52. 封印と、鉄の留め金
「……よし。これでいい」
アーノルは、マンダルが削り出した紫色の球体と、残りの原石を全て頑丈な革袋に入れ、納屋の床下に掘った穴の奥深くへと沈めた。
上から土をかけ、板を打ち付け、その上に重い薪の山を積み上げる。
もし、村が危機に瀕した時。
どうしようもない暴力が襲ってきた時だけ、この封印を解く。
それまでは、この回転する悪魔は存在しないものとする。
それが二人の少年が交わした約束だった。
「で、どうするよアーノル」
作業を終え、煤で汚れた顔を拭いながらマンダルが言った。
「一攫千金の夢は終わっちまった。また俺は親父に怒鳴られながら、曲がった釘を直す毎日か?」
「いや、金は必要だ。」
アーノルは作業台の上の木の皮に、木炭でサラサラと新しい図面を描き始めた。
それは、紫色の石のようなオーバーテクノロジーではない。
前世の記憶にある、もっと単純で、しかしこの世界にはまだない小さな道具だ。
「マンダル、お前『板バネ』は作れるか?」
「板バネ? なんだそりゃ」
「鉄を薄く叩き伸ばして、焼き入れをしたものだ。曲げても、ビヨンと元に戻るような」
「ああ、なるほど。火箸とかに使われてるやつか。薄さの調整が難しいけど、小さいのならやれるかもしれねえ」
アーノルが描いたのは、スナップ・フック(カラビナ)のような金具だった。
ただし、現代のような精巧なバネ仕掛けではない。
フックの開口部に、薄い鉄板をリベットで留め、その「戻ろうとする力」で蓋をする単純な構造だ。
「森で動く時、水筒や手斧を腰にぶら下げるだろ? でも走ると落ちたり、揺れて邪魔だったりする。これなら、カチッと嵌めれば板バネの力で閉じらさるし、外す時は指で押し込むだけだ」
「……ふうん? 地味だな」
マンダルは拍子抜けした顔をしたが、図面を覗き込むうちに職人の目が真剣になった。
「でも、確かに便利そうだ。親父の作るS字フックはただ曲げただけだから、走るとよく物が落っこちるんだよな」
数日後。
マンダルの工房から、試作品の「カチカチ鳴るフック」が完成した。
素材は廃材の鉄くず。
紫色の石のような魔力も危険もない、ただの鉄の輪と薄い板だ。
アーノルはこれを、行商に来ていた顔なじみの道具屋に見せた。
「なんだいこれ? ただの輪っかじゃないか」
「おじさん、荷車の幌を止める紐、結ぶの面倒じゃない? これを使えば一発だよ」
アーノルが実演して見せると、道具屋は「おっ」と声を上げた。
紐を結んだり解いたりする手間がなく、カチッと通すだけ。
しかも板バネのおかげで勝手に外れることはない。
「へえ……こいつは便利だ。それに、俺みたいな商人は荷物が多いから助かるな」
道具屋は、このフックを1個につき銅貨数枚で買い取ってくれた。
決して高くはない。
だが、道具屋は帰り際にこう言った。
「これ、あと20個作っておいてくれ。次の街で狩人や木こりに売ってみる。あいつら、腰に道具をジャラジャラ下げるのが好きだからな」
結果として、この鉄の留め金は、そこそこ売れた。
王都の貴族たちは、荷物など従者に持たせるため、こんな無骨な鉄の輪には見向きもしない。
軍隊も、制式装備の規格があるため採用しない。
だが、現場で働く狩人、行商人、冒険者崩れの荒くれ者たちにとって、道具を確実に固定できるこのフックは、あると嬉しい相棒になった。
「やったな、アーノル! 今日も道具屋のおっさんが追加注文してきたぜ!」
マンダルは、自分たちが作ったものが誰かの役に立ち、ささやかながら金になる喜びを噛み締めていた。
得られた利益は、決して巨額ではない。
だが、メイシーに新鮮な卵と肉を買ってやり、ロバーソンの槍の穂先を研ぎ直す砥石を買う程度には十分だった。
「ああ。これくらいが、ちょうどいいんだ」
アーノルは、マンダルから受け取った数枚の銀貨を握りしめた。
目立ちすぎず、誰にも脅威と思われず、しかし確実に力を蓄える。
足元の床下に眠る紫色の怪物を沈黙させたまま、少年たちは地道に、だが着実に歩みを進めていった。




