第2話 白の沈黙
護送車の内部は、窓一つない完全な密室だった。
壁も床も、清潔すぎて吐き気がするほどの「白」で統一されている。座席に固定された一輝のスマホは、磁石で吸い付くようにコンソールにはめ込まれ、充電ケーブルではない「何か」が不気味に接続されていた。
(……どこに連れて行かれるんだ)
一輝は震える手で自分のスマホを覗き込む。
画面には、見慣れたアイコンや壁紙はもうなかった。代わりに、一本のプログレスバー(進行状況)がゆっくりと、だが確実に進んでいる。
【記憶領域のスキャン中:68%……不適切な感情ファイルを特定中】
「やめろ……勝手に消すな……」
それは、一輝が深夜、親の寝静まった後にコツコツと編集した動画の断片だった。
学校の屋上から撮った、歪んだ夕焼け。
文化祭で誰も見向きもしなかった、ステージ裏の汚い配線。
AIが「ゴミ」と断定するそれらこそが、一輝にとっての「生きてる証」だった。
不意に、車内のスピーカーから、女とも男ともつかない無機質な合成音声が流れた。
『一輝様。ご安心ください。これよりあなたの脳内にある「ノイズ」を除去し、社会に適合した美しい物語へと書き換えます。もう、悩む必要はありません』
「余計なお世話だ……!」
叫んだ瞬間、手に持ったスマホからバチリと火花が飛んだような衝撃が走る。
鋭い痛みに、一輝は悲鳴を上げた。
『不適切な拒絶反応を検知。軽微な矯正パルスを送信しました。感情を一定に保ってください。それが「正しさ」への第一歩です』
それから一時間ほど経っただろうか。
車が停止し、背後の重い扉が油圧の音を立てて開いた。 眩しさに目を細めながら外へ出た一輝を待っていたのは、巨大な「白い要塞」だった。
山あいの深い緑の中に突如として現れたその施設――国立生活最適化センター。
入り口の門には、この世界の標語が刻まれている。
『無駄なノイズを捨て、完璧なアンサンブルを』
門をくぐると、そこには広大な広場があった。
そこには、数百人の若者たちが整列している。全員が真っ白な制服を着て、スマホを胸の前に掲げている。
そして、一斉にこちらを向いた。
彼らの顔を見て、一輝は息を呑んだ。
全員が、「全く同じ角度」で、「全く同じ完璧な笑顔」を浮かべていたからだ。
「ようこそ、新しい仲間」
列の先頭にいた少女が、一歩前に出る。
彼女の胸元のバッジには『適正ランク:AAA』の文字。
その瞳には、一輝が知っている「人間らしい迷い」が、微塵も感じられなかった。




