62. ポルム教国と聖約の儀
大陸中央、雲を突き抜けるほどの高さを誇る岩山。
その麓に広がる巨大な神殿都市、ポルム教国。
一年の始まりであるこの日、都市の中心にある大聖堂には、大陸中の国々から集った王、宰相、侯爵といった錚々たる権力者たちが詰めかけていた。
普段であれば、互いに領土や利権を争い、顔を合わせれば皮肉の一つも飛び交う間柄だ。
だが今日、この場所において、私語を発する者は誰もいない。
全員が緊張に顔を強張らせ、ただ前方を見つめていた。
視線の先、数段高い位置に設けられた祭壇には、長い髭を蓄えた教皇が鎮座し、その傍らには人形のように美しい聖女が佇んでいる。
彼らと参列者の間には、肉眼では辛うじて認識できる程度の、揺らぐ陽炎のような「薄い光の膜」が存在していた。
それは一見、頼りない薄氷のように見える。
だが、この場にいる誰もが知っていた。
それが世界で最も強固な盾であることを。
剣聖が渾身の力で振るう剛剣であろうと、巨大な攻城兵器の弾丸であろうと、この薄膜一枚を揺らすことすらできない。
絶対的な安全圏。
それが教国と、下界の王たちを隔てる決定的な境界線だった。
「これより、聖約の儀を行う」
教皇の短く、厳かな声が響く。
列の先頭にいた大国の王が、脂汗を滲ませながら進み出た。
彼は震える手で懐から古びた金属の小箱を取り出し、聖女へと差し出す。
聖女は慈愛に満ちた、しかしどこか作り物めいた微笑みを浮かべてそれを受け取ると、手元の盆から新しい小箱を一つ、王へと手渡した。
「神の御心に従い、安寧があらんことを」
澄んだ、美しい声だった。
王は小箱を、まるで生まれたばかりの赤子か、あるいは自身の心臓であるかのように大切に両手で包み込み、深く頭を下げた。
「……感謝いたします」
この小箱こそが、王たちが喉から手が出るほど欲する「王権の守護」である。
これを身につけている限り、王はあらゆる暗殺の脅威から解放される。
毒も、刃も、いかなる凶行も弾き返す加護。
だが、その効力は一年と数日しか持たない。
期限が切れれば、ただの鉄屑へと変わる。
そうなれば王は、いつ寝首をかかれるか分からない恐怖の夜を過ごすことになるのだ。
ゆえに、彼らは毎年の初めにここへ来る。
莫大な寄進と、絶対の恭順を誓うために。
儀式は淡々と進む。
教国側が、各国の政治に口を出すことはない。
彼らは王たちがどれほど民を虐げようと、贅を尽くそうと関心を持たなかった。
ただし、彼らが口を出す例外は二つだけある。
一つは、戦争の規模だ。
彼らは大陸の人口を厳密に管理している。
人が増えすぎれば間引き、減りすぎれば保護する。
戦争をする際は事前の届け出が必要であり、死者の数が「計画」に収まるよう、戦場や期間をコントロールしてくる。
もう一つは、「不確定要素」の排除だ。
広間の隅には、直立不動で警備にあたる兵士たちがいる。
彼らは皆、かつて「素質」を見出され、村々から連れ去られた子供たちの成れの果てだ。
先祖返りによって特異な魔力を宿した彼らは、魔法というシステム外の力を使わせないために回収され、教国の絶対的な兵隊として徹底的な教育を施されている。
その瞳に光はなく、ただ命令を遂行する機械のように、かつての支配者たちを見下ろしていた。
静寂と、冷徹な管理。
今年もまた、世界の一年が始まろうとしていた。




