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キングスレイヤー序  作者:
第2章 侵食の始まり

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95. 黒銀の切れ味

 西の国境検問所では、ちょっとした一悶着があった。


 列に並んでいた俺たちの馬車が止められ、柄の悪い役人が荷台を覗き込んで難癖をつけてきたのだ。


「おい、積荷のリストと中身が合わんぞ。この木箱、申請には『日用品』とあるが、やけに重いな。違法な薬物でも隠してるんじゃないか?」


「まさか。ただの保存食と工具ですよ」


 俺は咄嗟に口を挟んだ。


 だが、役人は聞く耳を持たない。


「口答えするな! 全部の荷物を降ろして検査だ。……ああ、今日はもう夕方だからな。検査は明日になるかもしれんが」


 ニヤニヤと笑う役人の態度は明白だった。


 検査とは名ばかりの、露骨な賄賂要求だ。


 アサータクは眉をひそめることもなく、馬車から降りて役人に歩み寄った。


「おやおや、それはお手数をおかけします。ですが役人様、我々も急ぎの旅でしてね。……例えば、この『手間賃』で、検査の手順を少し簡略化していただくことは?」


 アサータクは役人の死角になるように体を寄せ、袖の下で何かを握らせた。


 役人の表情がピクリと動く。


「……ふむ。まあ、見たところ怪しい者ではなさそうだが」


「ええ、ええ。それに、この上等な酒瓶。これは個人的な贈り物ですが、夜の晩酌にでもどうぞ」


 さらに追加の金貨と、懐から取り出した酒瓶を渡すと、役人の顔は満面の笑みに変わった。


「おお、話の分かる商人だ! よし、検査終了! 通れ通れ!」


 さっきまでの威圧感はどこへやら、役人は上機嫌で手を振って見送ってくれた。


 馬車が動き出し、検問所が見えなくなると、アサータクは冷めた目で言った。


「安いもんだ。あそこで正論を吐いて揉めれば、平気で二、三日は足止めを食らうからな」


「……確かに。でも、ああいう手合いに頭を下げるのは、どうも腹が立ちますね」


 俺が不満を漏らすと、アサータクは諭すように口を開いた。


「感情で商売はできんよ、アーノル。よく覚えておけ。商人が戦うべき相手は『不正』じゃなく『損失』だ」


「損失、ですか」


「そうだ。金貨数枚で数日分の時間を買えるなら、それは圧倒的に勝てる投資なんだ。いちいち腹を立てて時間をドブに捨てるのは三流のすることだ。常に天秤にかけろ。プライドと実利、どちらが重いかをな」


 アサータクの言葉には、長年荒波を渡り歩いてきた者だけが持つ重みがあった。


 これが商人の戦い方なのだろう。


 国境を越え、馬車は深い森の街道へと入っていく。


 だが、その平穏も長くは続かなかった。


「……来たな」


 ガウスが低く呟いた。


 街道の先、カーブを曲がったところで道を塞ぐように男たちが待ち構えていた。


 今度の盗賊は、前のチンピラとは訳が違う。


 武装も整っており、組織だった動きで馬車を包囲しようと展開している。


「チッ、数は……二十人ってところか」


 ガウスが大雑把に数を数え、獰猛に笑った。


「おい野郎ども! 稼ぎ時だぞ!」


 吠えると同時に、彼は単身、敵の集団へ向かって弾丸のように突っ込んだ。


「オラァァァッ!!」


 考えなしに見える正面突破。


 だが、その強烈な一撃で先頭の男が吹き飛ばされ、ドミノ倒しのように敵の陣形が崩れる。


 盗賊たちの注意が一斉にガウスに向く。


 それが狙いだ。


 敵が密集したその瞬間、後方からドッタが駆け込んだ。


 ブンッ!!


 豪快な風切り音と共に、巨大な戦斧が横薙ぎに振るわれる。


 ガウスをすり抜けて馬車へ向かおうとした数人の盗賊が、まとめてなぎ倒された。


 さらに、遠距離からはヒュッ、ヒュッという静かな音が響くたび、馬車に近づこうとする敵が一人、また一人と崩れ落ちる。


 ヘイミーの正確無比な狙撃だ。


 馬車の横では、モイコが短剣を弄びながらアサータクの護衛に徹している。


 戦況は圧倒的に傭兵団の優勢――に見えた。


 その時だ。


 背後の茂みで、小枝が折れる微かな音がした。


(……ん?)


 俺は何気なく振り返った。


 瞬間、ゾクリと背筋が凍る。


 馬車の死角となる後方の林から、二人の盗賊が飛び出してきたところだった。


「へへっ、後ろはガラ空きだぜ!」


 距離は五メートル。


 すでに剣を振り上げ、こちらへ突っ込んでくる。


(狙われた!)


