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キングスレイヤー序  作者:
第1章 再誕と観測者

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72. 唸る熊と、群がる馬たち

 街道を爆走すること数時間。

 俺は隣町のゴズの牧場へと滑り込んだ。

 砂煙を上げて停止した馬車から、俺は勢いよく飛び降りる。

 心臓は早鐘を打っているが、これは長旅の疲れのせいじゃない。

 これから始まる「プレゼン」と、その先にいる「彼女」への緊張だ。


「……あぁ? なんだ、騒がしいな」


 奥の厩舎から、ぬっと巨体が現れた。

 ゴズだ。

 近くで見ると、やはりデカい。

 熊が服を着て歩いているようだ。

 彼は俺を見ると、太い眉をひそめた。


「お前は……この前の、シニカの連れか? なんだ、今日はシニカはいないのか?」

「は、はい! 今日はシニカさんの代理として、新しい……その、共同実験の提案に参りました!」


 俺は直立不動で叫んだ。

 ゴズが怪訝そうに腕を組む。

 その丸太のような腕を見ていると、言葉に詰まりそうになるが、ここで引くわけにはいかない。


「共同実験だぁ? あのひねくれ者のシニカが?」

「はい! これです!」


 俺は荷台から、渾身の作『ミネラル・ブロック』を取り出した。

 赤茶色で、ゴツゴツとした岩のような塊だ。

 ゴズはそれを片手でひょいと持ち上げ、鼻を鳴らした。


「なんだこりゃ。ただの泥団子か?」

「違います! これは……」

「父さん、何してるの?」


 その声に、俺の思考が一時停止した。

 厩舎の奥から、ユーイが出てきたのだ。

 作業着の袖をまくり、額にうっすらと汗を浮かべている。

 手にはブラシ。

 相変わらず凛とした立ち姿だ。


「お、あ……ゆ、ユーイさ……!」

「ああ、ユーイ。こいつが何か変なもんを持ってきたんだ。シニカの差し金らしいが」


 ゴズがブロックを放り投げそうにするのを、俺は慌てて止めた。


「待ってください! それは馬のための『栄養剤』なんです!」

「栄養剤?」


 ユーイが興味を示して近づいてくる。

 近づいてくる。

 近い。

 俺の心拍数は限界突破寸前だが、技術者としての脳みそがギリギリで俺を支えた。


「こ、この辺りの草には、ミネラル……ええと、塩分や鉄分が足りないんです。だから馬は、柵や土を齧ってそれを補おうとする。見ましたよね? 柵が齧られているのを」


 ユーイがハッとして、柵の方を見た。

 確かに、いくつもの噛み跡がある。


「これは、岩塩に鉄分を含む赤土と、薬草を混ぜて固めたものです。これを置いておけば、馬は必要な時に、必要な分だけこれを舐める。そうすれば異食行動も収まるし、毛並みも良くなるはずです!」


 一気にまくし立てた。

 ゴズとユーイは顔を見合わせた。


「……ふん。口上は立派だがな」


 ゴズは疑わしげにブロックを睨んだ。


「馬がこんな泥臭い塩の塊、喜んで舐めるかよ。シニカの野郎、俺を担ごうとしてるんじゃねえだろうな」

「試せば分かります! 置いてみてください!」


 俺の勢いに押されたのか、ゴズは「チッ」と舌打ちをして、柵の中にブロックをドスンと置いた。

 緊張の一瞬。

 近くにいた数頭の馬が、見慣れない物体に気づいて顔を上げる。

(頼む……! 俺の配合比率! シニカの家の馬は食いついたんだ、お前らもいけるはずだ!)

 一頭の馬がおそるおそる近づく。

 鼻先を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐ。

 そして。

 ペロリ。

 馬の舌がブロックを舐めた。

 次の瞬間、馬の目がカッと見開かれた(ように見えた)。

 ガリガリガリ!

 猛烈な勢いで舐め始めたのだ。

 その音を聞きつけ、他の馬たちもワラワラと集まってくる。

 あっという間に、ブロックの周りは馬だかりになった。

 我先にと舐めようとして、押し合いへし合いの大盛況だ。


「なっ……!?」


 ゴズが目を丸くして口をあんぐりと開けた。

 ユーイも目を見開き、驚きの声を漏らす。


「すごい……。あの子たち、こんなに欲しがってたんだ……」

「馬は自分に足りないものが分かるんです。今まで我慢してたのが、これを見て本能的に群がってるんですよ」


 俺はドヤ顔を隠しきれずに言った。

 勝った。

 俺の技術が、ゴズの疑念を粉砕した瞬間だ。

 ゴズはしばらく馬たちを呆然と見ていたが、やがて唸るように言った。


「……認めてやるよ。シニカにしちゃあ、上出来な仕事だ」

「あ、いえ、考えたのは俺で……」

「お前がか?」


 ゴズがギロリと俺を見た。

 俺は直立不動に戻る。

 ゴズは俺の頭からつま先までをじろじろと値踏みするように見た後、バシん! と俺の背中を叩いた。


「痛ってぇ!!」

「いい腕だ! 気に入った! おいユーイ、この小僧に冷たい水でも出してやれ!」

「……はい、父さん」


 ユーイが俺に向き直った。

 その顔には、以前のような硬さはなく、あの時見た花が咲くような笑顔とは少し違うが、尊敬と感謝の混じった柔らかな表情が浮かんでいた。


「ありがとう、アーノル君だっけ? 馬たち、喜んでる」


 名前。

 あやふやながらも、彼女の口から俺の名前が出た。

 俺の脳内でファンファーレが鳴り響いた。

 実験成功。

 取引成立。

 そして何より、再訪の口実を完璧に作り上げた。


「は、はい! アーノルです! また様子を見に来ます! データ……じゃなくて、ブロックの減り具合を確認しなきゃいけないので!」

「うん。またね」


 またね。

 その一言で、俺はここから村までの帰路を馬車より速く走れる気がした。

 こうして、俺の「不純な発明品」は隣町の牧場に受け入れられ、俺は堂々とユーイに会いに来る権利を勝ち取ったのだった。

 ゴズの背中への一撃の痛みさえ、今の俺には勲章のように感じられた。



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