70. 恋する兄妹と、不純な発明品
家に帰ってからの俺は、完全に腑抜けていた。
父ガリオンから「木こりは休んでいい」と言質を取ったのをいいことに、翌日から俺は山へ行かず、家でぼんやりと天井を見上げる生活を送っていた。
端から見れば充電期間かもしれないが、その実態はただの恋煩いだ。
ため息をついてはユーイの笑顔を思い出し、またため息をつく。
そんな俺の横で、もう一つの「恋するため息」が聞こえた。
「はぁ……。ロバーソン君、今日もかっこよかったなぁ」
頬杖をついてうっとりしているのは、二歳下の妹、ケニだ。
今は十三歳になり、母さんの畑仕事や家事、さらには近所の子供たちを預かる手伝いもしている。
彼女の膝の上では、近所の赤ん坊がスヤスヤと眠っていた。
普通なら泣きわめく年頃の子供も、ケニが抱くと不思議とすぐに泣き止む。
彼女の持つスキル【魅力】の効果だ。
赤ん坊にも適用されているその不思議な力は、子守りの現場で遺憾なく発揮されていた。
「ねえ、にぃに」
ケニが上目遣いで俺を見た。
最近は少し大人ぶって「兄さん」と呼ぶようになってきたが、こうして「にぃに」と呼ぶときは、決まって何か企みがあるか、無理な頼み事がある時だ。
「どうやったら、ロバーソン君のお嫁さんになれるかな?」
「ぶッ!!」
俺は飲んでいた水を吹き出しそうになった。
「な、何を言ってるんだケニ。お前まだ十三だろ。気が早いぞ」
「早くないもん! この村じゃ十五で結婚する人もいるよ? ロバーソン君、最近すごく強くなって、村の女の子たちもみんな狙ってるんだから。うかうかしてられないの!」
ケニはぷーっと頬を膨らませた。
確かに、最近のロバーソンの成長ぶりは凄まじい。
無口でストイックな槍使い。
その背中に、村の女子たちが熱い視線を送っているのは俺も気づいていた。
「にぃにはロバーソン君と親友でしょ? なんかいい作戦ないの? ほら、二人きりになれるチャンスを作るとかさぁ」
「作戦って言われてもなぁ……あいつ、今は槍のことしか考えてないぞ」
「むぅ……。槍ばっかり。私の方が可愛いのに」
ケニが赤ん坊の頬をプニプニとつつく。
その仕草が無自覚に人を惹きつけるのが、兄としては少し複雑だ。
だが、俺はふと思った。
妹の恋路を応援してやりたい気持ち半分。
そして、自分自身の願望半分。
(……結婚、か)
俺の脳裏に、隣町の牧場に立つユーイの凛とした姿が浮かんだ。
馬に向ける優しい笑顔。
作業着の上からでも分かる、背筋の伸びた立ち姿。
(俺だって……ユーイと結婚したいなぁ……)
心の声が漏れそうになるのを必死に飲み込む。
兄妹そろって恋煩いとか、我が家の食卓はどうなっているんだ。
だが、ただ悶々としていても何も始まらない。
ケニの言う通りだ。
「チャンス」は待っていても来ない。
作らなければ。
(会いに行く口実が必要だ。それも、ガリオンやあの強面のゴズさんが納得するような……)
俺は必死に記憶を掘り起こした。
ユーイの牧場の様子。
馬たちの状態。
……そうだ。
柵の板をボリボリと齧っている馬がいた。
この地域特有の、ミネラル不足だ。
(……これだ)
俺はガバッと起き上がった。
「ケニ! 俺、ちょっと発明してくる!」
「え? なに急に。ロバーソン君の話は?」
「それどころじゃないんだ! 俺の将来がかかってるんだ!」
「ええー? にぃにのケチー!」
妹のブーイングを背に、俺は自分の部屋へ駆け込んだ。
必要なのは「岩塩」と、鉄分を含んだ赤土、そして薬草だ。
これらを混ぜて固めた『鉱塩ブロック』。
「母さん! 家にある岩塩、全部ちょうだい! あとで返すから!」
「はぁ? あんた、料理でも始める気かい?」
台所の母・ティプに怒鳴られながら、俺は岩塩の壺をひったくった。
見ていろ、ユーイ。
今度はただの挙動不審な客じゃない。
馬の健康を守る「頼れる発明家」として、堂々と君に会いに行ってやる。
背後からケニが「ねーえー、ロバーソン君の好きな食べ物とか知らないのー?」と絡んでくるが、今の俺には馬の好物(塩)しか頭になかった。




