57. アサータクの大勝負
馬車の扉が開き、現れたのは宝石を散りばめた指輪をいくつもはめた、肥満体の老人――レーマネの大商人ハインツでした。
彼は尊大な態度でアサータクを見下ろすと、鼻で笑いました。
「水遊びが楽しいとは、安上がりな娯楽よのう。私の足を止めさせた罪は重いぞ、小商人」
アサータクはへつらうことなく、スッと背筋を伸ばしました。
その目は鋭く、相手が誰であれ退かない意志が宿っています。
彼は深く、しかし堂々とした所作で頭を下げました。
「お初にお目に掛かります、ハインツ様。私はアサータク。失礼を承知で申し上げますが、先ほどお見せしたのは余興ではありません。世界に改革を起こす道具の片鱗にございます。この価値を正確に理解できる方にこそ、お目に掛けたいと願っておりました」
自信に満ちた言葉に、ハインツはわずかに目を細めました。
ただの小物であれば、今の威圧で震え上がるはずですが、この男の瞳には確かな確信があります。
「……面白い。その道具とやら、少しだけ聞いてやろう。乗れ」
豪華な革張りの馬車の中。
アサータクと、借り物の一張羅で緊張に震えるケイルが向かい合います。
アサータクは揚水ポンプの図面を広げ、その有用性を短く、しかし急所を突くように説明しました。
ハインツの目が、瞬時に商人の色に変わります。
彼は即座にその価値を弾き出しました。
「なるほど、悪くない。アサータクと言ったか、お前の大胆さとこの知恵に免じて、白金貨20枚を出そう。さらに、アサータクといったかお前とそこの震えているお前……ケイルだったな? お前は今日から我が商会で雇ってやる。泥水を啜る生活ともおさらばだ。どうだ、破格の条件だろう?」
ハインツは「慈悲深い主」のような顔で微笑みました。
だが、アサータクは鼻で笑い、冷めた目でハインツを見返しました。
「ハインツ様、冗談が過ぎます。これは大陸の全ての鉱山と農地を動かす鍵です。20枚など、最初の配当にも足りません。……話になりませんな。ケイル、降りるぞ。お時間を取らせて申し訳なかった」
アサータクは一切の迷いなく図面を巻き取り、馬車の扉へ手をかけました。
アサータクの手が冷たい取っ手に触れ、扉がわずかに開いたその瞬間でした。
背後から、鷹揚な、しかし決して逃がさないという響きを含んだ声が掛かりました。
「まあ、そう急ぐな。……茶くらいは出そう」
アサータクは足を止め、口元だけで微かに笑いました。
そして、まるで最初からそうすると決まっていたかのように、「そうですな」と短く応じて扉を閉め、革張りの席へと戻りました。
互いに相手の腹を探り合い、引くべき時と押すべき時を心得ている者同士の、奇妙な予定調和がそこにあった。
馬車の席に戻ると、アサータクは手元の図面を指でなぞりながら、静かに語り始めました。
「ハインツ様。あなたご自身は、泥にまみれる農地も、暗い坑道もお持ちではない。……ですが、あなたの元には、水に悩む鉱山主や、干ばつに喘ぐ農場主たちが、資金を借りに日参しているはずです」
アサータクは、ハインツの「立場」を正確に突きました。
「想像してください。彼らが坑道の水抜きのために雇っている100人の人足を。……この『揚水ポンプ』一台あれば、その100人の仕事は、たった一人の子供でもこなせます」
「……ほう」
「あなたの取引相手は、人件費が浮き、浮いた金と人を掘削に回せる。当然、あなたへの返済も滞りなく進み、利息も太るでしょう。……あるいは、あなたがこのポンプを彼らに『貸し出す』だけでもいい。彼らはあなたに頭が上がらなくなる」
ハインツの目が、商人の色に変わりました。
彼は自分の所有地ではなく、自分の「支配下にあるネットワーク」全体にこの技術が行き渡った時の利益と、政治的な影響力を計算しています。
「100人を1人に、か。……私の顧客たちが泣いて喜びそうな話だ」
ハインツは鼻を鳴らしましたが、その視線は図面から離れません。
アサータクは畳みかけます。
「この装置は『理』に基づいています。設置して動かすだけで、24時間、文句も言わずに水を吐き出し続ける。……ナバラ帝国の深い鉱山を持つ連中がこれを見たら、いくら積むと思いますか?」
「ナバラ……」
ハインツの口から、敵国の名が漏れました。
アサータクは、その反応を見逃しませんでした。




