61. 帰還の夜、ベンチにて
バテンを寝室に運び込み、村人たちもそれぞれの家へ戻った後。
アーノルとアサータクは、バテンの家の前にある古びたベンチに並んで腰掛けていました。
目の前には、手入れの行き届いた黒々とした畑が、月明かりに照らされています。
「……ふぅ。やれやれ、やっと一息つけたな」
アサータクは大きく伸びをすると、懐から革袋と一枚の羊皮紙を取り出し、ベンチの真ん中に無造作に置きました。
ジャラリ、と重たい音が静寂を破ります。
「さて、アーノル。大人の時間だ。収支報告といこうか」
アサータクは商人らしい手つきで指を折り始めました。
「ハインツからふんだくった……いや、頂いた契約金が白金貨450枚。そこから、あの強欲な役人どもに叩きつけた保釈金が20枚」
彼は革袋の紐を緩め、中身をチラリと見せました。
「つまり、残りは手元にある現金30枚と、レーマネ本店での支払いを約束した400枚の証文だ。……ほら、受け取れ。これはお前の知恵が稼いだ金だ」
アサータクは革袋をアーノルの膝に押し付けようとしました。
しかし、アーノルはそれを熱々の焼き芋でも避けるかのように、素早く押し返しました。
「いらないよ!」
「あ?」
「『あ?』じゃないよアサータクさん。考えてもみてよ。15歳の子供が、こんな白金貨が詰まった袋を腰にぶら下げて歩いてたらどうなると思う?」
アーノルは呆れたように肩をすくめました。
「間違いなく、明日には袋ごと僕が消えるね。誘拐犯の良いカモだ」
「……む。確かに、お前はただでさえヒョロっとしてて担ぎやすそうだしな」
「そこは否定してほしかったけど……とにかく! そんな危ないもの、持てないよ」
アーノルの正論に、アサータクは「それもそうか」と頭をかきつつ、内心では冷や汗を流していました。
(助かった……! 実は今回のバテン救出、必要になった白金貨40枚全財産でも足りず借金もかなりしてそれでも足りなかった白金貨20枚。この現金30枚が手元に残らなきゃ、店は売るしかなかっただろうな。)
アサータクの背中を伝う汗は、決して気温のせいではありませんでした。
彼はその焦りを必死に押し殺し、あくまで「余裕のある大人の分別」という顔を作りました。
「まったく、欲のないガキだ……。だが、正論だな。こんな大金、枕の下に隠してたら不眠症になる」
アサータクは革袋と証文を懐にしまい直しました。
その手つきが、心なしか安堵に震えて見えたのは気のせいでしょうか。
「よし、ならば私が商会名義で管理しておこう。必要な時は言え。資材でも機材でも、最高級のものを揃えてやる」
「うん、頼むよ。……あ、でも」
アーノルは思い出したように付け加えました。
「僕には結構、欲しいものがあるからね」
「ほう? 土と水以外にも興味があるのか」
「もちろんさ。とりあえず、『本』は見つけたら片っ端からお願いしたいな。植物図鑑に、建築学、それに古代の書物なんかも……」
「うっ……。安上がりかと思えば、随分とかさばる物を……」
アサータクは苦笑しましたが、すぐに真面目な顔つきに戻りました。
「それとな、アーノル。お前の発明品は、今回の件でレーマネを通して売るという方法が生まれた。この方法なら国に睨まれずに金に変えられる。」
「確かにそうだね」
「もちろん品物を何度も持って町を出入りすれば通行税だなんだかんだと難しい部分もある」
アサータクは夜空を見あげる。
「あんな惨劇はもうごめんだからな。権利ごと売るなら大した問題にならねえ。どこから買ったかなんてあいつらは言わないしな、レーマネの看板があれば、それはただの『新商品』として守られる。奴らを隠れ蓑にするんだよ」
「なるほど……。ハインツさんを利用するってわけだね」
「人聞きが悪いな。『共存共栄』と言え。……ま、利用するんだがな」
二人は顔を見合わせてニヤリと笑いました。
「さて、夜露が冷えてきた。そろそろ寝るとするか」
二人はベンチを立ち上がりました。
アサータクの懐で鳴る金貨の音は、これからの村の復興と、したたかなビジネスの始まりを告げる鐘の音のようでした。




