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キングスレイヤー序  作者:
第2章 侵食の始まり

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96. 税のない国、金の回る街

 国境の緩衝地帯――どこの国にも属さない無法の荒野を抜けると、景色は一変した。


 荒涼とした大地の先に、巨大な城壁に囲まれた都市が姿を現す。


 商業都市国家レーマネ。


 西の大陸における経済の心臓部であり、金と欲望が渦巻く街だ。


「……アサータクさん、止まらなくていいんですか?」


 都市の巨大な正門を通過する際、御者台の隣に座っていた俺は、素朴な疑問を口にした。


 通常、これだけの規模の都市に入るには厳しい検問と、安くない「通行税」を徴収されるのが常識だ。


 だが、門番たちは槍を下げることもなく、むしろ「早く通れ」と言わんばかりに手を振っている。


「いいんだよ。この国に通行税はない」


 アサータクはニヤリと笑い、馬車を止めずに門を潜った。


「通行税だけじゃない。人頭税も、売上税も、関税も、この国には基本的に『税金』という名目の徴収は存在しねえ」


「えっ、税金がない? どうやって国を運営してるんですか?」


 俺が驚いて尋ねる。


 税を取らない国など、軍隊もインフラも維持できずに潰れるのがオチだ。


「簡単な理屈さ。商品やサービス、そのすべての価格に、最初から国への納め分が上乗せされてるんだ」


 アサータクが手綱を操りながら説明する。


「他の国じゃ、街に入るのに並び、商品を売るのに役所に申請し、売り上げの一部を計算して納税し……と、商売をするたびに膨大な時間と手間がかかる。だが、レーマネはそれを嫌った」


『面倒な手続きを排除すれば、金の流れは速くなる』


 それがこの国の哲学だ。


 いちいち税を計算する時間を商売に回せ、というわけだ。


「だからこの国の物価は、他国よりも一割から二割ほど高い。ま、ものによるがな。だが、商人にとってはその程度のコストよりも『速さ』と『自由』の方がありがたいのさ」


 街に入ると、そこは活気に満ち溢れていた。


 道幅は広く、行き交う馬車の数はターマインの比ではない。


 露店には世界中の品物が並び、人々が歩く速度さえも速い気がする。


 俺たちは大通りを進み、一軒の宿屋『黄金の蜜蜂亭』に馬車をつけた。


「ここにするぞ。前に一度だけ来たことがある。飯がそこそこ美味かった覚えがある」


 アサータクの号令で、俺たちは宿に入った。


 手続きは簡素だった。


 宿帳に名前を書くだけ。


 身分証の提示すらない。


 だが、壁に貼られた料金表を見たモイコが口を尖らせた。


「うへっ、一泊で銀貨10枚? 高ぇなぁ。ターマインならもっといい部屋に安く泊まれますよ」


「文句言うな。それがこの国の『税金』込みの価格だ」


 アサータクがまとめて支払いを済ませるのを見て、モイコはハッとした顔をした。


「……あ、そうか。経費は全部アサータクの旦那持ちでしたね」


「今日まで、だがな」


 アサータクはカウンターに金貨を積み上げた。


「護衛の契約は『レーマネまで』だ。無事に着いた以上、契約はこれで完了だ。部屋はとってやるし、今夜の飯も奢ってやる。だが、明日からは別行動だぞ」


「へいへい、分かってますよ。名残惜しいですけどね」


 モイコが肩をすくめ、ガウスは興味なさそうに欠伸をした。


「値段なんざどうでもいい。柔らかいベッドと、泥水じゃない酒がありゃ文句はねえよ」


          ◇


 荷物を置いた俺たちは、宿の一階にある食堂に集まった。


 これが最後の晩餐だ。


 テーブルには、レーマネ名物の香辛料を効かせた肉料理や、珍しい魚の煮込みが所狭しと並んでいる。


「いただきまーす!」


 モイコが真っ先にフォークを伸ばし、ドッタとヘイミーは無言のまま、凄まじい勢いで皿を空にしていく。


 俺もグラスを手に取りながら、正面に座るガウスを見た。


「……で、坊主」


 ガウスがワイングラスを揺らしながら、俺を見た。


「あの動き、誰に習った?」


 今日の戦闘の話だ。


 一瞬で背後の敵を察知し、二人の攻撃を同時にかわした動き。


「習ったというか……村の仲間と、毎日死ぬ気で棒を振り合ってただけですよ」


「へっ、棒切れ遊びであの『眼』は育たねえよ」


 ガウスは鼻で笑った。


「お前、剣を抜く前に敵が動く場所を知ってたな? 『予測』にしては確信がありすぎた」


「……そうですか?」


 俺がとぼけると、ガウスはつまらなそうに肩をすくめた。


「ふん、言いたかねえなら別に構わねえ。誰にでも隠し事の一つや二つはある」


 ガウスは肉を一切れ口に放り込んだ。


「だが、あの剣は別だ。あれは異常だぞ」


「そうそう! 俺も気になってたんですよ!」


 モイコが身を乗り出してきた。


「俺の短剣もそこそこの業物ですけど、アーノル君の剣、血脂が全然つかないでしょう? あれ、何か特別な薬品でも使ってるんですか?」


「いや、ただの特殊な加工だよ。錆びないし、汚れもつきにくいんだ」


「へぇ~、いいなぁ。売ったらいくらになるかなぁ」


「売らないぞ」


 俺が釘を刺すと、ドッタが「……いい鉄だ」とボソリと言い、ヘイミーもコクコクと頷いた。


 そんな賑やかな食事の最中、俺はふとアサータクに尋ねた。


「アサータクさん。この街を出たら、次はどこへ向かうつもりなんですか?」


 アサータクはワイングラスを置き、ナプキンで口を拭った。


「そうだな。まずはここから東へ向かって『サマラ王国』へ。そのあと北に折れて『ナバラ帝国』も見に行こうと思ってる」


「ナバラ帝国……北の大国ですね」


「ああ。本当は『ガンガラ』や『ランガ』も見せてやりたいが、あそこは今、政情が不安定でな。少々危険すぎるから今回は見送りだ」


 アサータクは地図を思い描くように空を見つめた。


「南の『テンス』は……まあ、あそこは行く意味がない。閉鎖的で、商売の種も少ないからな」


「選り好みですね」


「時間は有限だからな。俺は、お前に『見る価値のある世界』を見せておきたいんだよ。行けるところは全部な」


 アサータクはニヤリと笑った。


 その言葉を聞いて、ガウスが少しだけ興味深そうに片眉を上げたが、何も言わずにグラスを煽った。




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