49. 朝練とクズ石
翌日から、アーノルの日課に新たな仲間が加わった。
大人たちが起き出す前の早朝、村の共同倉庫の裏手にある空き地で行われるメイシーへの特別指導だ。
「……メイシー、筋力トレーニングはまだ最低限でいい。今は重いものを持つな」
アーノルは、息を切らして立っているメイシーに告げた。
隣ではロバーソンが、黙々と入念なストレッチを行っている。
以前は闇雲に重い岩を持ち上げて体を痛めつけていた彼も、アーノルの指導により、体の柔軟性とメンテナンスの重要性を理解し始めていた。
「今の俺たちの年齢は、骨も筋肉も成長途中だ。無理に負荷をかければ体が壊れる。だが、神経系……つまり『脳からの指令を体に伝える速さ』や『動くものを捉える目』を伸ばすには、今が一番いい時期なんだ」
アーノルの説明に、メイシーはコクコクと頷く。
難しい理屈は分かっていないかもしれないが、その瞳には信頼の色がある。
アーノルが考えたメニューは、不安定な丸太の上での片足立ちと、そこへ投げつけられる小石を避けるというものだった。
「次は持久力の強化に移るが、まずは目とバランスだ。……いくぞ」
アーノルは容赦なく小石を投げつけた。
メイシーはバランスを崩して転がり落ちる。
泥だらけになりながら、何度も何度も丸太の上に這い上がる。
体感を鍛え、動くものを見る目を養い、感覚を研ぎ澄ます。
「ロバーソン、少し手本を見せてやってくれ」
「……ん」
ロバーソンがスッと丸太に乗る。
アーノルが投げる石を、彼は最小限の動きで、まるで柳が風を受け流すように回避した。
メイシーの目が輝く。
「すごい……」
ロバーソンは何も言わず、再びストレッチに戻った。
だが、その視線はメイシーを認め始めていた。
肉体的な強さではない。
何度転んでも立ち上がる、その心の強さをロバーソンは評価していた。
森での仕事が終わった夕方、アーノルは村の鍛冶工房を訪ねた。
友人の一人である見習い鍛冶師、マンダルに会うためだ。
マンダルは父ガンダルの工房で修行中で、アーノルの持ってくる奇妙なアイデアや図面を面白がってくれる、数少ない良き理解者でもあった。
「おう、アーノルか。また変な金具の相談か?」
「いや、今日はちょっと顔を出しただけさ」
マンダルが鉄を打つ作業を眺めた後、アーノルは工房の裏手へ回った。
そこには、精錬の過程で出たゴミやスラグが捨てられているのだが、その一角に、奇妙な山ができているのに気づいた。
「……マンダル、これ何だ?」
アーノルが指差したのは、夕日を浴びて鈍く光る、紫色の鉱石の山だった。
一見すると綺麗な色をしているが、表面はウニのようにトゲトゲとしており、鋭利な結晶が突き出している。
マンダルは顔をしかめて手を振った。
「ああ、そいつか。厄介なクズ石だよ。北の鉱山から鉄鉱石を掘ると、よくへばりついてやがるんだ」
「クズ石?」
「ああ。鉄と一緒に溶かすとボロボロに崩れて灰になっちまうし、とにかく扱いづらいんだよ。ちょっと叩いただけでガラスみたいに砕けるくせに、トゲが鋭くてすぐに手を切りやがる」
マンダルは忌々しそうに、自分の指にある小さな切り傷を見せた。
「見ての通りだ。綺麗なのは色だけで、何の役にも立たねえ『邪魔者』さ。親父も捨て場所に困ってるんだ」
村の鍛冶師たちにとって、それは純粋な鉄を作るのを阻害し、怪我までさせる最悪のゴミでしかなかった。
だが、アーノルはその紫色の石を慎重に棒でつつき、観察した。
(……不思議な形状だ。自然にできたにしては、何というか……『歪み』を感じる)
村の常識ではただの危険なゴミ。
だが、前世の知識を持つアーノルの直感は、それが未知の素材である可能性を告げていた。
役に立たないものなどない。
使い方が見つかっていないだけだ。
「……これ、少しもらっていいか?」
「はあ? 構わねえけど、気をつけて持ってけよ。袋の中で砕けたり、指切ったりしたら厄介だからな」
マンダルは呆れたように笑ったが、アーノルは厚手の革手袋を借り、慎重に紫色の石を拾い集めた。
メイシーの才能と同じく、誰からも価値を認められていないこの石。
アーノルの研究心に、静かに火がついた。




