表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キングスレイヤー序  作者:
第2章 侵食の始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/174

89. 悪魔の囁きと、無視される依頼主

 翌朝、目を覚ますとアサータクたちの姿はなかった。


 宿に来たケイルが、書き置き片手に苦笑している。


 「あの二人なら、夜明け前に発ったよ。『あいつの邪魔をしたくない』ってさ」


 「......そうですか」


 俺の反応があまりに薄かったのか、ケイルは拍子抜けした顔をした。


 寂しくないと言えば嘘になる。


 だが、それ以上に俺の頭の中は、今まさに成功しかけている「化学反応」のことで一杯だった。


 村を追われ、麦を守り、常に緊張を強いられてきた日々。


 だが今は、純粋に「新しいものを作る」ことだけに没頭できる。


 この高揚感こそが、俺の原動力だ。


 俺はガバッと布団を跳ね除けた。


 「よし、サンデルさん! 今日は酸の配合を変えてみましょう! 骨灰は二度焼きで!」


 「......チッ。起き抜けから元気なガキだ」


 そこからの数週間は、まさに実験という名の祭りだった。


 骨の灰と酸、そして鉄片。


 何度も失敗を繰り返し、ようやく俺たちは「黄金比」とも言える条件を突き止めた。


 温度は『沸騰寸前』を維持。


 時間は半刻。


 俺は羊皮紙にデータを書き込んでいく。


 再現性は高まってきた。


 こうして一ヶ月が過ぎた頃。


 工房の机の上には、分厚い羊皮紙の束――完全なマニュアルが完成していた。


 だが、同じ作業の繰り返しは、ある男の魂を摩耗させていた。


 「......はぁ」


 その日の午後。


 サンデルが、死ぬほど退屈そうに、魂が抜けたような溜息をついた。


 手には完成した灰色のボルト。


 完璧な仕事だが、彼の目は死んでいた。


 「どうしたんですか?」


 「つまんねえんだよ......」


 サンデルが呻く。


 「俺は鍛冶師だぞ? なんで毎日毎日、ネジだのパイプだの煮込んでなきゃならねえんだ。俺が打ちてえのは、こんな配管工のオモチャじゃねえ......」


 サンデルの本職は武器鍛冶だ。


 それも、魂が震えるような名剣を打つことを至上の喜びとしている。


 だが、「こだわりすぎる」がゆえに貧乏になり、材料も買えず、剣が打てないという悪循環に陥っていた男だ。


 だが今は違う。


 ケイルが「研究費」として置いていった潤沢な鉄と燃料がある。


 そして、目の前には「絶対に錆びない鉄」を作る技術がある。


 俺は何気なく、手元の灰色の鉄片を弄びながら、悪魔の囁きを口にした。


 「......サンデルさん。この処理、剣に使ったらどうなるんでしょうね?」


 ピクリ、とサンデルの肩が跳ねた。


 「......あぁ?」


 「いや、だって『絶対に錆びない剣』ですよ? 泥の中でも、血を浴びても手入れ要らず。これって、ある意味最強の実戦武器じゃないですか?」


 サンデルがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。


 死んでいた職人の目に、怪しい光が灯る。


 「......ケイルの野郎は、ポンプの部品を作れと言って金を置いていった」


 「ええ。でも、余った端材で何を作ろうが、それは『実験』の範囲内ですよね? 強度の試験とか」


 俺がニヤリと笑うと、サンデルの顔に凶悪な笑みが広がった。


 「......違えねえ。性能試験だ。あくまで試験だ」


 サンデルが立ち上がった。


 その背中からは、先程までの退屈なオーラが消え失せ、灼熱の覇気が立ち昇っていた。


 「おい坊主! 炉の火を強めろ! 本物の『鉄』を打つぞ!」


 「はい! ......あ、そうだサンデルさん。ついでに試したい構造があるんですけど」


 「なんだ、言ってみろ! 今なら何でも聞いてやる!」


 俺は調子に乗って、前世の知識にある「合わせ鋼」の概念を口にした。


 「この世界の剣って、硬いと折れるし、柔らかいと曲がるじゃないですか。だから、異なる鉄を組み合わせるんです」


 「組み合わせるだと?」


 「芯に『柔らかくて粘りのある鉄』を使い、その外側を『硬くて鋭い鉄』で包み込むんです。そうすれば、衝撃は芯が吸収して折れないし、刃は硬いからよく切れる......はずです」


