71. 暴走する研究魂と、父の承認
それからの俺は、傍から見れば狂人だったと思う。
寝食を忘れ、自室に籠り、怪しげな粉末を調合しては固め、また砕く。
岩塩をベースに、鉄分を含む赤土、カルシウム豊富な骨粉、そして数種類の薬草。
配合比率を少しずつ変え、硬度と嗜好性を調整する。
「……違う。これじゃ崩れやすすぎる。馬が舐めた瞬間に砕けたら意味がない」
ブツブツと独り言を呟きながら、俺は試作品を自ら舐めて味を確認する。
塩辛さと土の味。
不味い。
だが、馬にとってはこれが極上のサプリメントになるはずだ。
「あんた、また土を食べてるのかい!?」
部屋に入ってきた母さんが悲鳴を上げるが、俺の耳には届かない。
俺の視線の先には、ユーイの笑顔と、そして健康になった馬たちの姿しかないのだ。
試作品ができるたびに、俺はシニカの元へ走った。
「シニカさん! 『試作3号・改』です! 今度こそ自信作です!」
「……お前、また来たのか。暇なのか?」
シニカは馬の蹄の手入れをしながら、心底呆れた顔を向けた。
だが、俺が差し出した赤茶色のブロックを見ると、その職人の目は厳しく光る。
「……ふん。前のより硬くなってるな。匂いも悪くない」
「でしょ? 粘り気を出すために、つなぎの海藻粉末を増やしたんです。これで耐久性は格段に上がりました」
「だがなアーノル。なんでこれをわざわざ、あの筋肉ダルマのゴズの所に持って行かなきゃならねえんだ? うちだけで使えばいいだろうが」
シニカが不満げに鼻を鳴らす。
彼にとってゴズは腐れ縁のライバルだ。
塩を送るような真似は面白くないらしい。
俺は「データ収集のため」という印籠を掲げようとしたが、それより早くトニカが口を開いた。
「父さん、逆だよ。これをゴズおじさんに渡して、向こうの馬の状態が良くなれば、次の『交換』の時に得するのは僕らだ」
トニカが飼い葉桶を運びながら、サラリと言う。
「それに、僕らの技術で作ったものを向こうがありがたがって使うなんて、ちょっと優越感じゃない?」
「……なるほど。確かにそうだ」
シニカがニヤリと笑った。
単純で助かる。
トニカが俺にこっそりとウインクを送ってきた。
『うまく言っておいたから、頑張って』という声が聞こえてきそうだ。
そんな日々が続き――ついに、完成品が出来上がった。
名付けて『ミネラル・ブロック』。
適度な硬度を持ち、雨に濡れても簡単には溶けず、馬が好む風味に仕上がっている。
俺は完成したブロックを木箱に詰め込み、旅支度を整えた。
「本当に行くのかい? 一人で隣町までなんて……」
家の前で、母さんが心配そうに俺の服の埃を払う。
「山賊が出るかもしれないし、狼だっているかもしれない。やっぱり父さんに付いて行ってもらったほうが……」
「大丈夫だって。街道を行くだけだし、明るいうちに着くよ」
俺は母さんをなだめたが、過保護な母の心配は尽きないようだった。
その時、家の壁に寄りかかって腕を組んでいたガリオンが、低く口を開いた。
「ティプ、心配するな」
「でも、ガリオン……」
「あいつはもう、自分を守れる」
ガリオンは俺を真っ直ぐに見た。
その目は、以前のような「子供を見る目」ではなかった。
「自警団の訓練ではもう若い奴らより強い。……身のこなしだけなら、俺より上だ。半端な山賊や獣なら、かすりもせん」
父の言葉に、俺は少し驚いて目を見開いた。
あの寡黙な父が、俺の実力をそこまで認めてくれていたとは。
「……行ってこい。ただし、無茶はするな」
「ああ! 行ってくるよ、父さん!」
俺は力強く頷き、荷物を持って走り出した。
背中で母さんが「もう! あんたがそう言うなら仕方ないけどさぁ!」と父さんに文句を言っているのが聞こえるが、その声もどこか誇らしげだった。
俺はシニカの家へ向かい、荷車付きの馬車を借りた。
「いいか、傷一つ付けずに返せよ。あと、ゴズの野郎に『せいぜい感謝して使え』と伝えろ」
シニカはぶっきらぼうに言いつつ、一番おとなしい馬を選んで貸してくれた。
トニカが「お土産話、期待してますよ」と小声で囁く。
「……善処するよ」
俺は苦笑いで答え、手綱を握った。
目指すは隣町。
ゴズの牧場。
そして、ユーイのいる場所。
荷台に積んだ塩の塊は重いが、俺の心は羽が生えたように軽かった。
ただの発明品じゃない。
これは、俺の恋路を切り拓くための「鍵」なのだ。
「よし、行くぞ!」
俺は高らかに声を上げ、馬車を走らせた。
街道の向こうに待つ凛とした笑顔を思い浮かべながら、俺の「不純な単独行」が始まった。




