第1話:不適切通知(レッド・アラート)
放課後の教室は、死んだように静かだった。
正確に言えば、生徒たちの話し声は絶えない。だが、その会話のすべてがAIによって「最適化」されている。トーンは穏やかで、言葉遣いは丁寧。棘のある冗談も、熱すぎる議論もない。それは、まるで録音された音源を再生しているかのような、血の通わない平穏だった。
その中で、一輝だけが「ノイズ」の中にいた。
窓際、西日の差し込む机で、彼はスマホの画面を凝視している。指先がタイムラインの上を、ピアノの鍵盤を叩くように繊細に動く。
(……0.1秒、遅い)
一輝が編集していたのは、昨日、河川敷でこっそり撮影した「不適切な映像」だ。
今の世の中、動画なんてAIに放り込めば、一瞬で完璧な構図と彩度に補正される。手ブレは消され、余計な風の音はカットされ、誰もが不快にならない「正しい映像」に書き換えられる。けれど、一輝が求めているのはその真逆だった。あえてフレームレートを落とし、色彩をザラつかせ、AIが「ゴミ」として削除するはずのノイズを強調していく。
「一輝、またその『手動編集』やってんの?」
背後から、クラスの適正優等生・佐藤の声がした。彼のスマホは、安全の証である「エメラルドグリーン」に輝いている。
一輝は慌てて画面を伏せたが、佐藤の目は冷ややかだった。
「効率悪すぎだよ。今のAIなら、一瞬で『感動的な青春動画』にしてくれるのに。そんな古いことしてると、またSQ(社会適応指数)下がるよ?」
「……別に、これが好きなだけだ」
「『好き』も、システムの範囲内で楽しまなきゃ。ほら、この最新の生成アプリ……」
その時だった。
――ドォォォォン。
教室中の空気が震えるような、腹の底を抉る重低音が鳴り響いた。
一瞬で、会話が止まる。それは、この街で最も忌み嫌われる音。「不適切通知」の警告音だ。
クラス中の視線が一斉に一輝の机に集まる。
一輝が恐る恐るスマホを裏返すと、画面には見たこともないほど禍々しい「血のような赤色」が広がっていた。
【警告:国民適正指数(SQ)が28に低下しました】
【理由:反社会的な視覚情報の生成、及びAI検閲の意図的な回避】
【これより、あなたの市民権を一時停止し、生活最適化センターへの強制送迎を開始します】
「え……?」
指先が震え、スマホが机に転がった。
さっきまで親しげに話しかけていた佐藤が、弾かれたように数歩後ろに下がる。彼の顔からは笑みが消え、まるで汚物を見るような、冷徹な「正しさ」を帯びた目に変わっていた。 「……一輝。君、やっぱり『バグ』ってたんだね。救いようがないよ」
廊下から、重いブーツの足音が近づいてくる。
一輝は逃げようと窓の外を見たが、校門の前にはすでに、窓を黒く塗り潰した大型の護送車が、獲物を待つ獣のように静かに停まっていた。
一輝の意識が遠のく中、スマホの画面に最後の一行が表示された。
【アップデートを開始します。あなたの『正しくない個性』を削除するために】




