーの端と端に座っていたのが幻だったんじゃないかというほど、私とシグは近づいて座って色んな話をした。
互いが持っていた本はソファーの両端に置きっぱなしのまま。
時々思い出したように手にとって、読めるかどうか試してみる。
シグの持つ本は分厚くて、いかにも研究所といった風体で遊びの欠片もない。時々何かの図面のような絵が描いてある。どこが面白いのかと聞けば、楽しいかどうかよりも参考になると返ってきた。
どんな内容なのかは気になるけれど、私の語学能力ではまだ本を読むには残念ながら至らない。
逆にシグはスポンジが水を吸い込むかのごとく、私の言葉を覚えていった。天才ってきっとシグみたいな人の事を言うのだと思う。
私達は気安い友人のように、隣に座って話し、時に静かに本を読んだ。
四人分だった隙間は、今は一人分もない。手を伸ばせば触れられる、だけど伸ばさなければ触れられない。そんな微妙な距離を保ち続けている。
まるで今の私の心のようだと思うと、その心地よい夢の空間が、少しだけ憂鬱になった。