 俺の説明に、サンデルは目を丸くし、やがて腹を抱えて笑い出した。


 「カッカッカ! お前、とんでもねえことを思いつきやがる! 性質の違う鉄を溶接せずに一体化させるだと? 温度管理を間違えれば即剥離だぞ!」


 サンデルは真っ赤に焼けた鉄塊をトングで掴み出し、ハンマーを構えた。


 「だが......面白え。俺の耳に聞こえねえ鉄の声はねえ」


 カーン!


 高く、澄んだ音が工房に響き渡る。


 ポンプ部品を作っていた時とは明らかに違う、魂の乗った打撃音。


 俺には鉄の中身は見えない。


 だが、サンデルの振るうハンマーが、二つの異なる鉄を一つの生命体へと練り上げていることだけは分かった。


 そんな熱狂の日々の中、一度だけアサータクが顔を出したことがあった。


 「ようアーノル。まだかかりそうか?」


 ひょっこりと現れた彼は、工房の隅にある失敗作の山と、血走った目で鉄を打つサンデルを見て、全てを察したように苦笑した。


 「......こりゃあ、当分終わりそうにねえな」


 「すみません。サンデルさんが納得するまで『試験』を続けるつもりで......」


 「いいってことよ。俺は俺で、面白えもん見つけて商売してるからな。気が済むまでやれ」


 アサータクはニカっと笑うと、余計な干渉をせずに去っていった。


 この街の腐敗した空気をものともせず、したたかに金を稼いでいるらしい。


 あっちもあっちで、逞しいものだ。


 ギィ、と工房の扉が開く。


 入ってきたのは、満を持して訪れた依頼主、ケイルだった。


 「よう、調子はどうだ......って、おい!」


 ケイルが目を剥いた。


 視線の先には、明らかに「ポンプの部品」ではない、殺傷能力の高そうな物体を叩いているサンデルがいる。


 「な、何やってんだお前ら! ポンプの改良はどうなった!? なんで武器を作ってるんだよ!」


 ケイルが叫ぶが、サンデルは顔すら上げない。


 カァァァン!!


 「おいサンデル! 聞いてるのか!」


 カァァァン!!


 「無視するな! 依頼主だぞ!」


 完全に自分の世界に入っている職人には、商人の声など雑音にもならないらしい。


 俺は苦笑しながら、積み上げた書類と、処理済みの「灰色の筒」をケイルに差し出した。


 「まあまあ、ケイルさん。落ち着いてください。仕事は終わってますよ」


 「え?」


 「これです。試作品の防錆パイプと、その製造工程を記したデータ一式です。この通りにやれば作れます」


 ケイルは狐につままれたような顔で、灰色の筒を受け取った。


 酸の入った瓶に漬けてある、まだそれほど時間は経っていないが全く錆びていない。


 「す、凄い......本当に錆びてない......」


 「ポンプの構造は機密でしょうから、このマニュアルを本店に持ち帰って、専属の職人にやらせてください。ただし――」


 俺は釘を刺した。


 「相当な腕利きじゃないと再現できませんよ。温度管理が極めてシビアですから」


 「......わ、分かった。これは金塊以上の価値があるぞ」


 ケイルは震える手で書類を受け取ると、もう一度サンデルを見た。


 相変わらず、親の仇のように鉄を叩いている。


 「で、あいつは今、何をしてるんだ?」


 「『最終試験』ですよ。この技術を剣に応用したらどうなるか......実地検証です」


 「......たく。相変わらず変な奴らだな」


 ケイルは呆れたように笑うと、「一度本店に戻って報告してくる。報酬の準備をしておくからな」と言い残し、逃げるように去っていった。


 あのハンマーの音を聞いていると、胃が痛くなるのかもしれない。


 こうして、外野の雑音をシャットアウトし、俺とサンデルだけの時間が確保された。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