80. 暴れ馬の捕獲と、死亡フラグ的なプロポーズ
その夜。アサータクの店(兼倉庫)は、戦場のような緊張感に包まれていた。
作戦名『種馬捕獲作戦』――もとい、『アサータク結婚作戦』の決行である。
「さあ、おあがりよ! 今日のシチューは特製だ!」
ドンッ!!
ウモーンがテーブルに鍋を叩きつけるように置いた。
中身は、俺が監修し、スパイスをふんだんに使った「活力増強・胃袋鷲掴みスペシャルシチュー」だ。
「……おいウモーン。今日のシチュー、やけに色が濃くないか? 赤いというか、ドス黒いというか」
アサータクがスプーンを持ったまま引きつった笑みを浮かべる。野生の勘が危険を察知しているらしい。
「彩りだよ、彩り! さあ食え! 残したら許さないよ!」
「い、いただきます……」
アサータクがおそるおそる口に運ぶ。
その瞬間、カッ! と目が開いた。
「……!! 辛い! ……けど、美味い!? なんだこの深いコクは!」
「ふふふ、計画通り……」
俺はニヤリと笑った。アサータクの好みの味付けはリサーチ済みだ。
横でピュータが「あらん、店長ったら顔を真っ赤にして。そんなにわたくしの視線が熱いのかしら?」と勘違いし、ムトパスが「このスパイスの配合、原価が高そうですねぇ」と空中で見えないそろばんを弾く真似をしているが、無視だ。
「アサータクさん」
俺はここぞとばかりに切り込んだ。
「美味い飯ってのは、いいもんですよね。毎日これが食えたら、男として最高だと思いませんか?」
「ん? まあ、そうだな」
「でも、アサータクさんは独り身だ。この味がいつまで食えるか分からない。……そろそろ、港に船を停めてもいい頃なんじゃないですか?」
俺のパスを受け、ウモーンが身を乗り出す。
「そうだよアサータク! あんた、いつまでふらふらしてるんだい! 私だっていつまでも待ってるわけじゃないんだよ!」
直球勝負。
アサータクはスプーンを止め、気まずそうに視線を泳がせた。
「い、いやあ……俺は商人だからな。風のように生きるのが性分というか……」
「風だっていつかは止むわよ!」
「それに、俺みたいな不安定な男に、お前みたいな商家の娘は……」
「逃げるなアサータク!!」
俺とウモーンの波状攻撃に、アサータクは脂汗を流し始めた。
こいつ、商談では無敵のくせに、こういう話になると途端に防御力が紙になる。
「あー! もう食った食った! 明日の出発の準備があるから、俺は倉庫へ……」
アサータクが席を立ち、逃亡を図った。
その時だ。
「逃がすかいッ!!」
ドゴォォォン!!
ウモーンが床を蹴った。
その瞬間、俺の目は捉えた。彼女の足元から爆発的な加速力が生み出されるのを。
能力【馬】。その脚力は伊達じゃない。
彼女は残像が見えるほどの速度で一瞬にしてアサータクの前に回り込み、仁王立ちで出口を塞いだ。
「ひぃっ!?」
「アサータク! はっきり言いな! 私と一緒になるのか、それとも一生私の料理を食わずに野垂れ死ぬのか!」
ウモーンの背後に、炎のようなオーラが見える(気がする)。
ピュータが「まあ、なんて情熱的な求愛! でもごめんなさい、わたくしの心には鍵がかかっていてよ!」と気絶するふりをし、ムトパスが「これは面白い見世物ですね。観覧料取れますよ」とニヤニヤしている。
追い詰められたアサータク。
彼は観念したようにため息をつき、そして――覚悟を決めた顔でウモーンを見た。
「……分かった。降参だ、ウモーン」
「! ほんとうかい!?」
「ああ。お前の飯がない人生なんて、もう考えられねえよ」
おぉ! と俺がガッツポーズをした瞬間、アサータクはニカっと笑って続けた。
「だが、明日は王都へ発たなきゃならねえ」
「む……」
「だから、約束だ」
アサータクはウモーンの肩をガシッと掴んだ。
「次に帰ってきたら、お前の親父さんに挨拶に行く。正式に結婚を申し込むよ」
シーン……。一瞬の静寂。
(……え? それって……)
俺の頭の中で、前世の知識にある「典型的な死亡フラグ」のアラートが鳴り響いた。「次に帰ってきたら結婚するんだ」的なやつだ。
だが、この世界にそんな概念はない。ウモーンの顔が、パァァァッと輝いた。
「本当だね!? 嘘ついたら針千本飲ますどころか、馬で引きずり回すからね!!」
「おう、商人に二言はねえ! ……たぶん!」
「たぶんって言ったね!? まあいいわ、信じて待ってるよ!」
ウモーンは感極まってアサータクに抱きついた。
アサータクは「ぐえっ、苦しい、折れる!」と悲鳴を上げているが、その顔は満更でもなさそうだ。
俺は胸を撫で下ろした。
フラグはどうあれ、これで二人は結ばれることになった。
【馬】と【馬】の配合実験……じゃなかった、愛の結晶が生まれる未来が確定したのだ。
「おめでとうございます! これで俺も安心して旅立てます」
「まったく、お前のお節介には参ったよ……。だが、礼は言っておく」
アサータクは照れくさそうに笑い、ウモーンは涙目で俺に親指を立てた。
そして翌朝。俺たちは王都へ向けて出発することになった。
ウモーンは店の前で、大量の弁当(愛妻弁当)を持たせてくれた。
「いいかいアサータク! 浮気したら承知しないよ! ピュータも, あんた監視役だからね!」
「あらん、任せてくださいな。店長が他のハエにたかられないように、わたくしが『盾』になりますわ(わたくしに惚れないように注意しなきゃ)」
「……不安しかない」
アサータクは遠い目をしながら馬車に乗り込んだ。
ムトパスは「結婚式の引き出物発注はぜひ僕に!」と最後まで商魂たくましく手を振っている。
「じゃあなウモーン! 必ず戻ってくる!」
「待ってるよー! 稼いでおいでー!」
馬車が走り出す。
アサータクはいつまでも後ろを振り返り、手を振っていた。
「……さて」
町が見えなくなると、アサータクは帽子を被り直し、キリッとした商人の顔に戻った。
「感傷に浸るのはここまでだ。行くぞアーノル。目指すは王都、そしてその先にある商業都市国家レーマネだ」
「はい!」
俺は頷いた。
腰には新しい剣。腹にはウモーンの料理。そして隣には、身を固める覚悟を決めた(死亡フラグ持ちの)商人の師匠。
俺たちの旅は、ここからさらに加速していく。




