93. 酒場の品定めと、群れる狼
スネルさんは、王都に帰ったときにそのまま残ったらしい。
そしてケイルもまた、レーマネへと戻っていった。
ケイルさんと一緒に行かないのが不思議だったが「それは、お前のためにならねえ」らしい。
つまり、ここターマインに残されたのは俺とアサータクの二人だけだ。
「よし、これから西へ向かう。だが商人と木こりの息子の二人旅じゃ、盗賊の餌になりに行くだけだ」
アサータクが言った。
「護衛を雇うぞ。西門近くの『赤猪亭』に行く。あそこは腕に自信のある連中が自分を売り込む、傭兵のたまり場だ」
俺たちはその酒場の暖簾をくぐった。
ガヤガヤガヤ……!
昼間だというのに、店内は熱気と酒の匂い、そして男たちの汗臭さが充満していた。
木製のテーブルには、昼間からエールを煽る荒くれ者たちがひしめき合っている。
「うわ、凄いですね……」
「ビビるなよ。舐められたらふっかけられるからな」
アサータクは慣れた様子でカウンターへ向かうが、俺の目は別の意味で忙しかった。
俺の目には、彼らの頭上に浮かぶ能力を示す【漢字二文字】が見えている。
詳細は分からない。
だが、その文字から本質を推測することはできる。
右のテーブルで腕相撲をしている大男は【斧士】。
壁際で自分の剣を眺めている男は【剣士】。
奥で賭け事をしている集団には【弓士】や【槍士】。
どれも分かりやすい戦闘能力だ。
「おっ、あの人はどうですか?」
俺が視線を向けたのは、カウンターで一人、姿勢良く座っている男だ。
身につけている鎧は傭兵らしく使い込まれているが、所作に隙がない。
頭上には【騎士】の文字。
身分としての騎士じゃなく、能力としての騎士か。
防御や礼儀作法に長けていそうだ。
元々騎士だったのだろうか。
だが、アサータクは顔をしかめて首を振った。
「やめとけ。あいつは『崩れ』だ。腕はいいかもしれんが、プライドが高くて使いづらい。商人の護衛なんて下に見るタイプだ。俺が欲しいのは、安くて、強くて、泥臭い仕事も厭わない奴だ」
なるほど、経営者目線だ。
俺たちはさらに店内を物色する。
【盗】、【蛮勇】、【潜伏】……。
物騒な漢字も並ぶ中、ふと、店の隅にあるテーブルに目が止まった。
そこには四人の男たちが座っていた。
装備はバラバラだ。
剣、斧、弓、短剣。
統一感はない。
だが、彼らの空気が異質だった。
一人が水を飲もうと手を伸ばすと、隣の男が何も言わずに体をずらす。
誰かが顔を上げれば、対面の男が立ち上がり、水差しを取りに行く。
言葉がない。
目配せすらない。
親しければ特におかしくない普通の行動ともいえるが、四人で一つの生き物であるかのような、不気味なほどの「呼吸」の一致を感じる。
そして、その中心に座る、眼帯をした無精髭の男。
彼の頭上に浮かぶ文字を見た瞬間、俺は思わず足を止めた。
【狼群】
ろうぐん?
聞いたことがない。
【統率】や【指揮】なら分かる。
軍隊的なリーダーシップだろう。
だが、「狼」の「群」れ。
文字から受けるイメージは、もっと野生的な、本能に近い連携。
個人の武力ではなく、集団で狩りをするための能力か?
「アサータクさん、あそこの四人組。たぶん『当たり』です」
「ん? あの貧乏くさい連中か? 装備もツギハギだぞ」
「装備じゃないんです。空気が違います」
俺が顎で示すと、アサータクは「ふむ」と目を細め、商人の顔になった。
「また、お前の勘かよ。仕方ねえ交渉してみるか」
俺たちはそのテーブルに近づいた。
俺たちが足を踏み出した瞬間、四人の男たちの手が、音もなくそれぞれの武器の柄にかかった。
殺気が、肌をチリつかせる。
「よう、食事中すまねえな」
アサータクが両手を挙げて敵意がないことを示すと、眼帯の男――リーダー格の男が、ゆっくりとスプーンを置いた。
「……商人が、俺たちのような野良犬に何の用だ?」
声は低く、枯れている。
「西への護衛を探しててな。腕の立つ奴がいい」
「腕なら、あっちの騎士様でも雇いな。俺たちは見ての通りのゴロツキだ」
リーダーが自虐的に笑うと、周りの三人も薄く笑った。
だが、その目は笑っていない。
全員が、アサータクではなく、その後ろにいる俺を――正確には、ボロ布で巻いた腰の剣と、俺の立ち方を注視していた。
(……気づいてるな)
ただの若者ではないと、勘付いている。
「礼儀はいらねえよ。俺が欲しいのは、盗賊が出た時に逃げ出さねえ根性と、俺たちを守り抜く腕だけだ」
アサータクが金貨袋をチャリと鳴らした。
「相場より色はつける。どうだ?」
リーダーは金貨の音を聞いても眉一つ動かさなかったが、俺の目をじっと見据えて言った。
「……旦那、あんたの後ろにいる兄ちゃん。そいつ、ただの商人じゃねえな?」
「へえ、分かるか?」
「匂いで分かる。……だが、妙だな。あんた、俺たちの何を見て声をかけた?」
試すような視線。
俺は一歩前に出て、頭上の漢字から推測した言葉をぶつけた。
「四人で一人。そういう戦い方が得意なんじゃないかと思ってね」
眼帯の男の目が、わずかに見開かれた。
図星だったらしい。
「……へッ。面白いことを言うガキだ」
男はニカっと笑うと、飲み干したカップをテーブルに置いた。
「いいだろう。俺の名はガウス。こいつらは俺の仲間だ。地獄の底まで護衛してやるよ」
ガウスが立ち上がると、他の三人も同時に立ち上がった。
号令はない。
だが、その動きは完全にシンクロしていた。
【狼群】。
やはり、ただの指揮能力ではない。
この一見薄汚い傭兵達が、この酒場で一番の「掘り出し物」であることは間違いなさそうだった。




