59. 帰路の馬車と土の匂い
重厚な鉄の扉が、軋んだ音を立てて開きました。
そこから吐き出されるように、一人の老人がよろめき出てきます。
骨と皮ばかりに痩せ細り、土気色の肌をしたその姿には、かつての「農王」の面影はありませんでした。
「……遅かったじゃねぇか、アサータク」
「ああ、すまん。迎えに来たぞ、頑固親父」
アサータクは駆け寄り、崩れ落ちそうになるバテンの体を抱き止めました。
その体は枯れ木のように軽く、アサータクは喉の奥で悲鳴を上げそうになるのを堪え、努めて明るく振る舞いました。
「さあ、馬車へ。こんなかび臭い場所とはおさらばだ」
バテンを荷台の毛布に包み込むと、馬車は王都を背にして走り出しました。
石畳の振動が響く中、バテンが掠れた声で問いかけました。
「……おい、アサータク。俺なんかのために、いくら積んだ……? 保釈金は、安くなかったはずだ……」
アサータクは一瞬、懐にある白金貨の余りと、手放した揚水ポンプのことを思いました。
しかし、彼は父の顔を真っ直ぐに見て、悪戯っぽく笑いました。
「安心しろ。お前の友人が、昔の借りを返してくれただけさ。『あの時の恩があるから、今回はタダ同然でいい』とな」
「……へっ、物好きな奴もいたもんだ……」
バテンは安堵したように息を吐き、そのまま深い眠りへと落ちていきました。
アサータクは大金がかかったことは、墓場まで持っていく秘密とした。
数日後。
馬車の揺れが変わり、車窓から懐かしい土の匂いが漂い始めました。
「……ん……?」
バテンが目を覚まし、窓の外を見つめました。
そこには、夕日に照らされたクルム村の畑と、煙を上げる家々が見えました。
「……ああ……」
バテンの目から、大粒の涙が溢れ出しました。
痛みに耐えた牢獄の日々も、死への恐怖も、この景色を見た瞬間に洗い流されていきます。
「帰ってきた……。俺の、畑だ……」
馬車が村の入り口に差し掛かると、作業をしていた村人たちが驚いた顔で顔を上げ、次々に駆け寄ってきました。
その中には、アーノルやロバーソンたちの姿もありました。
「じいちゃん!!」
子供たちの叫び声が、夕暮れの空に響き渡りました。
失ったものは大きかったかもしれません。
ですが、今ここにある「再会」という奇跡の前では、それは些細なことに思えました。




