97. 効率と浪費、そして長期契約
「それなら、このままガウスさんたちに、ずっと護衛を頼みましょうよ」
俺の提案に、グラスを傾けていたアサータクの手が止まった。
彼は呆れたように溜息をつき、フォークで皿を軽く叩いた。
「おいおいアーノル、お前は商売の基本を忘れたか? 『必要な時に、必要な分だけ』だ」
アサータクは指を一本立てて説明を始めた。
「いいか? ここからサマラ王国へ行って、商売をして、さらにナバラ帝国へ向かう。早くても三ヶ月、下手をすれば半年の長旅だ。だが、その期間ずっと危険なわけじゃない」
「というと?」
「大きな街に着けば、俺たちはそこで数週間滞在して商売をする。その間、護衛は何をする? 宿で寝て、酒を飲むだけだ。稼働していない人間に日当を払い続けるのは、ドブに金を捨てるのと同じだ。一番効率が悪い」
正論だ。
商人の論理で言えば、街に着いたら解雇し、出発する時にまた別の護衛を雇うのが最もコストを抑えられる。
だが、俺は首を横に振った。
「効率は分かります。でも、信頼できる戦力はお金じゃ買えません。それに、毎回新しい護衛を探して、その実力を確かめる手間の方がリスクじゃないですか?」
「む……それは一理あるが……」
俺はアサータクの渋り顔を無視して、視線を横に向けた。
「ガウスさん。どうです? サマラやナバラには興味ありませんか?」
話を振られたガウスは、ワインの最後の一滴を飲み干すと、面白そうに隻眼を細めた。
「サマラにナバラ、か……。俺も西の荒野は飽きるほど歩いたが、東の王国や北の帝国には行ったことがねえな」
彼はニヤリと笑った。
「悪くない。見たことのない景色を見て、美味い酒を飲む。それに、まだ見ぬ強敵がいるかもしれねえ。傭兵冥利に尽きる話だ」
ガウスは乗り気だ。
冒険心のある彼らしい反応だった。
だが、ここで「待った」をかけたのが、部隊の財布を握る男だった。
「ちょっとちょっと! リーダー、勝手に決めないでくださいよ!」
モイコが慌てて割って入る。
「サマラ経由でナバラ帝国の帝都まででしょう? 往復や滞在を含めたら、三ヶ月……いや、もっとかかりますよ? そんな長期間、俺たちを拘束するなら、それなりの金額を貰わないと割に合いません」
モイコは指をパラパラと動かし、頭の中で素早く計算を始めた。
「いいですか? 今回の国境越えは二週間で金貨12枚でした。これは短期の危険手当込みの価格です。ですが今回は長期拘束。多少の割引は考慮しますが、向かうのは未知の土地。危険度は未知数だ」
モイコは真剣な商人の顔になり、アサータクではなく俺を見た。
「アーノル君、君が言い出しっぺだ。いくら出すつもりだ?」
「言い値でいいです。いくらくらいですか」
俺が即答すると、モイコは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「……言うねぇ。じゃあ、弾き出させてもらうよ」
彼はテーブルに指で地図を描くように動かした。
「期間は最低でも三ヶ月と仮定する。俺たち四人の日当、装備の消耗費、それに命の値段。通常なら一ヶ月で金貨25枚ってところだが、長期契約の割引を入れて月20枚。それが三ヶ月分で……」
モイコはチラリとアサータクの顔色を窺い、それから俺を見て、指を六本立てた。
「金貨60枚。これなら、地獄の底だろうが天国の果てだろうが、あんたらの旅に付き合ってやる」
金貨60枚。
銀貨に直せば6000枚。
ターマインの一般市民が十年働いても貯められないような大金だ。
アサータクがワインを吹き出しそうになる横で、俺は懐に手を入れた。
「分かりました」
俺が取り出したのは、一枚の硬貨。
しかし、それは金貨ではなかった。
店内のランプの光を浴びて、神々しいほどに白く輝く、最高位の通貨。
コリン……。
テーブルの上に乾いた音が響く。
ガウスの目が丸くなり、モイコが口を開けたまま固まった。
ドッタとヘイミーも凝視している。
「は、白金貨……!?」
モイコが裏返った声を上げた。
白金貨一枚で、金貨100枚の価値がある。
「これで契約成立ですね。残りの金貨40枚分で、三ヶ月分の俺たちの宿代と酒代、それから諸経費を賄ってもまだお釣りがくるでしょう?」
俺が平然と言うと、モイコは震える手でその白い硬貨を拝むように手に取った。
「く、来るどころじゃねえよ……。あんた、何者なんだ……」
ガウスも苦笑しながら首を振っている。
完全に場の空気が変わった。
ただの農民から、とんでもないパトロンへの昇格だ。
そんな中、アサータクだけが額を押さえて、呆れ果てたように呟いた。
「……おいアーノル。お前、白金貨でしか商売しねえのか?」
こうして、最強の傭兵団「狼の群れ」との長期契約は、たった一枚の硬貨によって結ばれることになった。




