76. 暴走する口と、悲しき木こりマシーン
翌日。
俺は居ても立っても居られず、隣町へと向かっていた。
悩んでいても仕方がない。
二十日という期限を切られた以上、俺の中でユーイの存在がどれだけ大きいのか、確かめる必要があった。
もしかしたら、向こうも俺を想ってくれているかもしれない。
もしそうなら、遠距離になっても待っていてくれるかもしれない。
そんな淡い、都合のいい期待を胸に、俺はゴズの牧場へと到着した。
「あら、アーノル君。早いのね」
ユーイがいつものように出迎えてくれた。
今日は馬のブラッシングをしている最中だった。
俺は手伝いを申し出て、隣で馬の体をブラシで擦り始めた。
「あの、ユーイさん」
「ん? なあに?」
「実は……俺、遠くへ行くかもしれないんです」
俺はブラシの手を止めずに切り出した。
「商人のアサータクさんに誘われて、西のレーマネという国へ行かないかと言われていて」
「へえ、すごいじゃない! レーマネなんて大都市国家、滅多に行けないわよ」
ユーイの手が止まり、彼女は俺の顔を覗き込んだ。
その目はキラキラとしていて、純粋に俺のチャンスを喜んでくれているように見えた。
「……でも、俺は迷ってるんです」
「どうして? アーノル君なら、きっと向こうでもすごい発明ができると思うけど」
「それは……その……」
俺は言葉に詰まった。
言いたい。
君がいるからだと。
君と離れたくないからだと。
心臓が早鐘を打つ。
焦りと緊張で、思考がまとまらない。
(ええい、ままよ! 言ってしまえ!)
俺は勢いで口を開いた。
『君のそばにいたいから、行きたくないんだ』と言うつもりだった。
だが、口から飛び出したのは、自分でも信じられない言葉だった。
「け、結婚してください!!」
時が止まった。
馬がヒヒンと鳴いた。
風が吹いた。
ユーイがぽかんと口を開け、ブラシを取り落とした。
(……は?)
俺の脳内が真っ白になった。
飛躍しすぎだろ。
まだ付き合ってもいないのに。
なんで「そばにいたい」が「結婚」に変換されたんだ?
テンパりすぎだろ俺!
だが、言葉は戻らない。
ユーイは顔を真っ赤にする……こともなく、困ったように眉を下げ、視線を泳がせた。
「えっと……結婚、かぁ……」
長い、重い沈黙。
そして彼女は、申し訳なさそうに、けれどはっきりと言った。
「ごめんね。それは、困るわ」
ガーン。
頭の中で銅鑼が鳴り響いた。
「考えさせて」でも「まだ早い」でもなく、「困る」。
それは、有無を言わせぬ拒絶の響きだった。
「あ、いや! 今のはその、冗談というか、言葉のアヤで! 忘れてください! あははは!」
俺はどうやって牧場を出たのか覚えていない。
気づけば、俺は自宅へと続く夜道を、トボトボと歩いていた。
終わった。
レーマネ行きを迷う以前の問題だった。
俺の初恋は、自爆に近い形で、粉々に砕け散ったのだ。
翌朝。
いつもの広場には、異様な空気が漂っていた。
参加者はロバーソン、そして最近加わったグレン、その指導役を買って出ているメイシー。
「……おい、あれ」
「しっ、見るなグレン」
グレンが怯え、メイシーが小声で制する中、俺は無心で木剣を振っていた。
目は虚ろ、表情は能面のように動かない。
ただ機械のように、正確無比な素振りを繰り返している。
「おいアーノル。久しぶりにやるか」
ロバーソンが声をかけてきた。
俺は手を止めず、地を這うような低い声で答えた。
「……ああ」
それだけ言い、俺はロバーソンに向かって踏み込んだ。
速い。
自分でも驚くほどの踏み込みだった。
考えるな。
ユーイの困った顔を思い出すな。
体を動かせ。
筋肉をいじめ抜け。
そうすれば、心の痛みも忘れられる。
「っ!?」
ロバーソンが慌てて槍で受ける。
俺は止まらない。
鬼のような形相で打ち込み続ける。
「お、おい! どうしたんだ急に!?」
ロバーソンも立て直して本気で打ち込んで来る。
さすがに強い。
鋼のような重い一撃が飛んでくるが、俺は構わず剣を振り続けた。
防御などどうでもいい。
ただ、この身を削るように、体力が尽きるまで暴れ続けた。
そして自主練が終わると、その足で山へ向かった。
サボっていた木こりの仕事だ。
「うおおおおおおおお!!」
雄叫びと共に、斧を振るう。
大木が、まるで豆腐のように切り倒されていく。
普段なら「見る力」で倒れる方向を計算するが、今の俺は本能だけで斧を振っていた。
「……おいガリオン。お前の息子、どうしちまったんだ?」
古株の木こりが、ガリオンに耳打ちする。
ガリオンは遠くを見つめ、静かに答えた。
「……そっとしておいてやれ」
バギィッ! ドドーン!
山に木々の倒れる音が虚しく響き渡る。
失恋のエネルギーをすべて労働と鍛錬に変換した俺は、村一番の働き者(ただし目は死んでいる)と化していた。