 完全に虚を突かれたわけじゃない。


 だが、迎撃の態勢を取るには遅い。


 俺は反射的に腰の剣へ手を伸ばしながら、眼前の敵二人を強く睨み据えた。


 ――対象確認ロックオン


 ――【未来視】発動。


 意識のスイッチを切り替えた瞬間、脳裏に「一秒先の映像」が走る。


 右の男は袈裟斬り、左の男は突き。


 その軌道が、光の残像のように明確に見えた。


 見えていれば、体は動く。


 ロバーソンやメイシーたちと繰り返し行った、あの修練が体を突き動かす。


 俺は半歩、右足を引く。


 鼻先数センチを、右の男の剣が空振りする。


 風圧が頬を撫でる。


 同時に体を捻り、左の男の突きを最小限の動きでかわす。


「なっ!?」


 二人が驚愕に目を見開いた時には、もう遅い。


 俺の手にある漆黒の剣が、銀色の軌跡を描いて一閃した。


 ザンッ!


 抵抗感は、恐ろしいほど希薄だった。


 まるで濡れた紙を切るかのように、二人の盗賊は崩れ落ちた。


「……っ、ふぅ」


 俺は剣を構えたまま、一つ息を吐いた。


 間に合った。


 もし音が聞こえず、完全に不意打ちを受けていたら、【未来視】を使う暇もなく斬られていただろう。


 この能力は便利だが、万能じゃない。


 自分が「使う」と意図し、対象を認識していなければ発動しないのだ。


(勝てた……だが、ギリギリだ)


 冷や汗が背中を伝う。


 今回は相手の動きが単純だったから対応できた。


 だが、もし相手が三人だったら?


 あるいはもっと熟練の剣士だったら?


 たぶん俺は死んでいた。


 俺の今の実力では、このレベルの相手を同時に捌くのは「二人」が限界だ。


 その頃には、前方の戦闘も終わっていた。


 ガウスが最後の男を蹴り飛ばし、血振るいをして納刀する。


 あたりには二十人近い盗賊が転がっていた。


 圧倒的だった。


 特にガウスの動きは別格だ。


 ただ力が強いだけではない。


 あの咆哮、あの踏み込み……存在そのものが敵の士気をへし折っている。


 恐怖で縮み上がった相手を、一方的に蹂躙する。


 ありゃあ、人の形をした災害だ。


「……凄いな」


 俺は思わず呟いた。


 隣にいたアサータクも、感心したように頷いている。


「ああ。あれが『人食い狼』の戦い方か。個の武勇がそのまま戦術になってやがる」


「金貨12枚は安かったかもしれませんね」


「違いない。そこらの半端な傭兵団を三倍の数揃えるより、こいつら四人の方がよっぽど頼りになる」


 俺たちが話していると、モイコが近づいてきた。


 その目は、いつもの軽薄なものではなく、鋭い探究の色を帯びていた。


「やるねぇ、アーノル君。俺、今助けに入ろうと思ったんだけどさ」


 モイコが指差した先、御者台の上にはヘイミーがいた。


 彼女も弓を下ろし、驚いたように俺を見下ろしている。


 俺が襲われた瞬間に援護しようとしてくれていたらしい。


「あの二人を、同時にかわして斬ったろ? まるで来るのが分かってたみたいに」


「……まぐれですよ。必死でしたから」


 俺は誤魔化しながら、手拭いで剣に付いた血を拭った。


 黒い刀身は血を弾き、拭うまでもなく美しい状態を保っていたが、一応の手入れだ。


 すると、ガウスたちも集まってきた。


 彼らの視線が、俺の剣に釘付けになる。


「……おい、その剣」


 ガウスが隻眼を細めた。


「ちょっと見せな」


 俺が剣を差し出すと、ガウスはそれを手に取り、まじまじと観察した。


 刀身は光を吸い込むようなマットブラック。


 だが、刃先だけが研ぎ澄まされた銀色に輝いている。


 手にしたガウスの表情が変わる。


 重心、握り心地、そして纏う空気。


「なんだこりゃあ……。ただの鉄じゃねえな。見たこともない造りだ」


 ドッタも無言で覗き込み、ヘイミーも木から降りてきて興味津々に眺めている。


 戦闘のプロである彼らには分かるのだ。


 これが異常な業物であることが。


「王都の騎士団長が持ってる剣より、ずっと質がいいんじゃねえか。それにこの不気味な黒色……」


 ガウスが剣を返しながら、真顔で尋ねてきた。


「おい坊主、こいつは一体どこで手に入れた? どこの名匠が打ったんだ?」


「……ただの田舎の鍛冶屋ですよ。ちょっと変わった頑固親父のね」


 俺がそう答えると、ガウスは「へっ、嘘が下手だな」と笑った。


「ま、いいさ。商人だか何だか知らねえが……いい腕と、いい武器を持ってるじゃねえか。気に入ったぜ」


 どうやら俺は、彼ら「狼の群れ」に、ただの荷物持ちではなく「戦える仲間」として認められたようだった。


 俺は苦笑しながら、再び剣を腰に差した。


 国境を越えた先には、さらなる危険が待っているかもしれない。


 だが、この剣と彼らがいれば、なんとかなりそうだ。




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