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白い夢  作者: 山崎 空
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 部屋を満たしていた白い光が完全におさまると、窓のない室内は一層薄暗く見えた。

 明かりはあるけれど、部屋の四隅でぼんやりと光るそれは酷く心もとない。

 密閉された空間は息苦しくもある。足の裏に感じるのは石のタイルの冷たさ。そういえば、裸足だったと今さら思い出した。

 けれどそんな事は全て些細な事だ。私が今感じている温かい体温に比べれば。

 あの白い空間の中で感じたのと同じように、シグの体は温かい。隙間もないくらいに強く抱きしめられると、苦しいはずなのに安心もする。


 互いの間に言葉はない。

 何か言いたいような気もする。けれどそれはもうしばらく後でもいい。

 今はただこの温もりを実感していたいのだ。幻でも何でもない、確かに望んだ人がそこにいるという事実を。


 指輪からあふれ出た白い光が私を包んで、そうして薄っすらと晴れた瞬間、見えたのは見慣れた部屋ではなく。明るくなった外の景色でもなかった。

 光に混じって一番最初に視界に飛び込んできたのは、魔法使いか聖職者みたいな白いローブを着た私よりも背の高い人で。

 今さら、どんな格好をしていても見間違えるはずもない。

 焦がれた髪の色。

 焦がれた黄色い瞳。

 焦がれた温もり。

 焦がれた、私に向かって差し出される腕。


 一にも二にもなかった。

 その場から駆け出して飛び込んだ。受け止められた瞬間、ふわりと香ったのは薬草みたいな不思議な匂い。

 そういえば、あの白い空間で熱は感じるのに匂いだけはしなかった。

 ――と言う事は、これは確かに現実で。私は生身で、抱きついた彼もまた、同じ。


 シグは私の存在を確かめるように、背中や肩や髪を撫でる。そしてぎゅっと強く抱く。

 それを何度も繰り返す。まるで本当にここにいるのか確かめるように。

 全部うまくいった事実はわかっていても、やっぱり確かめたくなるその気持ちはよくわかる。

 言葉を連ねて肯定するのは簡単だけど、私はあえて何も言わず、ただその肩に顔をすり寄せた。

 好きなだけ確かめて欲しい。

 私がここにいることを。

 同じ世界に立って、歩いて、呼吸をしているということを。

 貴方が与えてくれた、一緒にいれるという未来を。


 ひとしきり私の存在を確かめ終わると、シグはふっと息を吐いた。


「セツ」


 すぐ耳元で聞こえる名前と、吐息。

 くすぐったくて少し笑うと、彼はもう一度私の背中を撫でた。


「ようやく、会えた」

「うん、シグのおかげだよ」

「気分は、悪くない? どこか、怪我は」

「どこも。見てわかると思うけど、大丈夫だよ」

「……本当に?」

「うん」

「……見てわからない箇所に影響が出ていても問題だから、それは後で調べる」

「見てわからない箇所って」

「体の内側、とか」

「え、そんなのどうやって調べるの」

「魔力を……いや、後でやって見せたほうが早いよ。すぐ終わるから、とりあえず上に移動しようか」

「え、うん。……あ」


 そういえば、靴、ない。


「どうしたの? やっぱり何か問題が」

「違うの、そうじゃなくて、靴が」

「え?」

「靴が、なくて、裸足だから……」


 このまま歩いても問題ないといえばないが、石の感触は私を何となく心許なくさせる。

 それに汚れた足で人様の、しかも好きな人の部屋に入るなど恥ずかしすぎる。


「ああ、そうか。セツの国は、家の中では靴を脱ぐって言ってたね」

「あ、覚えてた?」

「もちろん。……でもごめん、失念してた。靴は用意してないな……」

「私もうっかりしてたし、気にしないで。あの、後で汚れを拭くものを貸してもらえれば大丈夫だから」

「いや、怪我をしたら危ないから」


 まがりなりにも家の中なら、歩くだけで怪我なんてしない。

 そう返そうと思ったときには、もうシグに抱えられていた。横抱きではなく、片手でひょいと、まるで小さな子供を運ぶように。

 うわあ目線一気に高くなった。って、シグ、見かけによらず力持ちだねー! その細い体のどこにそんな力が秘められてるの?

 ……いやいや、そうじゃないだろう私。

 来て早々面倒をかけてどうする。


「えっと、シグ」

「不安定? ごめん、少し我慢してほしい。絶対落としたりはしないから」


 そんな事は微塵も不安に思っていない。シグの肩に手を回して掴まれば意外と安定している。何より太ももをがっしりと支える腕が逞しく、その事にあらためて惚れなおすとか――いやいやいやいや、話がそれた。思いっきりそれた。

 違う違う、そうじゃない。


「あの、歩けるから」


 下ろしてと、続けた私にシグはにこりと微笑んで、そのまま無造作に扉を開けると、やっぱりそのまま薄暗い階段を上った。

 こつりこつりと、石の床にシグ一人だけが歩く音が響く。

 一番上まで上るともう一枚扉があって、そこを抜けると柔らかな光が差し込む廊下にでた。

 そうか、窓がないと思ったら地下室だったのか。だったら、あの薄暗さも納得できる。あの不思議な石が何で光っていたのか、よくわからないけど。あれもやっぱり魔法なんだろうか。

 廊下には見たところ、あの石は見当たらない。当たり前か、今はあの石がなくても充分明るい。

 そうして連れて行かれたのは、どう見てもシグの部屋で。結局一度も下ろしてもらえぬまま目的地に着いてしまった。






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