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キングスレイヤー序  作者:
第2章 侵食の始まり

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92. 孤独な槍と、黄金の約束

92. 孤独な槍と、黄金の約束


 ギンッ!!


 鋭い金属音が修練場に響き渡る。


 俺、ロバーソンが突き出した木槍を、グレンが大剣で強引に受け止めた。


 重い。


 だが、力比べなら負けない。


「ぬんっ!」


 俺がグレンを弾き飛ばそうと力を込めた、その一瞬。


 死角から風が吹いた。


「もらった!」


 メイシーだ。


 アーノルに鍛えられた彼の動きは、もはや村人のそれではなかった。


 獣のような低い姿勢から、音もなく懐に飛び込んでくる。


 速い。


 以前よりもさらに。


 俺は咄嗟に槍の石突(いしづき)を返し、メイシーの木剣を弾こうとするが――


 ピタリ。


 俺の槍がメイシーの眉間に止まると同時、彼の木剣の切っ先が、俺の喉元に触れていた。


「......相討ち、だな」


 俺が息を吐くと、メイシーは「くーっ!」と悔しそうにナイフを引いた。


「まだ勝てないかぁ。グレンが体張ってくれたのに!」


「いや、実戦なら俺も死んでた。二人とも、強くなってる」


 これはお世辞ではない。


 今のメイシーの踏み込みは、手加減なしの俺でも反応するのがギリギリだった。


 アーノルが去ってからも、俺たちは毎日こうして泥まみれになりながら、互いを高め合っている。


 休憩中、俺は井戸の冷たい水で顔を洗いながら、ふと遠い空を見上げた。


 脳裏に浮かぶのは、俺たちの「師匠」であり、「親友」でもある、あの不思議な男の顔だ。


 アーノル。


 あいつはすごいやつだ。


 だが、時折見せるあの目は――俺を少し不安にさせた。


 巨大な権力や、どうしようもない理不尽を前にした時、あいつは「戦わない」ことを選べる男だ。


 抵抗することを諦めているのを感じることがあった。


 きっと、それが生き残るための、そして守るための「正解」なのだろう。


(だが......俺には、それができない)


 俺の胸の奥には、昔、無法者たちに全てを奪われた時の怒りが、今も焼け石のように燻っている。


 もし再び、あの時のような理不尽が目の前に現れたら、俺は我慢できない。


 相手が貴族だろうが、国だろうが、迷わず槍を突き入れるだろう。


 たとえそれが、破滅への道だとしても。


 俺はアーノルほど賢く生きられない。


「お疲れ様、ロバーソン」


 タオルを持ったケニが近づいてきた。


「また怪我してる。無茶し過ぎだよ」


「......悪い」


 ケニが俺の泥を拭ってくれる。


 その優しさが、心地よくもあり、同時に俺の心を締め付けた。


 ケニのことは大切だ。


 できることなら、ずっと笑っていてほしい。


 だが――俺は一歩、身を引いた。


「ありがとう。もう大丈夫だ」


 俺はいずれ、世界という理不尽に牙を剥くかもしれない。


 そんな危険な道を行く俺が、彼女と深い関係になるわけにはいかない。


 結婚など論外だ。


 俺の近くにいれば、いつか彼女まで巻き込んでしまう。


 だから俺は、村人たちとの付き合いも、どこか一線引いたものになっていた。


 翌日。


 俺たちは村外れの「特別な畑」に集まっていた。


 そこは、亡きバテンさんが遺した畑だ。


 バテンさんの遺言により、この土地は俺とケニ、そしてドンナとルンナの四人に譲渡されていた。


 なぜかそこにアーノルの名前はなかった。


 本人に尋ねた時は「俺が色々やりたがるの分かってたのかな。まあ、手伝いには来るよ」と笑っていたが、バテンさんはあいつの気質を見抜いていたのかもしれない。


「ほらロバーソン、ボーッとしてないで手を動かす!」


 ドンナが腰に手を当てて指示を飛ばす。


 相変わらず年上振る彼女だが、殊更畑のことになるとバテンさん譲りの厳しさが出る。


「はいはい。......よいしょっ」


 俺は苦笑しながら鍬を振るった。


 ドンナとルンナが手際よく畝を作り、ケニが丁寧に種を撒いていく。


 ここに植えているのは、アサータクが置いていった「月光麦」だ。


『こいつを育ててくれ。普通の麦の相場の2倍は確実に払う』


 アサータクは、真剣な目でそう言った。


『いずれこの麦は、この村に大きな富をもたらすはずだ。......ただ、こういう特別なものを扱う時は、慎重にやらないといけないからな』


 単なる金儲けではない。


 もっと大きな「変化」をこの村にもたらす予感がした。


「ねえ、これ収穫できたら、アーノルたちも帰ってくるかな?」


 ルンナが作業の手を止めて空を見上げる。


「きっと来るよ。だってお爺ちゃんの畑の麦だもん。匂いを嗅ぎつけて飛んでくるわよ」


 ケニが笑って答える。


 俺も、柄にもなくそんな光景を想像してしまった。


 あいつが帰ってきたら、また手合わせをして、わけのわからない訓練法を聞こう。


 そして、この麦で作ったパンでも食わせてやろう。


「違いないな」


 俺は鍬を握り直した。


 俺は、いつか来るかもしれない理不尽と戦うために槍を磨く。


 だがそれまでは、この筋肉を使って土を耕し、バテンさんが愛したこの畑と、彼女たちの笑顔を遠くから守り続けよう。


 俺は再び、深く土を掘り返した。


 その背中は、どこか孤独で、しかし揺るぎない覚悟に満ちていた。



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